第9話 いつか終わると思ってたけど、こんなのは全く望んでいなかった

俺がサッシェント邸に着くと、ミンティア様が慌てて出迎えた。

「おはようございます。ロドウェル様はいらっしゃいますか?」

「おはよう、シズル。早いわね?ロディは執務部屋にいるわ。どうしたの?シェーディは?」

「シェーディは…」


俺は今朝の出来事を言おうとしたが、意に反して言葉が出てこない。なんて言えば良いのかわからなくなった。

「シズル!どうしたの⁈なぜ泣いて、さ、早く中へいらっしゃい」


俺は混乱していた。いきなり泣く気なんて全くなかった。今朝の事のどこに泣く要素があるんだ。

ミンティア様はハンカチを出すと俺の頬を拭いて、それを握らせ肩を寄せて抱いた。

ハンカチを目に押し当てたが涙が止まらない。

「ごめん、なさい、涙、止まらなくて、変です、俺」

そう言うのが精一杯だった。


「ロディには、後で話を聞いてもらえばいいから、無理に泣き止まなくていいの。私の部屋のリビングに行きましょう?」

ミンティアが侍従に目線を向けると、侍従は軽く頭を下げ、去って行く。ロドウェルに知らせに行ったのだろう。


俺はふらつくのをミンティア様に支えられて部屋まで行った。

豪華な三人掛け位のソファに座らされると、ティーセットワゴンが運ばれてくる。

段取り良いな、とぼうっとしていると手際よく紅茶が入れられて前にあるテーブルに置かれた。柑橘系の薄い輪切りが添えられている。


「朝食は頂いてきた?私は朝は食べないのだけど、用意させましょうか?」

はっと我に返った。

「いえ…お茶だけ、頂きます」

泣いてる場合じゃないって!ミンティア様に気を使わせている。

「そう、これ酸っぱいけど、ちょっとだけお茶に漬けて引き上げるの。さっぱり爽やかな風味になるのよ。試してみて?」

「はい」レモンティーか。久しぶりに柑橘類を見た。


言われた通りにして、一口飲んで驚いた。

…これ程美味しいレモン(ぽい)ティーは初めてだった。紅茶の葉がそもそも違うが、柑橘類はここよりもっと南の地域でしか取れず、高級で余り流通してない。


朝慌ただしくフレンチトーストを食べたら、それなりにおいしかったのだが、後ずっと胃もたれして、馬車の振動で少し気持ち悪くなっていたのだ。


爽やかな酸味の効いた紅茶のおかげか、気持ち悪さは治まり、俺はやっと落ち着いた。

ミンティア様は横に座り、俺をもたれさせ、頭にキスした。

「楽にしていいのよ。顔色も良くなってきてる。会うなりいきなり泣くから朝から驚いてしまいましたよ」

俺はミンティア様にもたれたまま言った。

「申し訳ありませんでした。クロルディア第二王子がいきなりやって来て、強引にシェーディを誘って連れて行ったんです。俺は信用して送り出したけど、段々正しい判断だったと思えなくなって、それで」

