第10話 俺は「ミンティア公爵の妾」になって、新しい生活が始まった

目が覚めたら夜だった。客室の一室のまま寝かせられていたらしい。

上半身を起こすと寝巻きに着替えている。全く記憶が無いが。

喉が焼け付くように渇いた。

ベッドの横にあったテーブルの上にあったガラスの水差しを見つけたので、そばのコップに注いだ。

水差しにはたっぷりとレモンの薄切りが入っていて、水は冷えていて美味しかった。喉にちょっと沁みた。


あれから、どうなったんだろう?他人事の様に思った。


テーブルにはディナーベルみたいな呼び出し鈴があったので、鳴らしてみた。可愛い音でこんなんで外に聞こえるのかな、と思っていたら、扉が開いて侍従の一人が入ってきた。


「お呼びでしょうか、奥様?」

オクサマ、奥様…⁈

「その呼び方はやめて!」

俺は思わず大声を出してしまった。

「静流と呼んでくれていいです」

「畏まりました。スィズゥル様、でよろしいですか?」

「あー、うん、それで。皆様何処へ行かれたの?」

侍従は少し躊躇ったが、平静に述べた。


「ロドウェル様は部屋に篭られて、誰も近付けられません。ミンティア様はシィズゥル様専用の部屋の準備を指示されて、先ほど家具の搬入が終わりましたので検分されていらっしゃいます」

俺の部屋?いつも借りてるのはこの客室なのに、俺専用とは?


「俺専用って、ここじゃ無いの?」

「いいえ、ここは客室でございます。シィズゥル様の今後のご身分ですとここでは不足です。シィズゥル様も、きちんとした部屋でなければ、落ち着かれないでしょう?」

「今後の身分?今後って?俺は」


「シズル!起きたのね。ちょうど良かった」

ミンティア様は走ってきたのか息を弾ませて俺のそばへやってきた。

俺の傍では公爵夫人の体裁を全く取らないな。

「あなたの部屋ができたの。家具は取り寄せたけど、これからもっと揃えても良いですね」


「僕はここで充分ですし、もう、お暇して」

「駄目よ、あなたに帰る場所は無い。シェーディと別れたのだから、今日からあなたの家は此処です」


そっか、あそこはシェーディの家だ。俺は好意で住んでたんだ。

俺はシェーディに見捨てられたんだった。

自然と身体が重くなった様な気がしてお腹に手をやった。

「シズル、赤ちゃんはもっと下よ?」

「え?」

ミンティア様は笑いながら俺の手を取って下腹の際に移させた。

「ここ」



俺は足首まであるナイトガウンを着せられ、ミンティア様と侍従二人に連れられて、2階まで移動した。

俺専用の部屋は客室の倍以上あって、天蓋付きのベッド、どっしりとして大きな書斎机と椅子、複雑な織りの入ったソファと、これまた螺鈿テーブルと重厚な作りとなっていた。


自分の部屋だとか思えない。この世界で、そんなの無かったからな。俺ずっと、此処に住むの?

