第11話 シェーディ、君を見つけたよ
俺の我儘で、ミンティア様、ジョゼフ、ジョゼフの婚約者リカルドンで、港町の外れにあるサシェット家の別荘にやって来た。
前触れが急だったらしく、掃除やコックの手配などバタバタだったらしい。
申し訳ないです。
俺の為に休憩を何回も入れながら、近付くに連れて濃くなる潮の香りが懐かしさも運ぶ。この匂いは世界共通なんだな。
うっとりしてるとジョゼフに顔を突かれた。
「余程楽しみにしてたんですね、顔に全部出てますよ?身体の状態はどうです?」
「えへへ、大丈夫です。早く魚が食べたいな、楽しみで走り出したい位」
「シズルったら、はしゃぎ過ぎ!」ミンティア様が苦笑した。
「お魚、お好きなんですね」
リカルドン、リカは面白そうな顔でこちらを見る。
「リカ、ごめんね、無理矢理ジョゼを借りようと思ったら、リカまで巻き添えにしちゃって」
「いいんですよ、ジョゼはいつも忙しいから、泊まり掛けで出かけるの初めてなんです。お誘い嬉しかったです」
「ごめんね、寂しい思いさせて。リカが学校卒業したらあちこち一緒に行こう」
ジョゼフは申し訳なさそうに言った。
「良いんだよ、お手紙しょっちゅう貰ってるし、お土産もジョゼが出かけるたびに送ってきてくれるから」
段々と2人が甘い世界に入っていくのでムズムズしながら見ていた。
周囲より一段高い所に建つ別荘は、真っ白な二階建ての建物で、屋根が海の方へ大きく張り出していて、その下に白いテーブルや椅子やリラックスチェアが並んでいた。
ミンティア様曰く、こじんまりとした小さな建物らしいが、シェーディの家の10倍以上広い。
2階は張り出したバルコニーから遠くを見渡せ、海が水平線まで見えた。
俺は早速市場へ行きたかったが、やっぱり止められて、昼食は別荘で頂いた。
謎の魚達が超美味い。シーチキンの味する魚あって、泣きそう。
昼食後に少し休憩してからジョゼフとリカを連れて市場へ繰り出した。ミンティア様は疲れたからと部屋で休まれた。
そして、目的の料理の店に辿り着いた。
店先で売ってる揚げ物を見て驚いた。
「平天」ではないか!!平天ボールだ!
俺は早速買って三人で分けた。熱々で美味しい!
「え、魚だよね、美味しい!」ジョゼフとリカは声を上げた。
「スープの中には入ってなかったよ」ジョゼフは言うともう一個食べてた。え、俺もう一個食べようと思ってたのに…後でミンティア様に買って帰ろう。
中に入って注文して、出てきたスープの匂いを嗅ぐと、ちょっと違う様な、でも遠くは無い。飲んでみると遠ーい醤油味と魚の味がした。
「魚醤だ!」多分。あと、出汁を探らねば!
俺は店主を呼んで無理言って台所を見せてもらった。嫌な奴と思われるのは承知で、貴族の特権を使い、お金で買収したった。
ふと、鍋の横のテーブルに置かれた茶色の長い固まりを見て「あ!」と声を上げてしまった。
鰹節だ!!
「これ、削って使うんだよね⁈」横に小さなかんなが置いてあった。
「良くご存知で」
作り方を言うと、大体同じだったが、水の時から入れて、沸騰させて冷めても濾さずに上澄を掬っていくそうだ。
それで魚臭いのかも。試しに、俺の知ってるやり方で出汁を取ってみる。
「これだよ!これ!飲んでみて!」
店主に無理矢理飲ませると、目の色が変わった。
「ほんの少し変えてるだけなのにこんなに違うのか!」
俺と店主は手を握り合った。
店で売ってる平天も、歯応えのある根野菜を刻んで混ぜてから揚げたのも美味しいとか、それらはスープには最後に入れた方が良いとか…色々アドバイスしてあげたら平天いっぱい貰った。
魚醤と謎魚節の売ってる店も教えてもらい、2人を引き連れて行った。
失敗することを考えて、多めに買ったら護衛さんが出てきて荷物全部持ってくれた。
うわ、魚臭くなるのに、すまない。
散々付き合わせたジョゼとリカにも悪いと思って、貝殻の加工所に連れて行き、お揃いのブレスレットを2人にプレゼントして、ミンティア様にも買い、帰って来たら夕方だった。
「いくら安定期でも妊夫なのに動き過ぎです!」
ミンティア様に怒られて、その後は夕食まで部屋で寝かされてしまった。
予定では帰ってすぐに
『おでん』
作ろうと、思ってたのに!!
俺は次の日から厨房を借りて、ひたすらおでんの汁作りに没頭した。
侍従に度々休憩を取らされたけど。
他のみんなは平天に魚醤をかけて食べてた。わかってるじゃないか!