「クロルが?あれだけ大人しくしてなさいって言ったのに聞かないんだから!」

ミンティア様は上品に笑った。

「大丈夫、彼は小心者なの。呑気なシェーディが行ったら、ちょっとは落ち着くでしょう。暫く放っておきなさい」

「良いんですか?」

「クロルにはハーヴァがいるから、何かあれば直ぐ知らせてくれる。そうね、多分午後には来ると思うから聞けば良いの。無口だから話させる方は大変かも」


ミンティア様は「昨日焼いたのだけど」とクッキーを勧めてくれた。一枚だけ食べたけど、これもスッとして軽い風味にさせてくれる。

「ミンティア様、こちらの紅茶の入れ方やモーツ(ミント)クッキーは俺は初めてなんです。いつから変えられたのです?」

「つい最近です。シズルが好きになるかもと思って。気に入った?」


「そんなに気を使って頂いて、ありがとうございます。嬉しいです」

ミンティア様は微笑んだ。

「最近、あなたの事ばかり考えているから」

「そうですか。僕は『黒の愛人』ですから」


俺が思い出して苦々しく言ったら、ミンティア様は目を丸くして、吹き出した。

「違います!それを言うなら『黒アガト(瑪瑙)の瞳をした恋人』よ⁈可笑しい!何?黒の愛人って!」


コロコロ笑うミンティア様に俺は呆気に取られた。

「え?もしかして、恋人ってミンティア様が言ったのですか?」

「そうよ、あなたを狙う人は多いの!先に取っとかないといけないって思いましたから、つい本当は私の恋人よって言ってしまいました。もちろん冗談でね。でも詩人君がそばに居たのがいけなかったのでしょう。それなら直ぐ幾つか思いついたって書き留めて、その中からあなたの通称を『黒アガトの瞳の恋人』に決めました。でも、その場のおふざけだったのに。クロルに言われたの?広まるのが早いですね」


 あー、やられた!グラハム〜!ミンティア様絶対確信犯だ。

「二人して悪ふざけが過ぎます!ロドウェル様とシェーディに知られたら終わりですよ!」

「ふふっ。お二人は本気になさらない。良いのよ放っておいたら。揃って鈍感なのよ。本当そっくり!」


ノックの音がした。俺は気分を落ち着けようと紅茶を飲んだ。

扉が少し開いて侍従が顔を出した。

「お話を伺うそうですが、どうされますか?」

「シズル?大丈夫?」

ミンティア様は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


俺は何か違和感を感じた。

ミンティア様は人前ではあまり表情を変えない。いつも微笑して静かに話し、心の奥を隠している。

俺と二人きりの時はそうではない。

なのに今は、心配そうな顔はしているが、隠しきれない笑みが見えた。


「ありがとうございました。行きます」

「付いていた方がいい?」

「いえ、一人で大丈夫です。あの、ミンティア様?」

「どうしました?」

俺は小声で言った。

「僕に薬とか飲ませてないですよね?」

ミンティア様は笑い声を手で隠して、小声で返した。

「お馬鹿さん、それは私と二人の、お楽しみの時だけよ?」

俺はかあーっと赤くなった。

「失礼しました」

俺ではミンティア様の本心は読めそうにない。



「本当にクロルは、私が王位簒奪を狙ってると言ったのか⁈

ロドウェルは心底驚いている様だった。

「王様、ミランベル王子、シェーディの弟達、名前聞いてませんね、が同じ病気で、予後が良くないのは、病気では無くあなたが毒を用いたからだと。あなたが王になる為に」

「荒唐無稽だな。私が王になる為に毒を盛って回ってる?あからさま過ぎるだろう。それならクロルが、王位を狙っている方がしっくりくる。病気にかかってないのは彼だけだからな…まあ、彼は引きこもってるから移らなかっただけだ」


「俺はシェーディを人質にさせてしまったのでしょうか?」シェーディが心配でたまらない。

「シェーディは強いから人質にはならんよ。むしろ、君は行かなくて正解だ。何に巻き込まれるかわからんし、シェーディの弱みになってしまう」

「そうですか」

俺はクロル王子の手の者の事は言わなかった。多分、そいつにも何も言わないだろうな。


昼食の時間になったが、あまり食欲がなかったので半分位しか食べられなかった。しかも、また気分が悪くなってきたので、ミンティア様に頼んでレモンティーを貰った。美味しくて癖になりそう。