「どお?意外とシズルにはこういうのが良いと思って。そうだ、何か口に入りそうなものある?」

俺は首を振って静かに言った。

「さっきの部屋にあった水を置いといて下さい。俺はまた寝たいです」


「そうね、そうしましょう。明日以降服を用意するから」「服?」

「そうよ、お腹が大きくなってきたら入らなくなるからウエストが緩められて締め付けないズボンに変えるの」

ミンティア様は侍従を下がらせると俺を立派なベッドに連れて行った。


俺がガウンを脱いでベッドに入ってるとミンティア様が寄ってきた。

「え、何ですか?」

ミンティア様は俺の口に軽くキスした。

「順番は違ってしまったけど、今夜はあなたが私と正式に恋人になって初めての夜になるのですから」

「正式な恋人?え?」


「妊娠したから、もう薬は必要無いし今夜からは優しくしてあげる。ゆっくり楽しみましょう?」

ミンティア様は俺の寝巻きをたくしあげて下半身をむき出しにした。


「妊娠したんだから、もうする必要無いです!」

俺は慌ててミンティア様の手を押さえたが、上半身を押さえ込まれて足の付け根を撫でられた。

「そんなことない。ロドウェルが居ても堂々とできる様になったのに。私と居るだけでこんなに濡れて、可愛い子!気付いてなかったの?」

俺の穴にミンティア様の指がするっと入ってきた。中はオイルを塗ったかの様に滑らかで指を増やされても違和感が無い。

指を抜差しする度に中から温かい液が出てきて伝ってくる。


そう言えば、最近オイル使って無さげだった。俺鈍すぎる…

「あ、妊娠したら勃たなくなるんでした。中でもイけるからいいよね?」

しかも俺、完全に女になってる。


俺は俺ではなくなった。シェーディの知ってる俺は居なくなった。残ったのは…子供とミンティア様だけだ。



薬を飲んでいないのに、身体は素直に反応した。

ミンティア様は言った通り、優しく抱いてくれた。

じわじわと昇ってきた快感が俺を包んで自然と涙が溢れた。

ミンティア様に甘えて、与えられる心地よさに身を任せた。



「あなたは正式に私の妾として、此処に住むのです。生まれてくる子もサッシェントの2番目の息子として認知されるから、安心して過ごしなさい」

終わった後も離れたく無いと、後ろから身体を抱かれ、俺は余韻に浸りつつ知らぬ間に眠りについた。


次の日から、侍従達の俺に対する扱いはミンティア様と全く同じになって、いつも一人は侍従が付き従う様になった。着替えや入浴も介助が付く。護衛も付いた。


ドアも触れなくていい。部屋は侍従が、一階のテラスに来たら護衛が開けてくれる。

成る程、せかせかしてると先回りできないから、上の者はゆっくり行動するようになるんだ。


悪阻が酷くて一日中寝たきりの時もあるが、調子が良い時はテラスに出ることにしている。一々侍従に言うのが気恥ずかしい。

白いテーブルにアイスクリームと上にカットされた果物が少々乗ったおやつが出された。


俺が提案した唯一食べれるものだ。薄いスープでさえ匂いで吐いてしまうのに、アイスと酸味のある果物は食べれるとか、子供みたいだが今は仕方ない。


アイスクリームができた時は嬉しかったな。金属のボウルに塩水を入れて最大に冷たくした魔石を5、6個放り込み、中に金属の入れ物にアイスクリームの材料を入れてクルクル回していくと固まっていく。それを見ていると久しぶりに気分が良くなった。


食べさせたい相手の笑顔が真っ先に浮かんで、また急降下したけど。


アイスを食べ終わって、残りの果物をつついて庭の方を見ていた。

俺が吐いた噴水の横の場所は綺麗になって、元の芝生に戻っていた。土ごと取り替えたらしい。思い切り酸性になったもんな。


ロドウェル様はずっと部屋に篭ったまま、仕事もしてないようだ。よほど堪えたのだろう。そりゃそうだ。

溺愛するシェーディから突き放され、ミンティア様からは恨み言と浮気を告白され、しかも相手はシェーディの恋人の俺でミンティア様の子を妊娠中。

改めて、最悪、だ。


アイス食べてる場合じゃ無いけど、現状どうしようも無い。

本当に俺は正式にミンティア・サシェットの妾として認められた。ロドウェル様がミンティア様と話し合って作成した契約書にサインをした。婚姻届の代わりだそうだ。その上、俺に妾として手当まで出る。

夫公認の愛人て有り?理解できない。


ミンティアが喜んで持ってきて、控えを俺に渡した。

今後子供が生まれたら、全員、サシェット家が認知するって、一文を指差した。

「一人で許して下さい」俺は悲鳴に近い声で言ったらミンティア様に笑われた。


シェーディとは婚約式もしてなかったから何も無かったことになってる。

俺はこの世界に来てからの思い出まで全部否定されたようで、悪阻が酷くなってまたベッドの住人に逆戻りした。


でも、無情に日は過ぎて、悪阻が収まると元々のぽっこりお腹とは明らかに違い、下腹部が固く膨れてくるのが嫌でもわかった。

こちらの妊娠期間は6ヶ月ほどで、身長や体重も、あっちの世界より半分くらい小さく生まれてくる。

最後の1ヶ月より前は普通に過ごして良いと言われたので、暇な俺はどんどん旺盛になっていく食欲に合わせて間食を作るようになった。


ヒュールイスが悪阻が終わった頃に来た。もうすぐ婚約者と式を挙げると言われた。

お祝いを言って、作ってたプリンアラモードを出したら、一口食べて「とても美味しいです」と泣き出した。

地味な普通のプリンを貴族風に飾り付けで誤魔化しただけなんだが。


何と、ヒュールイスは俺を好きになっていたらしい。最後の思い出にってキスをねだられ、仕方無く額にして抱きしめてあげた。

ヒュールイスはそれでも満足したらしく、後で上等なな赤ちゃん用の服一式を送ってきた。紅白絞りのバラも添えて。

庭師さん、本当にごめんなさい。


グラハムは少し大きなホールを借りて、詩の朗読会をする時に、俺とミンティア様を招いてくれた。

お腹が目立ってきた派手な妊夫服を着た俺と更に美しくなったミンティア様は到着した時からずっと注目の的だった。

俺は此処一番で無の境地に辿り着いた。妊夫服って、こんな派手にする必要あるのか?地味な俺と真っ向から対立している。


グラハムは俺たちを見て即興で詩を送ってくれた。『黒瑪瑙の瞳に魅了された銀の鎧の天使は地に堕ちて』とか始まったので、そう、無の境地のままだ。

ヤーメーテー。このままだと何かの達人になるよ。若しくは恥ずか死ぬ。


ジョゼフはミンティアの御用聞になっているので、しょっちゅう会う。

俺が米が無いか聞いて貰ったら、ちょっと細長いインディカ米だったが取り寄せてくれた。

単純な俺は米を炊こうとしてハッと気付いた。

どうやって炊くんだろう…炊飯器無かった!

