第8話 招かれざる客は、できればお断りしたい

この家に、全く似合わない客その2がいらっしゃった。


馬車がやってきて止まる音がした。それに少し騒がしい。

二人共まだ裸でベッドの中だった。疲れたと言いながら、夜中に起きてお互いの身体を寝落ちするまで慰め合ってたからだ。


シェーディはいつも最後までしてくれない。それに近いところまではやってるから、満足はある程度してるんだけどな。

頑なに結婚するまで駄目と言われる。

今の2人の状況は同居人、なんだそうだ。

それにしてはお互い身体を知りすぎてると思う。

でも、全てが許されるのが結婚後、がこちらの風習なんだろうと、一応納得している。不満は残るが。


でも、婚約式も結婚式もできるだけ早くしたいとロドウェル様にも頼んでいる。王族呼ばなきゃいけないだろうに、そんな直近では無理だろう。


まあ、今王族は病気の人が多いから、俺たちの婚約式でさえ予定が決まってない。


ミンティア様は結婚しても俺との肉体関係を解消する気がないらしい。

何回か必死に頼んだんだが、その後ロドウェル様の前で態と俺に甘えた仕草をしてきて、俺が狼狽えるのを見て楽しんでいる。


人はホントに見かけによらないよな!ミンティア様は俺が足元に及ばない策士だ。一体何が目的なんだろう?


「誰か来たよ、シェーディ」肘をついて上半身をちょっとだけ持ち上げた。

「え、もう迎え?早すぎだろ…ほら、まだ6時だ。寝よう」

傍に置いたシェーディの懐中時計を覗くと確かにそうだ。

シェーディは俺を抱き込んで布団に潜り込んだ。

素肌通しで気持ちいいんだけど、絶対誰か来てるよ。起きねば!