午後に来客があった。なんとハーヴァイス様、二人の息子さんだ。ミンティア様の言った通りだ。

いつもクロル王子に仕えているので滅多に帰ってこない。俺も会うのは初めてだ。

シェーディの婚約者と名乗ったけど特に反応は無かった。


クロル王子の元にシェーディが行ったから、両親から真意を聞こうとやってきたのだろう。クロル王子に様子を見て来いと命令されたのかも。


テラスでお茶をするとミンティア様が言ったので、頼みに行こうとしたら止められた。

「用意はできているから、あなたも一緒に来なさい」


何故俺までも?せっかく久しぶりの親子対面なのに。

「俺はさっき飲んだからいいです。会うの久々なんですから親子二人でどうぞ」


ミンティアは困った顔で微笑した。

「つい最近クロル王子のいる離宮で会ってます。あの子と二人きりだと会話が弾まなくて。わかるでしょう?」

そう言われると、仕方なく同伴した。


「クロル王子に余計な事を言ってないですか?母上。あなたが訪ねてから王子は余計警戒されて、母上がわざわざ持ってこられた紅茶葉を捨てられてしまいました」

「まあ、滅多に手に入らない珍しい紅茶なのに!惜しい事をしました。本当にクロルは臆病な子ねえ」

「まあ、それで生きてきた人ですから」

「クロルも、あなたも、もう少し社交性を学ぶべきね。あからさまに表情や態度に人嫌いが出るから駄目なのです」

それに比べて、とミンティアは横に座った俺を見つめた。

「シェーディが連れてきたんだけど、私がすっかり気に入ってしまって。素直でいい子なのよ。容貌も独特で綺麗だし」

ミンティア様は僕にしなだれて、僕の腕を抱え込んでうっとりと言った。

「ミンティア様っ、お戯れを」

俺は焦って腕を外そうとしたが、離してくれない。

「ふふ、直ぐに赤くなって!可愛い!最近はシェーディより、私との、時間の方が長いですよね?」


嫌な言い方だった。

「シェーディはロドウェルの代わりに働いてるので、仕方ありません。俺はロドウェル様の手伝いしてるから、ミンティア様と時間が取れてないです」


「母上は、随分、仲が、よろしいんですね。『黒瑪瑙の瞳の恋人』さんとは」

無口な人は無謀なのか⁈

アガトって瑪瑙の事なんだ。そしてどこからそんな宝石が僕から出てくんだ?おっと、否定否定。

「それは茶会の席だけの話で、実際の事では無いです」


「ええ、親子の様に、恋人の様に、仲が良いだけ、ですよね?」

緊張して変な汗が出てくる。ミンティア様気付いてますよね⁈ハーヴァが僕をを見る目が段々険しくなっていくのを。


「シェーディは、元気ですか?王子殿下のお役に立てそうですか?」

俺は話の流れを切って、一番聞きたかったことを尋ねた。

「そうですね、殿下に風の魔法を教えてあげてますよ」

「え、いいな、俺には教えてくれないのに」

つい愚痴をこぼしてしまった。

「何故ですか?」

「俺は魔力があまり無いので、多くの魔力が最初に必要な風は全く向いてないと。別の魔法も同様に、起こして、維持するのが大変なんですよね。ハーヴァ様は何か得意な魔法とかありますか?」


ハーヴァはチラリとミンティア様を見た。

「水かな?」

「ミンティア様と同じですね、子供の頃ロドウェル様やミンティア様に水をかけたことがありますか?」


「シェーディとやり合いしていたらしいですよ?」

「そうなんですか⁈見たかったなあ!」

子供のシェーディ、可愛かったろうな。

「ええ、あなた達両親とはあまり交流が無かったので」

「そうかしら?普通ですよ。だから人付き合い苦手なのですか?関係無いです。クロルは病的に疑い深いから、お互い仲良くなるのは至難の業でしょうね。私達と違って」


ミンティア様は俺を引き寄せると、頬にキスして自分の頬を擦り付けた。

「ふふ、本当に可愛い」「ミンティア様⁈」

俺は何の為にハーヴァの前でこんな事されてるのだろう?

ミンティア様に対して次第に怒りの感情が湧き上がってきた。胸がムカムカする。

「わざとするのは止めて下さい。息子さんも不快に思われてます!」


侍従がお盆を持ってきた。焼きたてのマドレーヌとプレッチェルがカゴに入れられている。バターと甘い砂糖の匂いがしてきた。

「私は甘い物は苦手なのですが、ご存じないのですか?」

ハーヴァは感情を押し殺している様だが、だいぶ険が篭っている。


「あなたはプレッチェルを食べたらいいでしょ?シズルはマドレーヌ好きよね?」

ミンティア様はハーヴァの様子にも素知らぬ顔で一つ取って、俺の鼻先に突き付けた。


思わず匂いを嗅いでしまった。どっしりと甘いバターの匂いは一気に俺の気分を悪くした。

吐きそうになって、立ち上がった。

「シズル?」

駄目だ、トイレまで持ちそうにない。ごめんなさい!

