忠直は慷き慨る 第一幕

「それではこれより、グリテステラ大樹海での課外授業を始める。まず始めに注意事項を話すのでよく聞いておけ。まず……」


 アールスウェルデ魔術学校の西方、麗らかな日差しに照らされながらもその木深こぶかさ故に森の中は陰森凄幽いんしんせいゆうこの上ないグリテステラ大樹海。


 バンタルキア王国の西側に位置するこの森は、グリテステラ領の半分以上を埋め尽くすほどの巨大さ故、そのまま領の名前がついた森である。

 ちなみにアールスウェルデ魔術学校もアールスウェルデ領に唯一ある巨大な魔術学校なのでその名前がついている訳だが……現在この樹海では、魔術学校の新入生たちが新たな試験を受けることになっていた。


「わかっているとは思うが、これから退治してもらう魔獣は小型とはいえ魔獣だ。一応、既に我々教師陣がこの辺りを見ているから大型がいないのは確認済みだが、万が一があるので奥の方へは行かないように……」

「そんなに気にする必要はないさ! なにせ、魔獣などと言っても所詮は獣。既に多くの魔術を習得しているこのボク、メゴボル・ノーベンテラールの相手ではないのだから!」


 これから彼らは魔獣と呼ばれる生物を狩る課題を受けるようで(魔獣については後述)、教師の物言いから多少危険な内容なのだろうことはわかるのだが、残念ながら一部の生徒にはあまり教師の懸念は伝わっていないらしい。


 もしくは、メゴボルだけがこういう人間なのかも知れないが……と思ったが、メゴボル同様、他とは少し違う意匠の制服を着た生徒たちの悉くがメゴボルの言葉に自分もそうだと言いたげな振る舞いをしていたため、そういうことでもないらしい。


「それにこのボクの固有魔術があれば、たとえ巨大な魔獣とてひとたまりも……」

「あら? あなたのその金ぴか魔術で何ができるっていうのかしらね? メゴボル」


 今が自慢し時だと言わんばかりに真実なのか大言壮語なのかわからないことを並べ立てるメゴボルだったが、そんな彼の独壇場は許さないと同じく他とは違う意匠の制服を着たそばかすの少女が割って入ってくる。


「うるさいぞ、ナカリーラ。あの究極にして完璧な防御魔法であるボクの固有魔術であれば、魔獣如き……」

「ただちょっと体がデカくなるだけの魔術程度でよく吠えられますわね?」

「何だと!?」

「……あぁ、失礼♪ デカくなったと言っても、元々が小さいので大したことはありませんでしたわね!」

「ち、小さくねぇし! お前よりかは大きいし! ちゃんと毎日、牛乳飲んでるし!」

「落ちついてくださいメゴボル様。それだと自分は小さいから一生懸命背を伸ばそうとしているようにしか聞こえません」

「誰が小さいだ!!」

「いや、私、味方!! 味方したのに噛みつかないでくださいよ?!」

「オーホッホッホッホッ! 本当、主が主だと従者も苦労しますわね~♪」

「何を!? 田舎貴族が調子に乗りやがって!」

「誰が田舎貴族ですって!?」

「お前以外に誰がいるんだ? そばかすのド田舎リーラ!」

「ド田舎とあたくしの名前くっつけんじゃねーですわ!! そもそも、あたくしはバンタルキア十三騎族が一人、フェフトエルケ様の血を受け継ぎし由緒正しい家柄。あなたのような家督も何もない関係無い5男坊にだけは田舎だなんだのと言われたくありませんわね!」

「何だとっ!?」

「何ですのっ!?」


 激しい睨み合い。


 今にもお互い飛びかからんばかりの勢いの両者を見て2人の従者はあたふたしているが、それを見てる他の面子の『またやってるよ感』を見るに、これは日常茶飯事なのだろう。


「……そういうのは他所でやってくれ。まだ説明の途中だ」


 なにせ、教師も同様に呆れた表情で2人を止めているのだから。


「「ふんっ!!」」


 教師の一言でようやく振り上げた拳を下した2人。


 こうしてようやく話に戻れると教師が話を再開する中、参加者の中にいたあの赤髪の少女ポムカは、キョロキョロと辺りを見渡していた。


「……ったく、あいつらどこに居るのよ。もう……」

「ポムっち? どったの?」


 赤髪の少女ポムカに声をかけたポニーテールで活発そうな少女……と後から続く2人の少女。


 この3人はポムカと仲良くしている子たちであり、その縁でルーザーやエルとも懇意にしているため、「あのバカとエルがまだ来てないのよ」というポムカの言葉に、「エルっちとルザっちが?」とすぐさま反応できていた。


