忠直は慷き慨る 第四幕
「まったく……ご貴族様の相手は心底疲れる」
少し時は遡り、ポムカたちのスタート地点となった場所で彼女らに注意事項などを話していた蒼白な顔色の教師クゴットが、先程のやり取りを含めて貴族についてため息交じりに呟いている。
呟いている相手は樹海の外に居た別の教師。
今回の課外授業に参加している新入生たちを分け持っている教師ではなく、主に生徒のSOSに対応できるようにと待機している教師だ。
そんな浅黒マッチョの教師、デクマがフラッとやってきたことで、クゴットが今のような不満を漏らしていた訳だ。
「相変わらずだな、クゴット。やっぱ研究班はどんな時でも探求一筋か」
「当たり前だ。そのために俺はこの学校に残ってるんだからな」
基本的に魔術師という生き物は2つの種類に分けることができる。
1つはただ使う派。
主にルーザーやメゴボルたちが該当し、生活や戦いのために今ある魔術を使ったりそのためだけに新しい魔術を考案できればいいという者たちのこと。
そして、もう1つが極めたい派。
主にアールスウェルデ魔術学校のような魔術の研鑽に重きを置いている場所に長く在籍している人間が該当し、今よりもっと生活を豊かにする魔術を編み出したり、戦闘で使える画期的な術を考案したり、果ては新たな概念を生み出して世界の在り様をひっくり返そうとしたいと願う、自分の興味のある分野をとことんまで突き詰めたいという研究者気質な者たちのことで、魔術師というとこういった類の人を差す場合が殆どだ。
要は新しいものを生み出したい派と使えれば何でもいい派に分かれているということであり、クゴットはその生み出したい派に属している人間だったりする(ちなみにデクマは使えればいい派だ)。
そのため今回のような遠征に駆り出されるのは迷惑でしかないと思っている訳だ。
「昔は良かったよ。ただ魔術の研究をするだけで良かったんだから。……まぁ、成果が出なければ資金が出ないのは今と同じだが」
「でも10年前の
「そりゃそうだけどな……あんな自分勝手な奴らの相手は聞いてない」
「ハッハッハッ! そりゃな! だが諦めろ。その研究費を出してくれてんのが、そのお坊ちゃまたちの親だってんだからな!」
「……ハァ。先立つものはいつの時代も金か……」
それは10年前にバンタルキア王国北方、
そして、この事がキッカケで基本内向き――要は自分の研究にしか興味が無い類の人間だった研究者気質の魔術師たちも死ねば研究が全て無駄になってしまうと、仕方なく魔術学校をほぼ騎士学校化する案(魔術を研鑽する物から使う物、果ては戦闘に使えるように子供たちに教える機関にする案)を受け入れたのである。
ちなみにこの
……何故なのかはいずれまた。
そんな訳でクゴットも教師として生徒に教えることは受け入れた訳だが、昔は魔術学校に来る人間は真摯に魔術を研鑽しようとしている人間だけだったので、見栄や体裁のために学びに来る貴族のように我が物顔で振る舞う輩には辟易している訳だ。
「まったく……
「おいおい、いいのか? 教師がそんな差別的なことを言って」
「別に問題はないだろう。そもそも獣人なんてのは、どいつもこいつも人間の失敗作でしかな……ん?」
魔人たちには例外なく側頭部に角が生えており(形は様々だが)、その見た目が獣のようにも見えることから
実はこの言葉にはそれ以上の意味も込められているのだが……またいずれ。
そんな差別的なことを平然と言ってのけたクゴットだったが、突如として起きた異変によってその愚痴も続けることができなくなってしまったのだった。
異変。
……それは即ち、木の巨樹化だ。
「な、なんだ!? これは?!」
「わからん! 少なくともオレは知らんぞ!?」
「俺もだ。……あぁもう、次から次へと仕事を増やして! まだルーザーたちだって来てないってのに……」
「……あいつら、まだ来てないのか?」
「おかげで俺はずっとここで待ちぼうけだってのに……今度は何だ?!」
突然、伸び上がる樹に驚く2人。
さりげなくまだルーザーたちが来ていないという情報を口にしつつ、状況も自分の感情も訳が分からないといった様子のクゴットに、「とにかく今は他の
「……それもそうだな。なら俺はC地点の方に行ってみるから、お前はE地点の方を頼む」
「ああ」
そうしてD地点であるこの場所を離れ、急いで他の教師と合流しようとした矢先……。
「なっ!?」
「うおっ!?」
突如として足元の大地が割れると、そこから生え出てきた根っこに2人は持ち上げられてしまう。
「な、なんだぁぁっ!?」
「根にしがみついとけ! 振り落とされるぞ!」
ぐんぐんと空に向けて伸び上がっていくそれに振り落とされないよう必死だった2人がようやく落ち着けるようになったのは、その根っこの先端、2人が乗っかっていた部分が上空1000mを超えた辺りに到達した時であった。
「……ようやく、止まった?」
「みたいだな……って、おい! クゴット、あれを見ろ!」
「今度はなんだ? ……って、あれは……ニヴスにウェリンガ?」
デクマの指差した方を見たクゴットは、その目で認識した人の名前だろう言葉をあげている。
「あっちにはヤクーツもいるぞ」
「ってことは、
クゴットの予測通り、彼ら含めた他の教師陣は皆、巨大な根っこの先端に乗りながらここまで来てしまっていたようだった。
「いったい、何のために……」
「……それは勿論、お前たちに邪魔されないためさ」
「っ!? 誰だ!?」
辺りの状況を見やっていた2人、ないし全ての教師たちに突如としてかけられた何者かの言葉。
すると彼らの目の前、自分たちが乗っかっている根っこの大本だと推測できる全長1500mは超えるであろう今の森の中で最も巨大な樹から、一本の梢がこちらに向かって伸びてくる。
その上にはフード付きのボロボロのマントを羽織った1人の男と思しき声音の者が乗っており、先程の言葉はこの男から発せられたものだと推測できた。
「誰でもいいだろ? こっちの素性なんて。そもそもそれを聞いたところで何の意味があるってんだ? 俺……私の事をお前たちが知っている訳も無し」
「それはそうだが……なら、質問を変えよう。貴様、こんなことをして何のつもりだ? いったい何の目的があってこんな……」
「何のつもり、か……それも無駄な質問だな」
「なんだとっ?」
「だってそうだろう? どうせお前たちは今ここで……死ぬんだからな!!」
そう言うと、男はふいっと手を払うような動作をする。
すると……。
「ぐおっ!?」
「ね、根っこが!?」
クゴットたちの足場が突如として消失し、為す術なく彼らは自由落下を始めることに。
「
「くそっ……いったい何が…………っ!?」
状況把握に努めようとしていたクゴットが、不意に上空が暗くなったのを感じて顔を再び持ち上げると、そこには先程まであった根っこが再び頭上を覆うほどの威容を放ちながら存在していた。
「馬鹿なっ!? さっきまでなかったはずの根が何故っ?!」
「いや、そんなことよりもこの状況不味くねぇか?! このままじゃオレたち避けら……」
「まずは奪わせてもらうぞ……奴らの頼りを! ……その安寧を!!」
「っ!!」
翼を持たない10数名の教師たち。
それぞれがそれぞれに巨大な根っこに叩きつけられる寸前、防御姿勢を取ったり魔術を使って何かしようとするものの、その巨大さ故に為す術なく巻き込まれてしまうとクゴットたちは……。
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