Chapter.1「Da Capo その④」Story Teller:緑川 安美

話しは少し遡り、

七央と奏の距離が縮まった、この日の朝。


沢山の花が供えられ、

綺麗に手入れされた墓石の前に、

眼鏡を掛けた可愛らしい女性の姿があった。


その女性の名前は、

緑川 安美(みどりかわ あみ)。

緑川 奏の母親である。


安美が墓石に向かい手を合わせると、

背後から、気の強そうな女性が姿を現した。


その女性の名は、

天光 未来(てんこう みらい)。

(旧姓:明(あかし))  

未来は安美の高校時代の同級生だ。


安美は早生まれの為、

年齢は未来の方が1歳年上ではあるものの、

互いに大人になってからも、

悩みを相談し合える間柄なのである。


天光 未来

『おはよ。』


未来の声を聞き、未来の方へ振り返る安美。


緑川 安美

『おはよう! あれ? 学校は?』


天光 未来

『今日は、どうしてもここへ来たかったから、

半休を貰ったよ。』


未来は高校の頃に、

大切な親友を失って以降、

教師になるという夢を持つ様になり、

今では、七央や奏の通う高校で、

教員として働いているのである。


緑川 安美

『そっか。』


未来は、ショルダーバッグの中から、

ミルクティー2本を取り出し、

安美の備えていた、

お菓子と飲み物の隣へ並べ手を合わせた。


2人の手を合わせる墓石には、

2人の大親友、

虹崎 咲希(こうさき さき)と、

真紀 真美(まき まみ)の名前が刻まれていた。


------------


墓参りを終えた2人は、

未来の車で少し離れた喫茶店に訪れていた。


店内には余り人がおらず、

カウンターの近くに置いてあるテレビから、

大きな音量でワイドショーが流れている。


2人は、

それぞれホットサンドとコーヒーを注文し、

カウンターから一番離れた奥の席に、

テーブルを挟んで座り、

いつもの落ち着いたトーンで話しをしていた。


緑川 安美

『奏ちゃん、学校ではどんな感じ?』


天光 未来

『相変わらず賑やか。』

 

緑川 安美

『ふふ。 そうなんだ。』


嬉しそうに笑う安美。


天光 未来

『嬉しそうに笑ってるけど、

高校生にもなって、あれで良いのか?』


緑川 安美

『ん?』


天光 未来

『あれじゃ結婚どころか、

恋人も出来ないんじゃないのかと、

私は心配しているんだよ。』


緑川 安美

『ふふふ。 伯母心ってやつ?

私は、いつまで家に居てくれても良いよ。』


幸せそうに笑う安美を、

呆れた顔で眺める未来。


そんな会話をしていると、

ホットサンドとコーヒーが、

テーブルに運ばれて来た。


2人はコーヒーにシロップと砂糖を入れ、

安美は2種類あるホットサンドの内、

どちらを先に食べようかと悩んでいた。


そんな中、未来は中を確認する事無く、

上側にあったホットサンドを一口食べた後、

少し低めなトーンで話し始めた。


天光 未来

『今まで余り聞くタイミングが無くて、

聞いた事が無かったんだけどさ、

真美って、どんな子だったの?』


その問いに、

柔らかい笑顔とも、

悲しそうな表情とも取れる表情で、

安美は話し始めた。

  

緑川 安美

『奏ちゃんみたいに、

元気で可愛らしい子だったよ。

顔も奏ちゃんに、そっくりな子。』


天光 未来

『そうか。

一緒に居たら似てくるものなのかな?』


緑川 安美

『そうかもね。

真美ちゃんが居た時は、

真美ちゃんにべったりだったから。』


天光 未来

『そうなんだな。

私もその光景を見ているはずなのに、

何を聞いても全く思い出せないんだよ。』


少し俯き、悲しそうな表情を浮かべる未来。


緑川 安美

『私と奏ちゃん以外の人は、

真美ちゃんの事、忘れちゃったもんね。』


悲しい表情を浮かべる安美。

 

------------


緑川 安美:

12年前の、とある日の事でした。


仕事が終わり帰宅していると、

向かいから小さな女の子が走って来たんです。


その子は、

無邪気に私の膝に抱き付いて来ました。

とても可愛かったのを、覚えています。


私は、その女の子の前にしゃがみ込み、

『どうしたの?

お母さんが、分からなくなったのかな?』

と女の子に尋ねていると、


向かいから走って来る足音と共に、

『あっ! すみません!

何か迷惑を、お掛けしたんじゃないですか?』

と言う若い女性の声が聞こえて来ました。


その走って来た人の方に顔を上げると、

そこには私の高校時代の後輩、

真美ちゃんの姿がありました。


この日、

私達は2年振りに再開したんです。

真美ちゃんと私が23歳、

奏ちゃんが4歳の時でした。


久々に出逢った私達は、

話したい事も沢山あったので、

その後、3人でファミレスへ向かい、

1時間程、話していました。


当初、私は、

真美ちゃんと奏ちゃんの事を、

親子だと思っていたんです。


何故なら、

奏ちゃんは真美ちゃんに懐いていたし、

顔も真美ちゃんに、そっくりだったからです。


ですが、

奏ちゃんがお手洗いに行った時に、

真美ちゃんは小さな声で、

『奏には、言わないでほしいんだけどさ、

あの子、咲希の子なんだ。』

と教えてくれました。


その時の真美ちゃんの悲しそうな表情から、

私は直ぐに、

咲希ちゃんに何かあった事を、悟りました。


そして、この話しをした数ヶ月後、

今から丁度、12年前の今日、

大粒の雨が降る中で、

私は真美ちゃんと咲希ちゃん、

2人の親友を同じ日に失い、


この日の事は、

後に"悪魔が消えた日"と、

今でも12月25日を迎える度に、

報道される事になるのでした。


ただ、この日以降、

その日の出来事を見ていた人や、

生前、

真美ちゃんと親交のあった人達の記憶から、

真美ちゃんの存在は、消えてしまいました。


真美ちゃんは、

咲希ちゃんが力尽きた後、

私達の方に向かい大きく口を開けて、

5文字の言葉を、伝えた後、


私が高校時代に所有していた、

全ての存在が消えてしまう"緑色の飴"を、

自ら口にして消滅してしまったからです。


その言葉は、雨音で掻き消され、

絶命した咲希ちゃんの体から溢れ出した、

"咲希ちゃんの記憶の断片"が、

真美ちゃんの周辺には、

無数に散らばっていたので、

声は私達の方まで届かなかったし、

口元も全て見えた訳ではありません。


ただ最初の2文字は、

「あ行」と「い行」のどこかの言葉で、

最後は「う行」の言葉に見えました。


だから私は、

あの時、真美ちゃんは奏ちゃんに向かって、

『愛してる』か『ありがとう』と、

伝えたかったのではないかと思っているんです。


ですが、不思議な事に、

真美ちゃんの存在が消えた大雨の中、

私は真美ちゃんの事を想い泣いていました。


不思議だったのは、それだけではありません。

真美ちゃんの居た方向に向かって、

隣で『お母ちゃ〜ん!』と泣き叫ぶ、

奏ちゃんの姿もあったからです。


最初は、

何が起こっているのか分かりませんでしたが、

どうやら私と奏ちゃんの記憶にだけは、

真美ちゃんとの想い出が、

残ってしまった様でした。


そしてこの日から、

私は奏ちゃんの母親になる事を決意します。


・・・ただ、奏ちゃんは最後まで、

本当のお母さんが咲希ちゃんである事も知らず、

咲希ちゃんと逢ったのも、

この日が最初で最後となりました。

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