第1話
忠直は慷き慨る 序幕
魔術。
――それは大気や自然、万物の源にして、世界の根幹を成す物質であるマナを自分の思い描く形へと変質させる奇跡の御業。
そして、その魔術を用いた模擬戦闘が実技の授業という名目でこのアールスウェルデ魔術学校が誇る巨大な室内グラウンドで今まさに行われていたのだが……。
「貴様! またやりやがったな!」
貴様と呼んだ方と呼ばれた方とを囲む半透明の何かがホロホロと崩れ行く中、その半透明の何かと同じく姿を金ぴか鎧のものからここの制服らしき物(貴様と呼んだ相手と比べると派手めの物)へと変化させた金髪オールバックの少年メゴボルは、先ほど模擬戦闘の勝敗を定める審判と思しき男性からルーザーと呼ばれていた少年に対し、怒声を発しながらつかつかと歩み寄っていた。
「悪かったって。……今度こそうまく行くと思ったんだけどな~」
歪な髪型のボサボサ頭を掻きながら、自分の拳をマジマジと見やるルーザー。
その顔からは本当に何かがイケると自信に満ちていたのだろうことが伺えた――失敗した訳だが。
「
それはメゴボルの言うように、マナが通った攻撃を防いでくれる代物。
より詳細に言えばダメージを一定量肩代わりしてくれる魔術で、マナが通っている技や武器での攻撃を防いでくれるので、痛みや傷が体に残る心配は無く実戦さながらの訓練ができると、魔術の研鑽に重きを置いた魔術学校や魔術を含めて戦うことに重きを置いた騎士学校(今ではその区別はほぼ無いに等しいが詳細はまたいずれ)では頻繁に利用されていたりする。
ちなみにその際に発生した衝撃は防げないので、吹っ飛ぶほどの攻撃を受けた場合は吹っ飛ばされたりはするが。
そして、そのことと審判の言った反則負けという言葉から察する通り、ルーザーは魔術を通さない攻撃――即ち、グーパンでメゴボルを攻撃してしまった訳だ。
そう……。
この物語の主人公にして、過去に勇者と称えられた彼。
古代に使われていたというエミテミル語で『負け犬』を意味する言葉を自身の名に定めた男、ルーザーは実は魔術がからっきし使えず、そのせいで先ほどの模擬戦闘では敗北してしまった訳だ(どうしてそんな彼が勇者と呼ばれるまでの活躍ができたかについてはこれまたいずれ)。
ちなみに、先ほど2人と審判の四方を囲っていた壁のような物は
おかげで近くで別の模擬戦をしている生徒を巻き込むことは無く、グラウンドの周囲を取り囲むように設置された観覧席では、安心して授業の様子を眺められるという訳だ。
「理解はしてるっての。ただ、実践できなかっただけだ」
「なんでちょっと偉そうなんだよ?!」
胸を張りつつ自信満々に言うルーザーに、再び怒りを露にするメゴボル。
……まぁ気持ちはわかる。
「お前のせいでボクの体に痣ができたらどうす……痛たたた……」
あまりにも怒りすぎたせいか、それとも体を大袈裟に動かしたせいか、ルーザーに殴られた肩の痛みをようやく思い出したかのように膝をつくメゴボル。
「メゴボル様! しっかり!」
「今、治癒の魔術を!」
そんな彼を気遣うようにそばに近付いてきた4人の男子たちは、痛むところの治療やマッサージ、飲み物の差し入れ等々、それぞれの形でメゴボルを労わっている。
その様子を見るに、メゴボルはよほど彼らに慕われているのだろう……と言いたいところだが、実情は違う。
実際には所謂、貴族と平民という格差の話であり、男子たちはやりたいからやっているのではなく、やらないとならないからやっているに過ぎず、だからこそ男子たちは必死にメゴボルを労わっている訳だ(この辺の詳細についてはまたいずれ)。
「悪かったって。ほら、一発好きなとこ殴っていいから。それでチャラでいいだろ?」