俺は急いで庭に出て、噴水がある直ぐ横の地面に蹲ると、ついに吐いた。あとで水で流しやすいかなと咄嗟に思ったからだ。

やってしまった、と思ったが、俺は吐き続け、昼食の分は全て出してしまった。


ミンティア様が駆け付けて俺の背中を撫でながら、

「医者を呼んで!」と言った。

「大袈裟です」と返したが、侍従が持ってきた水の入ったコップを渡され、「口を濯ぎなさい」と言われてその通りにすると、また気分が悪くなって別のところに吐いてしまった。


「今朝から様子がおかしかった。診てもらった方がいいです。顔色もとても酷い」

高そうなハンカチで俺の涙と鼻水だらけの顔を拭いてくれた。

ミンティア様と侍従に支えられて立ち上がったが、目眩を起こして足の力が抜けた。

「運びます」

ブワッと足が持ち上がった。

ハーヴァがいつの間にか傍にいて俺を持ち上げていた。


「ありがとう、ハーヴァ。こちらへ」

ハーヴァの嫌悪の感情が込もる眼差しを逸らさず見ていたが、そのまま気を失った。


「シィズゥル、シィズゥル!」

泣きそうな声が耳元でして目を覚ました。

「シェーディ…」吐きすぎたせいか、喉をやられて声が枯れていた。

シェーディは寝ている俺に抱きついてきた。

「ごめん、具合悪かったんだって?気付かなくてごめん!」だから、苦しいって。


「もう大丈夫だよ、朝食べ過ぎたのかも。卵古かったのかな?シェーディとクロル王子は何ともない?」

「もう、シィズゥルは優しいなあ。人の心配なんかいい!二人ともピンピンしてるよ!それより僕を心配させないで。心臓に悪いよ」

「大袈裟だな」


シェーディの後ろにロドウェル様がいた。少し離れてミンティア様と知らない人が立っていた。

お医者様かな?本当に呼んだんだ。

ハーヴァはいなかった。後で礼を言わないとな。


「ありがとうございました。後は私が伝えます」

ミンティア様はその人に頭を下げた。

「貧血の薬を出しておきます。しばらく安静にしていなさい。無理して食べなくていいから、水分だけは摂る様に」

と言い残し、その人はそばのテーブルに置いていた四角いカバンに聴診器?を入れて去って行った。


俺はシェーディに起こしてもらって粉薬を恐る恐る飲んだ。ちょっと鉄臭いが何とか飲み込んだ。

「当分フレンチトーストは食べない」

と呑気にシェーディに言った。


「お医者様の話だけど」

ミンティア様は遮る様に言った。

「貧血だけじゃないのか?」ロドウェルが不審な顔で尋ねた。


急にミンティア様が下を向いた。

「ミンティア?」

ふふっと笑い声が漏れた。ミンティア様だ。肩を震わせて笑っている。

「何が可笑しいんだ⁈」


ミンティア様はロドウェル様を無視したまま顔を起こすと、俺をじっと見つめた。

俺にすっと近寄るとシェーディを押し除けた。

「ミンティア様⁈」

ミンティア様は俺を抱きしめ叫ぶように言った。


「シズルに赤ちゃんができたんですって!気分悪かったのは悪阻だったのよ」


ミンティア様は俺の腹に手を置き

「生まれるのは12月の終わりくらいですって!楽しみね」

と笑いながら上機嫌で言った。



「何、言ってるんですか?僕とシィズゥルは、だいぶ前…?」

シェーディの震える声がやたら遠くに聞こえた。


キーンと耳鳴りがした。この人は何言い出すんだ!!


