Chapter.1「Da Capo その⑥」Story Teller:神 七央
沢山のドーナツが入った袋を両手に下げ、
上機嫌な奏と共に奏の家に向かう七央。
神 七央
『本当に大丈夫なの? 片方だけでも持つよ。』
緑川 奏
『大丈夫! 大丈夫!
先輩は大切なお客様なんだから、
そんな事は、気にしないでおくれ!』
神 七央
『でも女の子に全部持たせて、
隣に居る僕が何も持たないのも、
気が引けるんだけどなぁ・・・。』
緑川 奏
『気にしない! 気にしない!』
そんな会話をしながら数分歩いていると、
奏は『あの角を曲がったら直ぐだよ!』
と言い早歩きになった。
どうやらドーナツを、早く食べたい様子だ。
角を曲がり少し歩くと奏は立ち止まり、
ドーナツの袋を下げた右手を大きく上げ、
『ここの2階が私の家なんだ!』と、
住宅に向かって手を差し記した。
住宅自体は、少し古い感じの造りではあるが、
住民の人達の手入れが行き届いている様で、
とても綺麗な印象を受けるものだった。
神 七央
『住宅に住んでるんだね。 良いなぁ。』
緑川 奏
『えっ! 君は違うのかい?』
神 七央
『うん。
家は曽祖父の使っていた古い一軒家だから、
お風呂やトイレも古い造りで、
友達は余り家に来たがらないんだ。』
悲しそうな顔で話す七央に向かい、
奏はキラキラとした目で話し始めた。
緑川 奏
『じゃあ、私が行ってあげるよ!
古いタイプのお風呂も、
古いタイプのトイレも、
使い熟せて損はしないじゃないか!』
神 七央
『えっ! 使い熟す!』
そう言うと七央は、
『まさか君に家のお風呂を、
使わせてあげる訳には、いかないよ。』
と言いくすくすと笑った。
奏も、
『そうか! それもそうだな!』
と言いながら七央に釣られて笑っていると、
2階の玄関が開く音がした。
七央と奏が2階の玄関の方を眺めると、
そこには安美の姿があった。
どうやら奏の声に気が付き、出て来た様だ。
安美の姿を確認すると、
ドーナツの袋を両手に下げているにも関わらず、
奏は両手を大きく振り、
『お母さん! ただいまー!』
と笑顔で先程よりも大きな声を発していた。
安美は1階と2階の間にある踊り場まで下り、
下を眺めながら少し大きな声で、
『おかえりなさい! 荷物持ちに下りようか?』
と奏に問い掛けた。
奏は『大丈夫!』と大きな声で返答すると、
七央の方へ振り返り、
『私のお母さん可愛いだろ♪』
と言い満遍の笑みを見せた。
どうやら親子関係は、良好な様だ。
奏の後ろに続き階段を上がる七央。
1階と2階の間にある踊り場では、
安美が優しい笑顔で出迎えてくれていた。
緑川 安美
『こんにちは。 いらっしゃい。』
神 七央
『こんにちは。 初めまして。
僕、神 七央と言います。』
緑川 安美
『奏ちゃんが、
お世話になったみたいで、ありがとね。』
そう言うと、
安美は階段を上がりながら奏の方を眺め、
『でも驚いちゃった。
てっきり女の子のお友達を
連れてくるのかと思っていたから。』
と話し、少し動揺している様子だった。
一方、奏は笑いながら、
『あれ? 言ったつもりだったよ!』
と言い、何も気にしていない様だ。
安美は階段を上がり終えると、
扉を開き先に中に入ると、
玄関に置いてあった赤色のスリッパを、
緑色のスリッパに置き換えた。
玄関を開き『さあ、入りたまえ!』と、
七央に先に家に入る様に、
家の中に手を指し示す奏。
神 七央
『お邪魔します。』
玄関には安美の靴を含め、
3足の靴が置かれてあった。
どうやら電話で言っていた2人は、
先に到着しているみたいだ。
七央が腰を屈め、
靴紐を解こうとしていると、
安美が『座って良いよ』と声を掛けて来た。
七央は安美に向かって、
『有難う御座います』と言うと、
玄関に座り靴紐を解き始めた。
玄関に座り込む七央を、
安美が後ろから眺めていると、
七央の首元に、
"殴打された様な痣"が有る事に気が付いた。
安美は、その痣が目に入った瞬間、
最初は傷かと思ったものの、
その直後、全て悟ったのであった。
そんな中、奥の部屋から、
『奏ちゃん! おかえり!』
と言いながら、未来が姿を現した。
緑川 奏
『未来さん来ていたのかぁ!
もしかして、
鬼怒川おじさんも来ているのかい?』
天光 未来
『引っ込んでるけど、来てるよ。』
緑川 奏
『引っ込んでる? 何でだい?』
『どうしてだろうね?』
と言い、含み笑いを浮かべる未来。
天光 未来
『それにしても、
友達って七央君の事だったんだね。』
スリッパに履き替え、未来の方を眺める七央。
神 七央
『未来さんって、
天光先生の事だったんですね!』
緑川 奏
『君、分からなかったのかい?』
神 七央
『うん。』
天光 未来
『担任の先生以外、
余り名前を見る機会も無いし、
皆、下の名前で呼ばないからね。
名前だけじゃ気が付かなくて当然さ。』
緑川 奏
『それもそうだな!』
そう言うと奏は、
両手に下げていたドーナツの袋を、
靴箱の天板に置き、
靴をスリッパに履き替えると、
玄関から1番近い扉を開き、
七央に向かって『さあ、どうぞ!』と言い、
部屋の中へと手を指し示した。
緑川 安美
『えっ! 部屋で食べるの?』
緑川 奏
『いつも、
友達が来た時は、そうしているだろ♪』
顔を見合わせている安美と未来を他所に、
困惑している七央の背中を押し、
『さあさあ、入った! 入った!』
と言いながら部屋に七央を招き入れる奏。
安美は苦笑いを浮かべ、
『じゃあ、
ドーナツと飲み物を持って来るね。』
と言い奥の部屋へと向かったのであった。
------------
神 七央:
僕はこの日、
危機管理力の低い後輩に連れられ、
初めて女の子の部屋に入る事になった。
初めは物凄く恥ずかしかったし、
緊張をしていたんだけど、
部屋の扉を潜り抜けると、
僕の緊張は、一瞬にして消え去ったのでした。
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