そうして、自身の特権によって至れり尽くせり状態のメゴボルに向かって少し屈んで殴りやすくしたルーザー。
ちなみに身長目安。
ルーザー175㎝前後。
メゴボル165㎝――バレバレのシークレットブーツ着用時。
しかし……。
「嫌だよ! お前殴るとこっちが怪我するの、知ってんだかんな!!」
ルーザーの善意を全力で拒絶したメゴボル。
実はルーザーの言う『またやっちまった』という言葉通り、マナを介さない攻撃を行っての反則負けは、何もこれが初めてという訳ではない。
この模擬戦闘の実技授業が始まってから、実に10回以上同じことを繰り返していたりするのだ。
そして、その記念すべき最初の敗北時、同様の理由で怒っている相手に同じように殴らせようとしたルーザーの言葉通りに対戦相手が彼の顔を殴ると……折れてしまったのである。
……殴った方の手首の骨が。
このことはちょっとした話題になり、魔術学校の生徒(特にルーザーと同じ新入生)の間では知らない者はいないと、メゴボルはこの反応という訳だ。
「いや……あれはあいつの腕が
確かにその対戦相手は貴族であり、自らの体を鍛えあげるということは基本的にはしないので、
しかし……
「普通、顔面殴った方が痛がるとかねぇんだわ!! ましてや骨が折れるなんてことあり得ねぇんだわ!!」
メゴボルの言うように常識的に考えてもその事態はおかしいと言わざるを得ないだろう。
「でも、実際あったろ?」
「だから皆、驚いてんのっ!! そして、ボクはお前を殴りたくないのっ!!」
地団太を踏みながら、何でわからないんだこいつはと言った表情のメゴボル。
……その気持ちもわかる。
そんな彼もまさかこんなことに全力を出すとは思わなかったようで、体力のペース配分を間違えたと、肩で息をしてしまっている。
「ったく……お前という奴は……ぜぇ……ぜぇ……」
「……急にどうした?」
「どう見てもお前が原因……っ!! ……って、もういい!」
お前の相手をしていると余計疲れる。
そんな表情になりながらルーザーの相手は諦めたとメゴボルは、フラフラしながらグラウンドの外壁にある出口へと歩いて行ってしまうのだった。
「あ! お待ちください、メゴボル様!!」
「行っちまいやがった……
「……今のこの状況でそんな感想を持てるのは、きっと世界広しと
メゴボルの後を必死で追いかける取り巻きたちと入れ替わるように、出口からやってきた2人の少女の1人。
こちら側から見て左の頬に火傷の痕がある赤髪の少女が、ルーザーに呆れたように声をかけてきた。
「そっちは終わったのか?」
「まぁね。私はいつも通り勝利して……」
「……オラはいつも通り負けたんよ……」
2人を認め声をかけたルーザーの問いに、赤髪の少女は当然とばかりに勝利を伝え、後ろからついてきていた豊満な胸元が特徴的なフワフワ髪の少女が独特な一人称を用いながら敗北を伝えていた。
ちなみにこの2人は、ルーザーが親しくしている数少ない魔術学校の生徒であり、試合後にはこうして集まって話をしていたりする。
「それより……そっちこそ、いつになったら私が魔術を教えてあげてる甲斐が出てくる訳?」
「いや~。今日こそはイケると思ったんだがな」
「毎回毎回、その自信はどこから湧いてくるのよ……」
呆れた表情でこめかみを抑える赤髪の少女。
実は実技授業名目の模擬戦闘が始まる前には、魔術関連の座学や基礎魔術の訓練、その他諸々の勉学などで半年を費やすのだが、実はこの時点でルーザーとフワフワ少女は落第しかけており、この赤髪の少女が助け舟を出したおかげで何とかこの実技授業にこぎ着けていたりする。
なので、自分が教えたことが全く活かされてないと赤髪の少女が憤るのはもっともなのだが、頭を掻きながら明後日の方向を向いて返事をするルーザーを見るに、あまり響いてはないようだ。