「待ってくれるように頼んでくるよ、ねえ、首にキスマークつけただろ?消してもらわないと行けないよ」

「えー、せっかく付けたのに。じゃあ、別の場所に」

「時間ないから!!」


俺は急いで服を着ると、玄関に近付いた。

お上品なノック音が寝室を出てから何回もした。その前から叩いていたかも。

いつもの御者さんの叩き方では無い。彼は拳でダンダンダンと、もっと容赦ない。


「こんな朝早く、どちら様〜?」わざと焦らすようにゆっくり言った。

ドアの向こうで咳払いの音がした。


「〜殿下の勅使でございます。ドアを開けなさい」

聞き取れなかったので「朝から何言ってるの」と惚けて言った。

「第二王子殿下がいらっしゃったのです。早くしなさい」大きな声になった。

でんか?何でんか?え?おうじ殿下⁈

俺は慌てて戸を開けた。


勅使らしき人を先頭に、前後2人の護衛で固めた痩せた青年が立っていた。赤く緩い癖のついた髪と金色の目を持ち、俺と同じ175cmくらいの背丈だ。 

部屋に入ってくると、勅使は横にずれ、俺の前に殿下らしき人が立った。


誰も見たことがないので『らしき人』だ。

「失礼仕りました。ようこそいらっしゃいました」分からないまま、ミンティア様直伝の王族に対する礼をした。

「シェルディエルはいるな?」少し高めの神経質そうな声だった。

「はい、奥で休んでおります」この家じゃ人は隠しようがない。

「病気なのか?」

「いえ、仕事帰りで疲れていただけです」


俺は外で立たせたままだと悪いと思って

「ぼろ家ですが、お入り下さい」と導いた。

勅使は外の戸の前に留まり、王子の更に後ろにいた侍従と護衛2人が入ってきた。3人とも背が高く、圧迫感がすごい。


その後で入ってきた殿下は物珍しそうに見回した。

「こんな家に住んでいるのか」

「少なくともプリンスの住処では有りません。平民には丁度いいです」俺は気取って言った。

「あいつは平民では無かろう?お前は侍従か、シェルディエルを呼んでこい」


「呼ばれなくても行きますよ」

シェーディは不機嫌に言いながら寝室から出てきた。


「…殿下です」俺は適当に言った。名前知らないし。

「へ?」

「クロルディア第二王子殿下でいらっしゃいます」侍従が厳かに言った。

「誰の?」

「もちろん、国王陛下でございます」

「ふーん」シェーディは全く興味なさげに言った。

え?第二王子は病弱で、外に全く出てこない人…あれ?目の前に居るけど。


「何の御用でいらっしゃったのでしょうか?」2人とも黙ってしまったので俺が尋ねた。

「父と兄が狙われた。私も危ない」

「王と第一殿下にあらせられましては、玉体ご不快につき、ご尊顔が拝命できない御病気だと伺っております」

俺はまどろっこしい対王族言葉をゆっくり間違えないように言った。

「違う!毒を盛られたんだ。その前から暗殺者が何人か捕まっていた。私は役立たずと思われる様に長年振舞ってきたが限界がきた。シェルディエル、お前に私の護衛を頼む。攻撃魔法が得意であろう?」


あれ、全然普通の言葉やん!頑張って覚えた俺の苦労はなんだったの⁈


「どうして殿下の護衛を?私は一般人です」シェーディは一切物おじせず言った。

「違う、王弟の子で王族だ!私の側に居ることでお前の立場を確立する為だ」

「そのような事望んでおりません」


クロルディア王子はため息をついた。わかるよ、王子。シェーディは深読みできないんだって。

「お前の弟達も王位を狙っている。こんな家では、狙われたらひとたまりもないぞ。侍従まで守れるか?」

「侍従ではありません、婚約者です!狙われるのは殿下だけでしょう?」

「わからないのか?力のない者から潰される。シェルディエルが私についたなら、両方への抑止力になる」


「私は行きません!!」シェーディは怒りを込めて言った。

「ロドウェル叔父上に世話になるから結構です」

「愚か者が!一番危ない場所だぞ、叔父上は王位を狙っている黒幕だ。」

「何言ってるんだ。黒幕はお前だろう!王と第一王子を亡き者にして王位簒奪を目論んだ、の方がしっくりくる」


シェーディ、最早王子への態度じゃない、

「そう思わせるようロドウェルは仕組んだんだ!お前の弟達も同じ病になったんだぞ」

「え、そうだったんだ」俺がシェーディを見ると頷いた。


「仕方ない、皆接触があって病気が移ったんだ。それは偶然だし、誰も死んでない!」

「未だ全快したものはいない。予後は良くないのだろう?王はまだ起き上がれないぞ」

「それは念の為だ。執務はしてるし、移らない病気だとわかるまで、人と会うのや視察を控えているだけだ」

2人は一歩も引かず、どちらも疑心暗鬼になっている。


ロドウェル様は王様や第一王子が病気になる度呼ばれている。御典医は指示するだけで薬の調合はしない。調合と投薬を任されているのはロドウェル様だ。

ロドウェルは医局の者に調合をさせて、それを持っていく。

確かに毒を混入させやすいが、一番先に疑われる立場で、それをする?

そうか、医局にいるシェーディも容疑者に入ってしまっている。

シェーディがクロル王子と共に在れば、シェーディは潔白だと証明されるのでは?


「2人共落ち着いて下さい。ロドウェル様には僕が対応します。シェーディはクロルディア殿下に付いていって下さい。お互い様子を見ましょう。誰も亡くなってないんでしょう?ロドウェル様の助手は変わらず僕が務めますから、何か動きがあったら伝えます。連絡手段はありますか?」


