第14話 名も知れぬ兵

 先陣を切った三郎は馬上から弓を構える。

 アルケーの先制攻撃をもろに喰らった魔王軍は、そのほとんどがミンチ肉になり、生き残った僅かな戦力が、点々の散り散りとなって寄せて来る。もはや陣形などあったものではない。

 そんな敵に三郎は馬の機動力を活かして遠巻きに弓を射た。


(チッ、やっぱ矢が短けえな)


 彼が使っている矢はモンテドルフの村人達から分けて貰った矢なのだが、彼がいつも使ってる矢より短いのだ。その為に中途半端な引きになってしまう。

 これはこの地域の人間達が地球でいうアーチェリーの射ち方に似ているのが原因だ。

 それでも三郎は自身の腕前によってモンスターを射殺していく。


「これじゃあ戦じゃなく狩りだな」


 魔王軍のモンスターを見て思ったのが、こいつ等、人間の様に賢くないという事だ。

 武器こそ持っているが、どれも近接武器であり、それも手入れされていない剣や、骨をそのまま使った棍棒だ。

 しかもたった1人の三郎をただ追い回すだけで、仲間との連携なんて皆無。犬の方がまだ賢い。

 そんな子供を相手している様な戦場で、三郎は双角の黒馬に乗った禍々しい騎士を認める。彼の武士としての直感が告げた。あれは良い敵だと。


「そこな武者待てっ!!」


 乱戦の最中でもよく通る声でその騎士を呼び止める。


「我こそは朝比奈三郎義秀!! 我が言葉かいすのであれば名乗なれよ!!」


 騎士も三郎に気付き、双角馬の頭をこちらに向けた。だがやはり名乗りは上げず、代わりに断末魔の様な叫びを上げて突っ込んできた。


「オオオォォォ!!」

「やはり化物か!」


 三郎は向って来る騎士に矢を射る。だが騎士はそれを剣で打ち落として見せた。


「おお! 見事!」


 これは好敵手だと三郎も太刀を抜いて馬を走らせる。

 化物とは言えこの敵はやり手だ。剣の長さを見せまいと切先をこちらに突き付けて駆けて来る。三郎も同じく太刀の切先を騎士に向けた。

 太刀と剣がぶつかる。


「やるッ!」


 刃が交わった時、力を入れて馬から落としてやろうと思ったが上手くいなされた。これはますます相手の名前を聞けない事が惜しくて堪らない。

 二騎はすぐさま馬首を返し刃を振るう。

 しかしお互い巧みな剣捌きで、3度刃を合わせたが決着は着かなかった。

 終いに三郎は相手に組付き、力尽くに馬から落とそうとする。騎士もこれに応えて取っ組み合いとなるも、怪力三郎相手では勝負にならない。

 遂に馬から引っ剥がされ地面に叩き付けられた。

 三郎もすぐさま馬から飛び降り、騎士の顔に拳を叩き込む。すると殴られた兜は何の手応えもなく地面を転げて行った。


「な!? んだこりゃ……!?」


 鎧の中身が無い。

 これは一体どういう事か。自分は何と戦っていたのかと戸惑いが生じたその時、空の鎧に蹴りをもらった。


「そいつはアンデッドモンスターのデュラハンです!!」


 そこへ漸く笑亜が駆け付けた。


「何だそのアンデッドって!」

「死者みたいなものですよ! デュラハンは戦士の霊が悪霊化したモンスターなんです! 普通に戦っても倒せません!」

「どうやったら殺せる?」

「女神であるアルケー様の魔法なら!」

「居ねぇじゃねーか!」


 そうこうしている間にモンスター達が集まって来た。数は決して多くないが、デュラハンを相手しつつ他のモンスターを牽制するのは少々面倒くさい。


(ザコは笑亜に任せるか)