「その頭の硬さを少しでも和らげないと、魔術は使いこなせないわよ?」
魔術とはマナを理想の姿にするもの――つまり、想像力が必要なのだが、ルーザーは物質的にも頭が硬いから使えないのだと、赤髪の少女は皮肉った訳だ。
「いやいや。顔や頭は狙われたらヤバい部位なんだから、だったら鍛えといて損はねぇだろう?」
しかし、その皮肉もこの男には通用しなかった。
「損得の話ししてないんだけど……そもそも、顔や頭を鍛えるって何よ?」
「なにって……こう重ねた瓦に頭や顔の部位をぶつけてだな……」
ここでルーザーの回想。
そこには今より少し若い姿のルーザーが顔面で瓦を割っている姿が映し出されており、「よっし! ようやく10枚割れた!!」と満面の笑み。
しかし、一方でそれを見つめている猫耳の生えた謎の子供は呆れ顔をしていた。
……まぁ、それが当然の反応だろう。
ちなみに猫耳の子供についてはまたいずれ。
「いや……少なくともそれ、魔術を学ぼうとしてる人から出てきていい言葉じゃないからね?」
「でも顔は鍛えとくだろ? 普通」
「その普通は、少なくとも魔術を勉強してきた私は知らない」
「別にいきなり瓦でやれとは言わねぇよ? まずは薄く張った氷から顔を徐々に慣れしていけばお前らだって……」
「どんな慣らし方よ!? っていうか、丁寧に説明しても絶対やらないからね!?」
「え~、やっといた方がいいと思うけどな~」
「まったく……そんな脳筋な考え方してるから、模擬戦で1勝もできないのよ」
「うっ……」
流石にそれを言われたら返す言葉は無いとルーザー。
……とはいえ、もっと早くにそうなっていてもおかしくはなかったのだが。
「これじゃあ、またいつ退学のピンチがやってくることか……」
「あはは……」
「あなたもよ。最弱コンビの片割れさん」
「あうっ!」
ルーザーの態度に苦笑いしかできないでいたフワフワ髪の少女にすら容赦ない一言を告げた赤髪の少女。
確かにルーザーと共に座学で落第しかけた訳なので、彼女も未だに1勝もしていないというのは納得だ。
「おい、最弱コンビじゃねぇ。最下位コンビだ!」
しかし、ルーザーは扱いに文句があると反論する。
「どっちも同じでしょ」
「い~や、違うね。最弱だと雑魚っぽいけど、最下位なら勉強できないっぽいだけだからな!」
「じゃあ馬鹿ってことじゃないの。なんでそれで胸が張れるのよ……」
どうだと言わんばかりのルーザーの姿を見て、心底呆れたような赤髪の少女だが、「まぁ、確かに雑魚とは真逆なのがあなただけども」と理解を示している。
どうやらルーザーの魔術によらない腕前は、彼女も知っていることのようだ。
……というか、だからこそ彼は勇者になり得た訳だが。
「……はぁ。しょうがないから今日も特訓に付き合ってあげるわ。どうせこの後、ヒマなんでしょ? あなたたち」
ため息を吐きながらも何だかんだ付き合ってあげようとする辺り、どうやら彼女は面倒見がいいようだ。
……というか実は、それ以外にもっと根深い理由があるのだが、それもまた追々。
「んじゃあ、とりあえずは手頃な所で討伐依頼を……」
「その前に。まずはここで魔術の基礎からおさらいよ」
「えぇ~?」
「えぇじゃない。本当に退学になるわよ?」
「……へ~い」
鬼軍曹――もとい、赤髪の少女の言葉に忌避感を示したルーザーであったが、『退学』の二文字をチラつかされたことで渋々受け入れることにしたようだ。
ちなみにこのグラウンドは生徒の自主的な特訓の場としても解放されているので、ルーザーたちのように実技の授業の後、ここで先ほどの反省点を洗い出そうと残る生徒もいたりする。
なので、ルーザーたちもその場にとどまり、そのまま魔術の特訓を始めることにしたようだ。
