第12話 勇者と武士の相撲勝負

 モンスター襲撃の片付けをしていた村人がふと気付く。


「おい、笑亜ちゃんとあの妙な成りしたおっさんが出てきたぞ」


 妙な成りしたおっさんとはもちろん三郎の事だ。

 鎌倉武士の格好は彼等から見れば、変な帽子を被り、ダボダボの服を着て、藁で編んだサンダルを履いた珍妙な格好をした人間に見えるのだ。


「な~んか。妙な雰囲気だな。お互い睨み合ってるぜ」


 家から出て来た2人は武装こそしていないが、他人からでも分かる闘志を漲らせている。

 これを見た村人達は察した。


「喧嘩だ!」


 元々田舎に娯楽なんてそう多くない。村の中で喧嘩が起これば皆こぞって観戦しに集まった。いわば他人の喧嘩は彼等にとっては不定期開催のボクシングみたいなものなのだ。

 間もなく騒ぎを聞いた村人達によって、2人の周りには野次馬のリングが出来上がった。


「何でこんな騒ぎになってるのよ……」


 つい数時間前にモンスターの襲撃を受けたばかりだと言うのに、どれだけ能天気なのよとアルケーは呆れ顔になる。

 しかし渦中の2人は周りの騒がしさなど気にせず対峙した。

 土俵なんて描かない。ただただ相手を転ばせた者が勝ちというシンプルな相撲だ。


「やるからには俺も本気出すぜ? 小娘だからって容赦しねえ」

「それはこちらも同じです。アルケー様から授かった力お見せします。強化魔法ライジング!」


 笑亜は自身に魔法を掛ける。発動と同時にバチッと稲妻の様な光が走り、そして彼女の身体を凄まじい圧の気が覆った。


「面白れぇ! 来いやあ!」

「やあっ!」


 三郎は笑亜の体当たりを正面から受ける。

 体格差、筋力、経験。どれを取っても、こんな小娘程度に遅れを取るなんて思ってなかった。

 だがその驕りとは逆に、三郎は強烈な突進を受け10歩も後退した。


(これが、こんな小娘の力か!?)


 ともすれば弾き飛ばされそうな衝撃をなんとか堪えて踏み留まる。


「うおぉぉぉ!!」


 そこから三郎も反撃とばかりに押し返し、笑亜を10歩後退させた。

 だが彼女もどっしりと腰を入れて踏ん張り持ち堪える。


(嘘!? 強化された私と張り合ってる!?)


 女神の力で強化された彼女はゴーレムだって投げ飛ばす力を発揮する。それなのにこの男は素の力で対抗しているのだ。まるで大地に根を張った大樹の様だ。


(この人、本当に人間なの!?)


 笑亜はその驚異的な力に冷や汗をかいた。

 力は拮抗し中々決着がつかない。こうなってしまっては最早駆け引きのし合いである。


「いけ! 踏ん張れ!」

「笑亜ちゃん頑張れ!」


 村人達が好き勝手に声援を送る。なお大半が笑亜への声援だ。

 その声援を受けて笑亜は取って置きの力で決着を着けに掛かった。

 だがここで三郎も仕掛けた。わざと力負けした様に見せ掛けて、踏み込んで来た笑亜の股に脚を掛けて掬ってやる。すると一瞬片足立ちとなった笑亜はバランスを崩し、更にダメ押しとばかりに彼女を押し倒した。

 周りから「あぁっ!」とも「あぁ~」と言う興奮と無念が混じった声がどっと湧いた。


「あー! もぉ~!」


 悔しさから笑亜は拳を地面に叩き付ける。

 三郎は乱れた衣服を整える。最初こそ押されたが、結局は彼の方が上手だった。


「俺の勝ちだな」

「待って下さい!」


 笑亜は胸当ての中から鎖に通された札の束を取り出した。札には何か文字が彫られている。


「何だそれは?」

「ドッグタグ? 兵士や冒険者達が自分の名前を刻んで持っている認識票ね」


 アルケーが補足を入れた。


「今まで一緒に戦って来た人達の形見です。皆、私に後を託して死んで行きました。皆のためにも、私は、私の手で、魔王を倒すんです! ぽっと出の貴方なんかに、とやかく言われるつもりはありません!」