そして、公言通りシーフードパエリアも作りました。正確にはサフラン抜きなので(探してもらったけど無かった)ピラフになったが、何故か大きなパエリア鍋があったのでそれで作った。
みんなでスプーンで突いて食べると言ったら
「シズルの国は変わった食べ方ばかり!」とミンティア様に笑われた。
貝類を気味悪く思って食べようとしなかったのをムール貝に似た貝のヴァン(多分ワイン)蒸しで、さらに白ヴァンを勧めたら、皆手が止まらなくなってた。
ジョゼフは
「こんな美味しい物を今まで何回もここに来てるのに食べなかったなんて!」
と悔しがっていた。
そして、ついに、ついにできました!
お・で・ん!
ちょっと違うけど、謎肉のすじ、謎魚の練り物、大根の代わりにカブ、じゃがいも、謎の卵が具に加わった。コンニャクと厚揚げは断念した。どうやって作るか知らんから。
あれ?あまりおでんと近く無い?
うん、まあ、許そう!異世界にしては良くやった俺!
さあ、食べてみようと皿に乗せて、箸がないのでナイフとフォークを出したが、何か足りない。
そう、俺は何のために苦労しておでんを作ったのか。
俺が食べたかったからだ。無理言ってこんなところまで来て、お腹も大きいのにあちこち行って。
どうしても食べたかったのだが、それだけではない。
食べて欲しい人がいたからだと気付いた。
シェーディ
思い出のおでんをもう一度一緒に食べたかった。コンビニのおでんの方が美味いに決まってる。でも、一緒に食べたい人は、やっぱりシェーディなんだ。
お腹の中の赤ちゃんがポコポコ動いた。
でも、これが現実だ。
俺はおでんを注いだ皿を持ったまま泣き出した。
シェーディとの距離がとてつもなく遠かった。
俺達はそれからも船を貸し切って港をクルーズしたり海岸を散策したりしたが、皆忙しい人達なのでそんなに長居はできず、間も無く帰って来た。
平天の店は最後にもう一回行ったら、色んな野菜天を売り出していて好評だった。勿論、それも貰って食べた。
帰って来ると、臨月に差し掛かろうとしていた。
嫌な予感はしていたが、少し膨れてきた胸から乳汁が出てくる様になった。うわあ、やっぱり。
しかも痛いのにミンティア様が乳首を根本からギュウギュウつねってくる。何でも赤ちゃんはもっと強く吸うらしい。すぐにミルクに変えてもらおう。
腰も痛くて重だるく、すぐ居眠りしてしまう。
今になっても出産が怖くて仕方ない。
赤ちゃんが小さいと言えど、出てくるところが狭いので少し切ると聞いて泣きそうだった。陣痛で痛くて分からないし、直ぐに治癒魔法をかけるからとミンティア様に教えてもらったが、何とも憂鬱だ。
赤ちゃんはしょっちゅう動いて、最早蹴りを入れられている。夜あまり眠れない位。男なのはわかってるから仕様が無い。
その前に、しなければならない事がある。
もう一度シェーディに会う!
別れた時は俺の具合が悪かったし、衝撃的過ぎてちゃんと言えなかった。ミンティア様と寝たことの言い訳だけしてた。
今度は俺のシェーディへの想いを伝えたい。別に復縁できるとか期待はしてない。俺はシェーディを手ひどく裏切ってしまった。
今やサシェット家公認の妾で、ミンティア公爵の子供まで産もうとしている。
でも、心までは諦めていない。
いや、おでんのことを思い出すまでは諦めていた。ミンティア様に身体も心も絡め取られて動けなかった。
本当は自らミンティア様に縋ったのだ。シェーディの代わりとしてミンティア様に安寧を求めたのだ。
おでんを前に思い知らされた。
今の気楽な妾生活を手放せなくなっていたんだ。
俺はミンティア様の留守の日を狙ってジョゼフを呼び出した。
「これがバレたら私は破滅だよ」
「大丈夫だって!ちょっとシェーディに会えたらいいんだ。何があってもサシェット家には変わらず支援させるし、深く考え過ぎだよ」
今日はクロル王子の元へジョゼフの商会が外商で訪ねる。そこへ俺は従者として付いて行く。
本当は最初に正攻法で王子とシェーディに面会を求めたが、猜疑心をますます高めた王子は許可してくれなかった。
早く会わないと、いつ生まれてもおかしく無い状態で、生まれたら当分動けない俺は、遂に強行手段に出た。
ジョゼフの浮気を暴いて、それをネタに脅した。
ジョゼフが港町に度々行くのを不審に思って、後をつけさせたら案の定馴染みの男が居たのだ。
リカとも親しくなっていた俺は憤慨して、忠告しようとして思いついた。
俺自体が愛人なので、説得力無いだろうな、と思ったが、婚約者がいる人は結婚前の二股は駄目だそうだ。結婚後はOKって…どんな倫理観だよ!