「それじゃあ、まず魔術の基礎からね。魔術っていうのは……」
「はい! 人間から生まれとるマナやその辺に満ちとるマナを、何かいい感じにしやって、どうにかこうにかすることなんよ!」
「……まぁ、間違じゃないからいっか。そういうこと。そして私たちが何故そんなことができるのかと言われたら……」
赤髪の少女の次を答えなさいという視線を受けルーザー。
「はいはい。……え~っと。オド、とかいうのがかかわってるんだっけ?」
「はい、正解」
オド。
――それは生命が生み出すマナのこと。
即ちマナとは生命が生み出しているものであり、生命の存在しない所ではマナが生み出されることはない。
ちなみにオドはマナと同質のものなのでマナと呼んでも間違いではないのだが、わかりやすく区別するため定義的にオドと呼ばれていたりする。
「ちゃんとわかってるじゃない」
「えへへ~」
「エル、照れるな。今のは完全にポムカに馬鹿にされただけだ」
「え?」
「多少の皮肉は通じるみたいでホッとしてるわ。勿論、エルは除くけど」
「はぅ!」
フワフワ髪の少女ことエルは、手痛い精神攻撃を受けたと目を細め、一方で赤髪の少女ことポムカはそんなエルに呆れつつ、話を続けることにした。
「……話を戻すわね。それでそのオドっていうのは、私たちの意識に反応して様々な形へ変質させられることがわかったんだけど……ただそのままじゃ使い道なんて、それこそあなたが得意な身体強化ぐらいしかなかった訳。外に出す術が無かったからね。ところが、そのオドは大気中に含まれるマナと同質のものであり、マナとマナは共鳴し合う性質があるということが判明したことで、オドを動力源――要はマナを変質させるための呼び水に使うことでマナをも変質させることに成功し、今、私たちが使ってるような魔術が使えるようになったって訳。……まぁ、ざっくり言えば、外側のマナも自分のマナにしちゃって形を変えるのが魔術ってことね」
「そんで、火や水や風や大地とか、その他多くのものはそのマナがかかわっているから、魔術ってのは色んなことができんだろ?」
「正確にはこの星そのものとかかわっているから、だけどね」
星という一個の生命。
それを生み出したる物がマナであり、そのマナによって生みだされた星もまたマナを生み出しているため、星の活動(火や風、雷といった自然現象の発生や、水や大地、生命といった万物の生成など)にもマナは深くかかわっており、魔術とは即ちこの星の営みを模倣することと言って相違なく、個人差や程度の差はあれど、理論上魔術ではできないことはないと言われており、『魔術は何でもあり』と広く言われていたりするのもこのためである。
余談だが、実に数千年以上も前、生まれる前の星は生きてはいないのだからマナが生まれるはずはなく、マナが無いのなら星も生まれないので、マナが先に生まれたのか星が先に生まれたのかという因果性のジレンマが言われたことがあったよう。
結論を言えば、宇宙でもマナは存在しうるという実証がなされたことで、マナが先であるということで落ち着き、結果的にこれが後に魔術と呼ばれる術の発見に繋がっていたりする。
ちなみに、そのマナ自体は宇宙という一個の生命が生み出しているとされるが、ではマナと宇宙はどちらが先かは未だ謎とされているので明らかにはされていないが、この物語には関係ないので割愛する。
「ま、これはあなたたちも知ってて当然よね」
「そりゃな。死ぬほど覚えさせられたし」
なにせこの知識は入学してからしばらくの間、この魔術学校で習う基礎中の基礎の話であり、落第しないように必死に勉強に明け暮れたルーザーたちにとっては嫌というほど反復して覚えさせられたのだから、当然と言えば当然だろう。