 笑亜は絶対に退かないという決意を宿した目で訴える。それは武士が戦に赴く時の目と同じだ。

 ふと三郎は子供の頃の事を思い出した。

 かつて笑亜と同じ様に、女の身で戦場を駆けた人が居た。

 三郎は子供心に問うた。

 何故、女なのに戦ったのかと。

 するとその人は少し微笑んで返した。


『私がそうしたかったからですよ。女には女の意地も誇りもあります。そこに殿方との違いなどありません。女だから戦場から去れとか知ったものですか』


 三郎にはあの人と笑亜が重なって見えた。


(ああ、こいつはあの人と同類の女だ)


 三郎は厳つい顔を変えず、低い声で脅す様に問う。


「この中に、『志藤笑亜』の名も入るかもしんねえぞ?」


 だが笑亜は何も臆する事なく、真っ直ぐ跳ね返す様な目で応える。


「覚悟の上です!」


 こりゃあダメだと、三郎は厳しかった目を少し緩め息を吐いた。


「俺とここまでやり合ったのは兄者くらいだ。その兄者は戦で討たれた。どんなに力が強くても死ぬ時は死ぬ。覚えとけよ?」


 これは彼なりの忠告だ。

 自分も戦で死にかけたように、ただ強いだけでは生き残れない。

 そんな思いを理解したのかは分からないが、笑亜は快活な返事を返した。


「はい! 私は死にません!」

「ならもう何も言わん」


 そこまで覚悟があるなら、何を言っても退かないだろう。


(こいつが男なら良かったのになぁ)


 きっと良い武者になっていただろうと惜しんでいると、彼女に手を掴まれた。

 見れば笑亜は緊張した面持ちで三郎を見詰めている。


「何だよ?」

「そのお願いが……。その私は……」


 中々本題を切り出さない彼女を訝しむ。けれどその様子が面白かったのでちょっと誂ってやった。


「何だ? 俺に惚れたか?」

「はい! 惚れました!」

「はぁ!?」


 周りも同じく驚きの声を上げる。

 笑亜は固まる周囲なぞお構い無し。エンジンが掛かった様に言葉の堰を切り三郎に迫った。


「お願いです。私を、私を貴方の……!」

「おお待て待て待て!」


 三郎は慌てて烏帽子や直垂を整える。

 周りも、もしやもしやと前のめりになり、その瞬間を見守った。


「弟子にして下さい!」

「なんじゃい!?」


 見当違いの言葉にその場の全員がずっこける。


「紛っらわしいなあコノヤロー! 結構期待しちまったじゃねえか!」


 身構えて損をしたと三郎は顔を真っ赤にしている。後ろから村人達の笑いが混じった声が聞こえた。


「まあ、冷静に考えたら笑亜ちゃんがあんなおっさんに恋するとかなあ」

「無い無い」

「つーかそうなったら犯罪だろ」

「うるせぇッ!」


 好き勝手に言う村人達に威嚇する。


「笑亜、悪い事は言わないから考え直しなさい。この野蛮人の弟子になったって碌な事は無いわよ?」


 アルケーは宥める様に彼女の弟子入りを止める。三郎と会って少ししか経ってないが、彼の蛮族っぷりは十分に味わっていた。


「私は強くならないと行けないんです。朝比奈さんは魔法を使わずに私に勝った。私もそれだけ強くなりたい。でないとカラミティは倒せません。お願いします!」


 笑亜は深く頭を下げて懇願する。

 三郎はどうしたものかと頭を搔いたが、その真っ直ぐな彼女に応えてみたくなった。


「分かった分かった。お前さんに坂東武者の戦い方を叩き込んでやる」

「ありがとうございます!」


 思いが通じた笑亜は更に喜んだ。

 その元気に触発されてか村人達が一斉に盛り上がる。


「良かったな笑亜ちゃん!」

「おい、今日の片付けは終いだ! 酒と飯持って来い! アルケー様達の歓迎会やるぞ!」


 唐突に村総出の宴会が始まった。

 昼間モンスターに襲撃されたばかりだというのに、彼等は少しもへこたれていない。

 既に日は傾き空を赤く染めている。

 モンテドルフの人達に歓迎され、アルケーと三郎は異世界での最初の1日を終えようとしていた。

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