「本当ですね~。どこに居るんでしょう~?」

「違う、班、とか?」

「いいえ。確かあいつらも私らと同じD班だったはずよ」


 ポムカの言葉にキョロキョロと辺りを見渡し始めたポニテ少女とたれ目でおっとりした感じの少女2人。

 しかし、やはり2人の姿は見つからない。


 すると、長身だがやや体を前かがみにしている3人目の少女が口を開く。


「……でも、2人、今朝、見たよ」

「え?」

「日が、昇って、すぐの、頃……市場、行ってた」


 それは、たまたま朝早く起きてしまった際に見たのだという。


 少女の言葉が正しいのなら、少なくとも寝坊という訳ではなさそうだが……。


「市場ですか~? 何でそんな所に~?」

「すごい朝早くってことは、朝市に何か用でもあったのかな?」

「朝市……って、あいつらまさか……っ!」


 ルーザーたちの行動に訳が分からないといった様子の3人。

 しかし、そんな3人を他所に思い当たる節があるといった様子のポムカ。


「……どうせ、エルが言ったんだろうなぁ」


 頭を抱えながら、ため息と共に吐き出した言葉の真意を問おうと「どういうこと?」とポニテの少女が問いかける。


 その問いにすごく答えづらそうなポムカだったが、仕方ないと口を開こうとするや否や「それでは早速、対物結界鎧ハイリアル・アーマメントの付与を行うので各自並んで……」との声が聞こえてきたことでこれ幸いとばかりに「……まぁ、後でわかることだから。その時にでも」とお茶を濁して列に並んで行ってしまう。


 その様子に3人は首を捻りながらも、仕方ないといった具合にポムカの後に続くのであった。




 ここでちょっと用語解説。



対物結界鎧ハイリアル・アーマメント

 :対魔結界鎧マナリアル・アーマメントの上位版。


 マナによる攻撃しか肩代わりしてくれない対魔結界鎧マナリアル・アーマメントと比べ、マナによらない攻撃すら肩代わりしてくれるのが対物結界鎧ハイリアル・アーマメントである。


 ちなみに魔術学校での模擬戦で対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを使わないのは、あくまでもあそこは魔術学校であり、魔術――即ち、マナの操作などを学ぶ場であるからだ。

 つまり、ちゃんと魔術が使えているのかわかりやすい対魔結界鎧マナリアル・アーマメントの方が使い勝手がいいため使わないのである。


 ……そのせいでルーザーは苦労している訳だが。



魔獣まじゅう

 :獣がマナによって変質した姿。


 マナとは万物の源だが必ずしも体に無毒という訳ではなく、どんな物でも過ぎれば毒になるのと同様、マナもまた体内に溜まり過ぎると細胞などに急激な変化をもたらし、体の肥大化やそれに伴う苦痛による暴走といったことが起こり、見過ごせないほどの実害を出す害獣へと変化してしまうことがある。

 そうして変化した個体を定義的に魔獣と呼んでいるが、どのサイズになると魔獣なのかという目安なようなものは無く、大まかに『普通の獣よりも手ごわいもの』がだいたい魔獣と称されることになる。


 ちなみにこの授業は、そんな魔獣を事前に討伐して町への被害を防ごうという目的と、魔術の実技試験の相手として丁度いいという点が合致しており都合がいいと、毎年何か月かに一度ここ以外の所でも行われている行事だったりする。



●他とは違う意匠の制服。

 :特に意味はない。ただ見栄っ張りなだけ。


 制服の意匠が他と違うのは貴族の人間というのは目立つことに重点を置いており、他よりちょっとでもよく見られたい……というより目立って当然という思考が初期設定デフォルトなので、こういう風にするのが当たり前だとすら思っており、しない方がおかしいと皆が改造している訳だ。


 ……していない例外がいない訳ではないが。


 なので、ポムカたちが集う場所にいる総勢100人ぐらいの新入生の中で、『貴族は誰だ?』とクイズが出た時、他のシックな感じの制服(大多数が着ている物)とは違い派手なのを着ているのがそうだと答えれば、正答率100%(この場にいるのは6名)だったりする。


 ちなみにこのことに魔術学校がノータッチなのは、貴族たちが魔術学校にいくらかの寄付をしているが故……要は資金面を支えられているだけに強く出られない訳だ。



●バンタルキア十三騎族じゅうさんきぞく

 :アールスウェルデ魔術学校やグリテステラ領を有する大国家バンタルキアが成立する以前、騒乱の時代にあったこの土地を納め後に国王となるバンタル王と共に平定に尽力した13人の騎士のこと。