飯盒炊爨を思い出して鍋でやってみたが、焦げたり、生煮えだったり、なかなか上手くいかなかった。生煮えのはチーズリゾットにしてジョゼフに食べて貰ったら好評だった。


でも、成功しないまま手持ちが無くなり、恐る恐る追加を頼んだら、手間が掛かると言われた。

ここは、ミンティア様直伝、不意打ちで頬にキスしてみた。

「ジョゼ、お願い!成功したら、料理いっぱいできるから全部味見させてあげるし、レシピ教えるよ」


ジョゼフは呆気に取られて俺を見ていたが、次第に興奮して顔を真っ赤にした。

「任せといて!他に欲しい香辛料有れば言って?何でも持って来るよ!!」


やった!案外チョロかった。商売人なのに良いのだろうか?


次にやってきた時、港町まで商船を迎えに行ったジョゼフがある食事について言った。

「魚は大概美味しかったんだが、一つイマイチな料理があって」

「魚料理は好き嫌いあるだろうね」


言いながら俺はスープ鍋の具合の方が気になって、そっちを見ていた。

「そうそう、君が今作ってるポトフみたいなんだけど、色が黒くて独特の癖があって、魚臭いんだ」

「黒い色のスープ?」

「茶色に近い黒かな。根野菜がそのまま入ってて、魚のすり身の団子が入ってるから魚臭かったのかな?」


「ポトフに近くて黒っぽいスープに魚のすり身」

俺はレードルを鍋の中に落としてしまった。

風が吹き抜けたような気がした。

そうだ、あれだ!いや違うかも。万が一でも、一度食べてみたい!料理法を、調味料を確かめないと!!


「スィズ!大丈夫か⁈火傷してないかい?」

「ジョゼ!!」俺は心配してやってきたジョゼフの手を両手で握った。

「はい⁈」

「その港町に行きたい!今すぐ!」

「ええ?」

「どうしても、その料理が食べたい!連れてって!」

「いや、スィズ妊娠してるだろ⁈」

「まだ動いて良いんだ!行こう!」

ジョゼフは俺の手を更に上から握った。

「ちょっと待って、ミンティア様に聞こう!それに、私にも都合と言うものが」


「ミンティア様〜」

俺は火を消すとジョゼフの腕を掴んでグイグイ引っ張ってミンティア様の部屋に急行した。


「二人だけでは駄目です!」あっさり却下された。


だが今回は絶対諦めない!

「お願いします!俺が向こうで食べてた料理かもしれないんです!調味料もあるかもしれない!是非是非行きたい、食べたいんです」

俺は猛烈に駄々を捏ねた。

「絶対に行く!1人でも行く!」

あれこれ言い続けた結果、俺のあまりの剣幕にミンティア様は遂に折れた。


「わかりました。あなた達だけでは体裁が悪いから、私も行きます。ジョゼフは婚約者も連れてきて下さい。港町近くに別荘が有りますから、そこに行きましょう。それで良いですか?」

俺は飛び上がる勢いで喜んだ。

「いいです!ありがとうミンティア様!ジョゼも行くよね⁈」

ジョゼフも俺の熱意に飲まれて頷いてしまった。

「ついでにあっちでシーフードパエリア作るぞー!」

「何それ美味しそう!」二人は声を揃えて言った。


俺はその夜にミンティア様に呼ばれて、お相手をした。悪阻の最中も、終わってもずっと断っていたので、仕方ない。俺の妾としての義務だ、そうだ。


案外俺も気分が乗って最初から積極的に求めたので、少し驚かれていた。

初めてフェラチオをやってあげたら、下手なのに感激されて俺の口の中に出されたので頑張って飲み込んだ。

ミンティア様、いつもこれ飲んでるんだ…。

ミンティア様に跨って、いつに無く気持ち良く喘ぐ俺を見上げて

「偶にはお願いを聞いてあげるのも良いですね」

と大いに喜んでいた。


俺は自らハードルを上げてしまった事と事後の罪悪感で起き上がれず、次の日一日中寝てしまった。

ここまでしなくて良かったのに、調子乗り過ぎた。

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