「……まぁ、それを知っていてなお、うまく魔術を扱えていないのが、あなたなのだけど」
「それは否定できん」
「……じゃあ、否定できるように特訓しなきゃね」
ルーザーの言葉に呆れつつ、ポムカは改めてと掌を上にして前に突き出すと、目を閉じゆっくり言葉を告げる。
「火よ、ここにあれ。ファイエ」
そうして掌の上に生み出された小さな火の玉。
燃える材料すら存在しない虚空に突如現れたその存在に、エルとルーザーは感心した表情をしている。
「お~」
「流石に綺麗に出しやがるな、お前」
「感心してないで、あなたたちもやりなさい」
「は~い」
「へ~い」
ポムカに促された2人。
両者は共にポムカの真似をするように手を突き出すと、目をつぶり同じように言葉を紡ぐ。
「火の玉……固まって、浮かんで、燃えて……」
「あ~、炎がこう……丸々ってなって、バンバン燃えて……それで、ドーンと敵を倒せる感じで……」
「「……ファイエ!!」」
両者ともにポムカとは違う言葉を告げ一生懸命イメージしていたが、魔術の名前と思しきものは一緒と、タイミングも合わせて言葉を告げる。
すると、エルの方が少し早くに火の玉を生み出していた。
「……うん。エルはいい感じね」
メラメラと燃え盛るエルの掌の上に生み出された火の玉は、ポムカのに比べれば小振りで時折揺らいでみせたりするものの、それでも成功したと言っていい程度には形にはなっていた。
「えへへ~」
「そしてあなたは……」
ボトッ
一方、遅れて生み出されたルーザーの足元に落ちた火の玉は、正しく質量を持っていたようで、落ちた地面が火の玉大に凹んでしまっていた。
「やべっ、重さのこと考えてなかった……」
「あなたねぇ……って!?」
すると、突如煌々と輝きだしたルーザーの火の玉は、そのまま勢い良く膨らんでいくと、一瞬のうちに大爆発を引き起こし、ルーザー、エル、そしてポムカを巻き込み吹き飛ばす。
「お馬鹿ぁぁぁ!!」
「すまーーーん!!!」
「なんよーーーー!!!」
ドサッ
ものの見事に吹き飛ばされたルーザーたちは、それぞれが着地に失敗したかの如くルーザーは背中から、ポムカはお尻から、エルに至っては顔から地面に激突してしまう。
ただし、ルーザーはちゃんと受け身を取っていたので無事であり、ポムカも魔術で勢いを殺していたので無傷と、完全な被害者はエルだけではあったが。
「痛たたた。本当に何回失敗すれば……って、ちょっ!? エルゥゥゥ!?」
「……あ、悪ぃ」
「きゅ~……」
目を回して気を失っているエルに慌てて近寄ったポムカと、頭を掻きながら聞こえていないであろうエルに謝罪しつつゆっくりと歩いてきたルーザー。
そんな彼らを見ていた周りの生徒たちは、「またやってるよ、あいつら」「本当、よくそれで退学にならないよな」などと、彼らの愚行をあざ笑っていたが、ルーザーたちにとっては気にならないことのようで、特に気にした素振りは見られない。
「……もう! 何回同じ失敗繰り返せば気が済むのよ!?」
そればかりかポムカは、同じ失敗を繰り返していたと思われるルーザーに、今までにしてきたのと同じと思われる叱責を飛ばしていた。
「いや、今回の失敗はそんな繰り返してねぇぞ? だいたいは生み出した瞬間爆発するか、全く違うものができて爆発するかで……」
「毎回爆発してるという意味では一緒! そして、だとしたら爆発しないように気を付けて!! そもそも、質量間違えたってエネルギー的な意味での質量間違える人いる!?」
「まぁ、ここに……」
「でしょうね! でも、そういう意味で言ってるんじゃないから!」
「じゃあ、どういう意味?」
「説明させないで! 皮肉を悉く説明させられるとこっちが惨めになるから!」
「じゃあ、言わなきゃいいじゃん」
