第13話 勝利の女神

 夜が明ける頃、3人はモンテドルフを出発し、デーモンウェッジがある平原へと向かった。

 村から馬を借りた三郎は馬上の人となり、その後ろにアルケーが相乗りした。

 運動神経がとにかく悪い彼女は例の如く、乗馬なんて出来ない。かと言って歩くのは疲れるのだ。

 その横を笑亜が徒歩で随行する。彼女もまた乗馬が出来ない。


「笑亜よう……。お前さん仮にも勇者だろ? 馬くらい乗れねえでどうすんだ」

「いやぁ、私も馬に乗りたいんですけど、乗馬なんてやった事ないですし、練習しようにも馬を買う余裕なんて無いんですよね〜」


 出発前に三郎から小言を言われた彼女はこう返していた。

 これから戦いに行こうと言うのに馬に乗れなければ話にならない。デーモンウェッジを破壊したらみっちり乗馬の練習をさせてやろうと、彼女の師匠になった三郎は思った。

 3人はモンテドルフの横を流れる小川に沿って山道を進む。道中襲ってくるモンスターの姿は無く、アルケー達は静かな森の中をゆったりと歩いていた。


「ところで笑亜。貴方昨日はどこで寝たの?」


 退屈になったアルケーが話題を振る。


「居候させてもらってるハルトさんとジュリさんの家です」

「ふ~ん。じゃあこれからは私達の所に来なさいな」

「え!? 良いんですか!?」

「もちろん。ってかこれから一緒に魔王を倒しに行くんだから、その方が良いでしょ」


 とアルケーは言うものの、本当の理由としては三郎と2人で同じ屋根の下で住むのが嫌なだけだ。

 何せこの男はデリカシーなど皆無だ。昨日もアルケーが居ようと構わず放屁をかましていた。


(お願い私の勇者! こんな原始人みたいな男と2人にしないで!)


 女神の威厳を崩さない様にしているが、これが彼女の心情だ。


「そうだそうだ。こっちに移って来い」


 と、ここでその三郎も話題に加わる。


「お前さんが居たんじゃ、あの夫婦も夜あれやこれや出来ねえだろうに」

「あれやこれや?」

「下世話な話は止めい!」


 こういうデリカシーの無さにうんざりするのだ。


(天界にも居たなあ。こういう年寄りの神が)