当日俺はカツラを被り、のっぺり顔を隠す為その上からフードを被った。太めの包帯でお腹を固定し、なるべくダボっとしたデザインの服を着て何とか誤魔化した。
絶対赤ちゃんが怒って蹴りまくるかなと思っていたが、意外にも静かだった。寝てるならそれに越したことはない。
そうしてやっと離宮に入り、シェーディを捉えて視界に入れたけど、泣きそうになった。
すごく痩せて、目付きが別人の様に鋭くなっていた。王子に似て人を全く信用してない目だ。
優しく朗らかだった面影は全く無い。
全部俺のせいだ。シェーディのあまりの変わりように俺は想いを伝えることを止めようと思った。
こんなお腹の大きな、他人の子を宿した奴が何言ったところで通じるわけ無い。
そのまま無言でいると、ぽんぽん、と背中を優しく叩かれた。
「折角お膳立てしてやったんだ。このまま帰るとか許さないよ」
振り返るとジョゼフがニヤッと笑った。
俺は黙って頷いた。
ジョゼフは商品を店員に運ばせるとテーブルに座っていた王子の前に広げた。
「今日は頼まれていたブランドと、また違うものも持って参りました」
王子のそばにはハーヴァが立っていた。
シェーディはそこからは離れて出口側にいた。
「シェル、ディエル様」震える声で端に立っていたシェーディに声を掛けた。この名前やっぱり言いにくい。
「ご実家から贈り物がございます」
シェーディは俺を見て不審な顔をした。
「私に実家は無いし、贈り物とか前もって聞いてない」
「前もって言ったけど、受け取ってもらえませんでした」
俺は思い切ってフードを取って言った。
しかめ面は驚愕の顔に変わった。
「シィズゥル」
しかし直ぐ元のしかめ面に戻った。
「会いたくないと言っただろ」
「うん」
「今更何の用だ」チラっと俺の腹を見た。
喉に何か詰まって息苦しい。言いたい事が押し寄せて来て何を言ったらいいか、わからなくなった。
「あのね、シェーディ、俺、遂におでん作れたんだ」
「え、はあ?」
「おでん、初めて会った時一緒に食べた前の世界の食べ物」
「おでン?」「そう」
「それが、何だよ」
俺は涙をポロポロ溢しながら言った。
「材料を探して港町まで行って、何回も作り直して、やっとできた時、思ったんだ」
俺はしっかり正面に立ってシェーディを見た。
「俺はシェーディとおでんを食べたかったんだ。やり直したい、シェーディ。やっぱり好きなんだ」
シェーディは唇を引き結んで何かに耐えるような顔付きになった。
その後何も言えなくなった。
「シィズゥル、僕は…」
「お前、シズーじゃないか!どうしてここに!お前が刺客か⁈」
王子に見つかって叫ばれた。
「違います」と言おうと思って王子を見たらテーブル越しにナイフを持ったジョゼフの店員が王子に飛び掛かる寸前だった。
「危ない!」
ハーヴァは、剣を抜くのは素早かったのにそのまま棒立ちだった。
王子は咄嗟にテーブルの下に潜り込んだ。ほっとしたら、今度はハーヴァがそのテーブルを蹴り上げてひっくり返した。何で?
下で蹲っていた王子は悲鳴をあげた。
刺客はテーブルを避けて王子にナイフを突き刺そうとした。
思わず行こうとした俺の前にシェーディが立ち塞がり、王子の方に手をかざした。
ゴウッと風が起こり、三人揃って倒れた。
ナイフを飛ばされた刺客はもう一度別のナイフを出して王子に迫ったが、シェーディが再び風をぶつけようとすると刺客は出口に、俺達の方へ向かって来た。
俺の前に立って刺客を防ごうとしたシェーディ越しに剣を構えたハーヴァは刺客の後ろに迫った。
俺は見てしまった。ハーヴィが笑顔で「死ね」と刺客を刺し通してその勢いで俺達に向かって剣を突き刺そうとしているところを!
「ハーヴァ!!」
シェーディが叫んだ。
剣が俺の手前で、シェーディを差し貫いて止まった。
シェーディがハーヴァを吹き飛ばしたのだ。
ジョゼフは急いで外にいた護衛を呼んだ。
流れ出た血を見て俺はパニックになった。
「シェーディ!シェーディ!!」
シェーディは剣を抜いて手のひらで傷を押さえた。
「大丈夫、治癒魔法かけるから」
俺はとりあえず腹の包帯を急いで外して、シェーディが手のひらを外した時傷を巻こうと考えた。
「痛…」
包帯を外していたら、急に下腹がキュッと締まり、痛くなってきた。
え、もしかして、陣痛?嘘、こんな時に⁈我が子よ、ちょっと空気読めよ!!
などと突っ込んだのがいけなかったのだろうか、猛烈に痛くなってきた。
「うー痛い痛い痛い痛い〜」俺はお腹を抑えて蹲った。変な汗がざあーっと流れ落ちた。
これ、洒落になんない!想像してた痛みと違う!
「シィズゥル!どこか怪我したのか⁈」
シェーディが狼狽えて同じようにしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい」俺は喋るのも苦痛になってきた。
「陣痛っぽい。産まれるかも」
「「「えー!!!」」」
その場にいた全員が叫んだ。
ちなみに王子とハーヴァは気絶したままだった。
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