 昨日の相撲で彼女の実力は分かっている。ここに居るモンスターの相手くらいは任せれるだろう。

 三郎にゴブリンが襲い掛かる。それを太刀で迎え討とうした時、デュラハンの剣がゴブリンの胴を斬り裂いた。

 驚く2人と周りのモンスター達。


「オオオォォォ!!」


 デュラハンはまた断末魔の様な咆哮を上げる。

 するとモンスター達はすんなりとこの場から逃げ始めた。


「モンスターの使役が解かれた!? と言うことはこのデュラハンがーー!」

「敵の大将か!」


 デュラハンは剣を三郎に向ける。「邪魔者は居なくなった。もっとやろうぜ」と決闘を申し込んでいる様だ。


「おもしれぇ! 受けて立ってやる!」


 挑まれた勝負に三郎は嬉々として前に出た。


「持って下さい! 通常攻撃でデュラハンは倒せないんですよ!?」

「うっせえ! ここで退いたら坂東武者の名折れよ!」


 三郎は笑亜の制止を聞かずデュラハンと対峙する。

 太刀を下段後方に向けて、体勢を低くし、大袖としころで身を守る体勢を取る。

 対するデュラハンは剣を中段に構えた。

 最早両者にデーモンウェッジを壊す、守るという目的は無い。ただ目の前に居る好敵手に勝利する。それだけだ。

 笑亜はもちろん、風や草木までもが2人の決闘を邪魔しない様に静まり返っている。

 静寂の中、デュラハンの剣が動いた。

 それと同時に三郎も一足に間合いを詰め、振り上げられた腕を制す。そのまま重たい鎧を軽々と放り投げ地面に叩き付け、剣を持つ腕の関節を逆にへし折った。そして剣を奪うや抵抗するデュラハンの胴鎧を貫き大地へ突き刺した。


「これなら簡単に動けねえだろ」


 勝負あった。

 自分の剣で大地に串刺しとなったデュラハンは、負けを認めたのか動かなくなった。


「笑亜。アルケーを呼んで来てくれ」

「ええ!? 私、まだ何もして無いんですけど!?」

「知らねえよ。お前さんが出遅れたのが悪いんじゃねえか。ラハンはあいつの魔法でないと殺せねえんだろ? 早く連れて来い」

「えぇ……。もう、走り損じゃあないですかぁ~」


 文句を言いながらも笑亜は来た道を走って行った。

 三郎は転がったデュラハンの兜を持って来て、その前に座す。兜の奥は空の筈なのに狂気とも呼べる禍々しい眼光が三郎を睨んでいた。


「悪霊化した戦士の魂か……」


 戦いの最中、このデュラハンに自分と似たものを感じていた。

 きっと元々は誇り高き武人だったのだろう。モンスターとなってもその潔い精神は残っていたようだ。

 三郎は兜の前に腰を下ろし、腰にある村で調達した革製の水筒を取った。


「名も知れぬつわものよ。貴殿の武勇、天晴で御座った!」


 自分と戦った武人に敬意を評し、水筒の水で兜に付いた泥を注ぎ落としてやる。そしてこの者の魂が少しでも安らげる様にと念仏を唱えるのだった。

 アルケーが到着したのはそれからしばらくの事だった。また何回か転んだのか手に泥が着いている。


「このデュラハン。もう昇天してるわよ?」

「は?」


 アルケーの言葉に三郎は素っ頓狂な声を出す。

 見ればさっきまで兜の奥にあった狂気の光が消えている。


「いったい何をしたの?」

「水筒の水で兜を洗って経を唱えてた」

「アンデッドモンスターは水も弱点です。もしかしてそれが?」

「お前、それ先に言えよ!」


 それなら最初から水をぶっ掛けてたと、説明不足な笑亜を責める。


「水筒程度の水で倒せるはずないでしょ。何はともあれ、さっさとデーモンウェッジを壊すわよ」


 アルケーはアーリーライフルをデーモンウェッジに向けた。

 銃から魔力で出来た光が地面に突き刺さる。続いてフレームが変形してアーリーライフルは変貌を遂げる。そして大きく二股に割れた銃口に光が集束し始めた。

 明らかに今までの魔法とは違う何かが起ころうしている。


「せっかくだし特別に私の切り札を見せて上げる」


 アルケーは得意気な顔で2人に笑みを向ける。


「これが私の最大魔法! 破壊光線アームストロング!」


 開放された魔力がデーモンウェッジに照射される。

 切り裂かれた空気が突風となって辺りを凪ぎ、大気が殴り付けられる轟音を響かせる。

 放たれた破壊光線は丘もろともデーモンウェッジを消し去ってしまった。


「どうよ!」


 ドヤ顔でアルケーは吹っ飛ばされた2人に尋ねる。

 ずり落ちた兜を直しながら三郎は言いたい文句を言ってやった。


「凄えけどお前……。こんなのがあるなら最初から使えよ!」

「うっさい! カルバリンで壊れるかと思ったら無理だったのよ! それにこれ撃つと放熱で暫く銃が使えなくなるの!」


 三郎の余計な一言でまたアルケーの機嫌が悪くなる。


「さあ、壊す物も壊した事だし帰るわよ」


 そう言って2人を引き連れ、村に戻って行く。

 何はともあれ下界に降りて最初の魔王軍との戦いは彼女達の完勝に終わったのだ。


「え? 待って、私全然活躍して無い。ただ走っただけじゃないですかぁ!」


 笑亜のやるせない叫びが上がった。

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