「赤ちゃん?赤ちゃんて子供?俺が?俺の身体で、できるわけないだろ!!」

俺はミンティア様の肩を掴んで言った。

「俺は男で、俺の居た世界では子供を産むのは『女』って言う専用の人がいて」


喉が痛い。


「俺に子供なんてできないよ!」

ミンティアは首を傾げた。

「どうして?シズルは『甘い蜜』を毎回喜んで飲んでたでしょ?」

「『甘い蜜』だと?どこからそんな薬を⁈いや、お前達は」


ミンティア様は勝ち誇った様に二人を交互に見た。

「ええ、そういう関係ですよ!私がシズルを妊娠させたのです!蜜を飲ませて繋げた時、シズルが凄く反応が良かったから直ぐできると思ってた。嬉しい!もう一人子供が欲しかったの」


「『甘い蜜』って何?飲むとどうなるの?」

俺は関係を暴露され更に動転した。

「『甘い蜜』は許可制で手に入れる物で、子供が欲しい夫夫が飲む薬だ。催淫と排卵作用がある。飲むとすぐに妊娠し易くなる」

ロドウェルは掠れる声で何とか言った。


「は、排卵?男なのに?あの薬は痛み止めと催淫ってミンティア様が、排卵とか、一言も…」

ザァーっと血が下がっていく。俺が知らないからワザと言わなかったんだ。


「何だよ、妊娠?ミンティア様の子?僕がいない間シィズゥルはミンティア様と寝てたって事⁈」

シェーディが真っ青な顔をして立ち尽くしていた、


「違う、違わないけど、無理矢理されて、言うこと聞かないとバラすって。薬は、気持ち良くなるだけで、妊娠するとか聞いてない!」

「最初はそうだけど、初めから感じてくれたのよ?嬉しくて何回もしたら喜んで受け入れてくれて」

「だって、薬飲んだら誰でもそうなるんだろ?仕方なかったんだ、シェーディ、許して、お願い、傷ついて欲しくなかった」


「どうでもいいよ、シィズゥルに、ミンティア様と浮気した子供ができてしまったのは変わらない」

「嫌だ!子供なんか産まない!そうだ、『堕ろせば』え、なんて言うんだろ?」

「シズル、落ち着きなさい!」

「ロドウェル様、今子供を産むのはできますか?」

「まだ月満ちてない」

「いいんです、赤ちゃんになる前に外へ出す方法は?死なす薬はあるでしょう?俺は産みたくない!」


ロドウェルは、険しい顔になった。

「何言ってるんだシィズゥル。そんな物は無い。授かった命を無下にする事は許されない」

「そんな、嘘だ!」

「できてしまったら、嫌でも産むしかないの。私もそうだった。私に任せて、シズル。一緒に育てていきましょう」


「ミンティア、君はそんなに嫌だったのか?産むのを納得してくれたんじゃなかったのか?」

ロドウェルも真っ青な顔でうめいた。

「初夜の時、無理矢理犯されて、子供ができてしまったから諦めただけで、決して納得なんかしてなかった。後継が欲しければ、あなたが産めばよかったのに!もう、二人とも出て行って!シズルの身体に障ります!」

「嫌だ、嫌だよシェーディ、行かないで!」

俺は枯れた声で言ってベッドから降りようとしてミンティアと侍従に押さえつけられた。


「シィズゥルは此処に居たらいいだろ!好きにしろよ!僕はクロル王子の元へ行きます。三人とも僕の前にはもう決して姿を現さないで下さい」

「シェーディ!私は被害者だ!」ロドウェルが叫んだ。

「あなたが僕に構い過ぎて、ミンティア様をしっかり支えなかったから、こんな事になったんです!もう僕の事は放っといて下さい!誰の顔も2度と見たくない!医局は辞めます。さようなら」


シェーディは扉を出ると手をかざしただけで閉めていった。

「シェーディ!シェーディ!戻ってきて!嫌だ怖いよ、子供なんて産みたくない!シェーディだけが必要なの、に」

必死で叫んだが、俺はショックと、また貧血のせいで気を失ってしまった。


次に目を覚ました時、日本語は誰が何を話そうとも全く頭の中に浮いてこなくなっていた。

俺は完全にこちらの世界の人間に、なってしまったようだ。子供というおまけ付きで。

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