「言いたくなるほどのことをしているのがあなた! 気付いて! そして悔い改めて!! そもそも、あなたは魔術の詠唱が雑過ぎるのよ! 詠唱ってのはその魔術を生み出すための道標。その詠唱を唱えたのなら生み出す魔術はこれ、といった具合にイメージしやすくするためのものなのに、あなたは作り出そうとしているもののイメージを何となくで唱えているから、唱えていない部分をミスるのよ!」
魔術とはマナを変質させるものであり、その変質させたもののイメージがしっかりできれば、詠唱という行為は必要無い。
しかし、そのイメージをしっかりしなければならないというのは意外と骨が折れるというもので、常に同じ魔術を再現するというのはなかなかに大変な作業だったりする。
そこで用いられるのが『詠唱』という行為。
魔術を生み出す際の指標として特定の詠唱を自分の中で決めておくことで、その詠唱を唱えれば脳が勝手にイメージしてくれるという状態を作り出し、その大変な作業を効率化しようという訳だ。
『パブロフの犬』と例えるのがわかりやすいのだが、わからない方は各々調べていただけると助かります。
なので魔術を使用する際、人によっては詠唱無しで魔術を行使したり(定義的に無詠唱と呼ばれる行為)、同じ魔術なのに詠唱が違っていたりするのも当たり前のことなのだ。
ちなみに魔術の名前に関しても、あくまでもその形をイメージしやすいように付けられているものなので、詠唱と同じ様に人によっては名前が違うが生み出した魔術はまったく同じということもあったりする。
「まぁ、それはわかってっけどさ……やっぱこういうの慣れねぇからな~」
「いい加減、慣れなさいよ。もう……。これじゃあ、今度の課外授業だってどうなること……って、そっちは大丈夫なんだっけね。あなたたちは」
何かを言いかけたポムカだったが、呆れた表情をしつつ自己完結してしまう。
「まぁな。そっちが俺たちのホームみたいなもんだし」
「……本当、極端なんだから。あなたたちは」
あなたたち。
即ちそれは、エルを含めてのことだろう。
最弱、ないし最下位コンビと蔑まれ、未だ実技の授業で1勝もしていないという彼らが何故大丈夫だと言えるのか。
それは――後々わかることと今は割愛する。
「自分でもそう思う。……でも、まぁせっかくだし、そういうことなら今日はその課外授業対策と行こうぜ? 手頃な討伐依頼でも受けてさ」
「とか言って……どうせ魔術の勉強だと体が動かせなくて退屈とかいう理由なんでしょ?」
「退屈っていうか、体がなまるのはよくねぇな~とは思ってるけどよ」
「……ハァ。あなたって人は……」
大きくため息を吐くポムカ。
そんな彼女は呆れた表情とともに諦めたといった顔持ちをすると、「まぁ、今回は確かにそっちの方がいいんだろうけどね」とルーザーの言葉を受け入れる。
「んじゃ、さっさとエルを起こして行こうぜ」
「はいはい。……ほら、エル。そろそろ起きて」
自分の膝の上に頭を乗せてあげていたエルの頬をツンツンと突きながら声をかけたポムカ。
「……おっかぁ……そっちは、うまいもん、あるんか……?」
すると、エルがもぞもぞと動きながら寝言を口にする。
「おっかぁ? 母親の夢でも見てんのか?」
「……あれ? でもエルのお母さんって亡くなったんじゃなかったっけ?」
その言葉で顔を見合わせるルーザーとポムカ。
「……!! エ、エル! 起きなさい! そっち行っちゃダメよ!!」
「こんなことで死ぬな! エル!!」
「ぐへへ~……そんなにうまいんなら、ちっと寄ってみてもええんよな~」
「「エルゥゥゥ!!」」
そうしてグラウンドにルーザーとポムカの声がむなしく響き渡るのであった。
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