 年を取った連中がこういう発言をして誂って来るのは神も人も同じようだ。


「しかしなかなか良い村だったじゃねえか」


 と思ったら急に三郎の声が少し優しくなった。

 昨日、急に始まった宴会で、彼は村の男達と楽しげに腕相撲をして全勝したり、岩を持ち上げたりしてたちまち村の人気者となっていた。

 あれで余程気を良くしたのか、さっき村を出る時、見送りに来た子供達に大きく手を振っていた。


「はい、皆良い人達です。だから村を荒らされるのは見てられないし、王国軍と魔王軍の戦いに巻き込まれて欲しくもありません」

「ようし。じゃあ先ずはデーモンなんたらをぶっ壊してカラミチの出鼻を挫いてやろうぜ!」

「はい!」


 どこか似た者同士な三郎と笑亜は大きく気合を入れた。

 やがて3人は森を抜けて平原に辿り着いた。

 だが誰も森から出ようとはしないで、身を隠すようにこの先に広がる光景を凝視した。


「おいおい、何が30だ。500は居るじゃねえか」


 丘陵の上にデーモンウェッジと思われる黒い杭が見える。その周りを大量の魔王軍が守っていた。


「そんな!? こんな大群今まで見たこと無い!」


 予想以上の敵の数に笑亜は絶句する。

 アルケーは魔法で敵陣の様子を観察した。


「モンスターのボス個体がいるわ。ボスを使役して配下のモンスターを手懐けてるって所ね」


 魔王から力を授かった魔人はモンスターを使役出来るという。

 笑亜の情報では50体が限度らしいが、なるほどボスモンスターだけを使役すれば、群れごと支配できて戦力を稼げるらしい。

 お陰で3対500という蟻と象の様な戦いになってしまった。


「こりゃダメだな。村に戻って籠城の支度だ」


 圧倒的な敵の数に不利と見た三郎はさっさと諦める。


「ええ!? さっきまでのやる気はどうしたんですか!?」

「こんなに多いなんて聞いてねえよ」


 でもそう簡単に引き下がれないのが笑亜だ。


「ダメです! ここで逃げたらあの大群が、また村に攻めて来るかもしれないじゃないですか!」

「だからって3人じゃどうしようもねえだろ。幸いあの村は山間にある。村の男達と守れば少人数でもどうにかなる場所だ」


 武人としての彼の判断は正しい。少なくとも村に籠もって戦えば、王国軍が到着するまで持ち堪える事は出来るだろう。

 だがその場合、笑亜が言うように村人は戦いに巻き込まれる。男だけじゃなく女子供老人もだ。

 その時、アルケーは勝ち誇った様な笑みを三郎に向けた。


「何々三郎~、もしかしてビビってんの~? 坂東武者だ何だ言うくせに案外度胸無いのね~」


 小馬鹿にした様な口調で煽る。


「ああ? 何か言ったか?」


 当然三郎はギロリと鋭い眼光を向けてくるが、アルケーはそんなのにビビる事は無い。今まで偉そうにされた分を取り返す様にマウントを取った。


「ここには私が居るって事を忘れないでもらえるかしら? モンスター500体くらいどうって事ないのよ!」


 アルケーは1人森から抜け出し魔王軍にアーリーライフルを向ける。


「貴方達人間の言葉に『勝利の女神』って言葉があるんでしょう? 私がその女神よ!」


 銃口の前に何重もの魔法陣が重なり光輝く。

 これはただの射撃魔法スナイドルではない。いくつもの魔法プログラムを施し、魔法弾を強大に且つ、爆裂プログラムをセットした特殊魔法弾。


爆散魔法カルバリン!」

 

 放たれた魔法弾は光の尾を引きながら放物線を描いて飛んで行く。その様は彗星のようだ。

 しかしいくらスナイドルより大きな魔法弾とは言え、大海の如く群れる魔王軍に比べれば、小石ほどのちっぽけな一撃である事に変わりない。だがーー、


 バーーン!!


 滑空していた魔法弾が空中で弾けた。刹那、直下の地面から土煙と一緒にモンスター共の血肉が舞い上がる。


「なっ!?」


 三郎はその光景に驚きの声を上げた。

 何がどうやってそうなったのか理解が追いつかない。ただ分かるのは結果のみ。


(敵の先鋒が軒並み消し飛んだ!?)


 爆散魔法カルバリンーー、空中で魔法弾を爆発させて、下に居る標的に小魔法弾の雨を降らせる魔法だ。

 アルケーは続けざまに同じ魔法を放つ。その度にモンスター達がミンチ肉になっていく。


「はは、ははは……、何だこりゃ? これじゃあ戦になんねえぜ」


 乾いた笑い声と引き攣った笑みを浮かべる。

 この力があればどんな戦にでも勝てた。


「ほら、ぼーっと突っ立ってないで撃ち漏らした敵を倒して来なさい!」


 アルケーは得意気な顔をして唖然としている2人に振り返る。

 見れば運良く魔法を逃れたモンスターが何体かこちらに迫っていた。


「はい! 私の力、見ててください!」


 頑張り屋の笑亜が飛び出して行く。

 アルケーは出遅れた三郎をここぞとばかり更に煽った。


「あらぁ? 私の華麗にして烈火の如き魔法に腰が抜けちゃったのかしら~?」

「ああ? ふざけんじゃねえ! 待ってろ! 魔人の首取ってきてやる!」

「いや首は要らない」


 女神の言葉を聞いたのか聞いてないのか分からないが、三郎は馬を駆って飛び出して行った。

 前には懸命に徒歩で突撃する笑亜がいたが、三郎は構わず馬で追い抜いてやった。


「え、ちょっ!? 師匠! ズルいですー!」

「だったら馬に乗れる様になるんだな!」


 どんどん笑亜を引き離し先陣を切る。

 頭上をアルケーの魔法が飛び、また何十体かのモンスターが倒される。

 その見た事もない壮絶な光景に三郎の心は踊った。


(この戦、勝った!!)


 戦に赴く武者は笑みを浮かべていた。

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