 後にこの国家はバンタルを有する首都アレスガルティアを除き13分割され、各騎士がその土地を納めることになるのだが、後々分家筋による跡目争いや後継者争いによってさらに細分化されることになり、現在のバンタルキアがあったりするのだが、ここは長くなるので割愛。




「では全員、対物結界鎧ハイリアル・アーマメントを付与したな?」


 少々長いメゴボルとナカリーラのコントの後、ようやく仕事を終えたと監督官の教師が声をかけるも、「先生。あの負け犬コンビが居ませんが?」とメゴボルが茶化すように事実を告げる。


 実際いないのだから当然だが、その言い方やルーザーという言葉が意味するところの”負け犬”という蔑称を用いた言葉には、2人を貶めてやろうという気が見てとれる。


「あら、本当。どこ行っちゃったのかしらね? あの2人は」


 クスクスと2人をあざ笑うナカリーラ。


 さっきまで言い合いしていたとは思えないコンビプレーに、『実は2人は仲良しなのでは?』と思いたくなる。


 それはさておき、その言葉を皮切りに他の貴族と思しき者たちからも同様の嘲笑が沸き起こっており、その従者と思しき取り巻きたちからも貴族に合わせるように(合わせないと怒られるというところが大きい)失笑を漏らしていた。


「あいつら……わかっててワザとこのタイミングで……」


 そんな2人を貶めようという空気に怒りを通り越して、もはや殺意のようなものを抱くポムカ。


「どうどう! 落ち着いて、ポムっち!」

「そうです~。ご貴族様たちに歯向かったら~、今よりもっと立場がマズくなります~」

「だから何?」

「ポムに、その言葉、通じない……」

「う~、そうでした~」


 3人に止められてなお、殺意を抱いたままのポムカ。


 たれ目の少女が言うように、貴族というものは学校だけにとどまらず生徒たちにも何らかの制限を課すようほどに立場が高いようだ……ポムカには効いていないが。


 ちなみに、これには友達を馬鹿にされて怒っている以上の理由があるのだが……それはまたいずれ。


「……ハァ。どうして俺の担当する組には問題児が多いんだ……」


 現状に頭を悩ます教師。


 元々、蒼白な顔色をしているのにもかかわらず、今回のことだけで更に青白く痩せこけたように見えるのは気のせいだろうか。


 ちなみに担当する組というのは、実は今回の試験には新入生全員(およそ1000近く)が参加しているのだが、流石に1人で面倒は見切れないので、100人程度を1組として合計10組に分かれており、そのうちの1つであるこのD班の担当がこの男性という意味だ。


 ……担当する生徒はチームのメンバー数を加味したうえで無作為に選ばれているので、この男性は運が無かったとしか言いようがないが(チームに関しては次回で紹介)。


「……まぁいい。彼らは後で減点しておくとして、とりあえずは今いる者たちだけで始めよう。他の組も始めるタイミングだしな」

「減点するだけのポイントを稼げてたっけか?」

「ふふふっ」


 メゴボルやナカリーラの指摘も相手をする暇はないと言わんばかりに教師が咳ばらいをすると、「では、始め!」と生徒たちに号令を出す。


「さっきも言ったが、あまり奥にはいきすぎないように。流石にこの規模の森を全て見渡すなど不可能……」

「よしっ! 初めての野外遠征だ! このボクの名をこの学校の歴史に刻むためにも、誰よりも多く狩ってやる!」

「メゴボルには負けてられませんわ! あなたたち! あたくしの足を引っ張るんじゃありませんからね!?」

「は、はい!」


 こうして教師の忠告もどこ吹く風と、貴族とその従者、及び関係ないであろう少年少女たちは一様に森の中へと入っていくのであった。


「……もう好きにしてくれ」

「うちらはどうする? ルザっちたち、待つ?」


 一方、スタート地点に残っていたポムカたち。

 お目当ての相手との合流をするか否かを決めあぐねているようだ。


「……別にいいわ。私たちとも別に同じチームって訳じゃないんだし、そもそもあの2人なら自分たちで何とかするでしょう。それより、私たちは少しでも多くの魔獣を狩ってあの貴族ゴミムシどものポイント獲得を邪魔してやりましょ」

「ポムちゃん~、言葉遣いが悪いです~」

「貴族の、ことだと、ね」

「だね」

「ほら、なにしてるの? 行くわよ」

「あ、待ってってば~」


 見るからにイライラしているポムカに続き、後を追って森に入る3人。


 こうして、新入生たちの初の課外授業は幕を開けたのであった。






「……貴様らの業、今ここで断ち切ってくれる。……見ていてくださいませね、エニエ様」


 とある男の胸襟きょうきんに燻ぶる、純粋な復讐心おもいを知る由もなく。

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