「シィズゥル、こんな奴の為にスパイの真似事なんてしなくていいよ。かと言って王宮に付いて行って病が移ったら嫌だけど」

「シェーディの家に僕一人では危険?」

「そうだな。あれでは全く足りない。いっそのこと、家の周り全部…」

「怖いよ、シェーディ、違う人を吹っ飛ばしたらどうするんだい?」

「だって、心配なんだ」


「サッシェントの屋敷に1人連絡係を潜り込ませてあるから、それを使え」

「いつの間に」シェーディと俺はあからさまに嫌な顔をしてしまった。

「そんな事誰でもやってる。今更だ」

「まあ、自ら公爵になった叔父上が王位簒奪とか、有り得ませんから!!」

シェーディは断言した。


「調べる価値はある」王子は全く信じていない様だった。




これより数ヶ月前、とある日の午後だった。

ミンティアは、宰相の元に居た。クロルディア王子の離宮を尋ねた後、執務室を訪れたのだ。

「私はできる限り、貴方に協力致しました。後は、クロルが思惑通り、動いてくれるでしょう。残りは貰って帰ります」


ミンティアは宰相が執務机の上に出した薄緑色の紙袋に入った物を取り上げた。

「本当に使うのか?証拠は残さない様に」

「私を誰だと思ってますの?自分が配った物の効果を知りたいと思っただけです。明るみに出たとしても、お互い関係は無いのですから、これ以降は旧知の中に戻るだけです」

宰相はため息を吐きながらも嬉しそうだった。

「貴方は美しいだけでは無い。相変わらず肝が座っている」

「ふふっ。似た者同士、あなたと結婚できなかったのは残念ね。ではお暇いたしましょう」


宰相は立ち上がり、ミンティアに近付くと軽くキスした。

「もう、止めて下さる?」ミンティアは宰相を押し除けた。

「おや、新しい獲物を見つけたのかい?」

宰相はさして気に留めずミンティアの髪を取って、それにキスした。


「そうね、簡単に狩れそうよ」

ミンティアは微笑んだ。




クロル王子はシェーディと一緒に住まいの離宮に帰ると言い張るので、シェーディに最低限の荷物をスーツケースみたいなバッグに詰めさせていた。

僕は、朝ご飯を作るのに卵とシェブル(牛みたいなのは街だからか見かけない。山羊に近い謎動物)乳を早く使いたかったので、フレンチトーストにした。

多分王子様も碌に食べずに来ているはずだ。


砂糖と卵とシェブル乳を混ぜて、置いといたので更に硬くて口を切りそうなパンを浸す。

王子はこんな固いパン食べたこと無いんじゃないかな。

その間に玉ねぎと人参とベーコンのコンソメ風スープを作った。

浸かったパンをバターを溶かしたフライパンで弱火で焼く。

「私達は今から朝ご飯ですが、王子様も如何ですか?」

「え、いいのか?」王子はハッとして答えた。

どうもバターの匂いでお腹が空いているのを思い出したようだ。

取り敢えず王子の分だけ焼く。


俺はなるべくお上品に申し上げた。

「オニオンとジンソングとラーのスープです。このフレンチトーストはパンとシェブル乳と砂糖を混ぜたものにパンを漬け込んでから、バターで焼きました。甘くて柔らかいです。この蜜を好きなだけかけてお召し上がりください」

フレンチトーストとか、フランスすら無いけど、なんて訳せば良いか分からんかったから、そのまま言った。


王子は侍従に味見させて許可が出てから食べ出した。

味見じゃないや、毒味だ。そりゃそうか、外国人が見たこと無い料理作ったからなあ。


「このパン、お菓子のようだ!焦げてるのに柔らかいし、この蜜と合うな。このスープは庶民が好んで食べていると聞いた。充分美味しいではないか!」

「ありがとうございます。拙い料理を褒めて頂いて恐縮です」


「お前は料理人だったのか?」

「いいえ、一人暮らしで自分で何でもするしかなかったのです」

「庶民は逞しいな。私は1人では何もできない」

王子が悲しそうに言うので励ました。


「今ではこの国を知らなかった僕の事を周囲の人が手伝ってくれるし、知り合いも増えました。王子も手助けを求めて、知り合いを増やすんですよ、そうすれば良いのに」

「今やろうとしてるが、なかなか」


「ロドウェル様の息子さんはどうですか?」

「ハーヴァは私の宮中の護衛だが、無口で何を考えてるかわからん男だ。信用できん」

ミンティア様の子供なのに無口ってあるのか?


「シェーディがあなたに付くなら、ちゃんと話せば、ロドウェル様もハーヴァさんも必ず貴方を助けてくれますよ。ミンティア夫人は情報通で、何かと頼りになる人です」


「どうかな?お前はミンティア公爵夫人の『黒**の愛人』だろう?」

黒と愛人しか言葉は分からなかったが、俺を指しているのが分かるには充分だ。

内心驚愕した。二人だけの秘密って言われたぞ?

一口だけ味見したスープが、胃酸と共に口に逆流してきて、何とかまた飲み込んだ。


ミンティア様はそんなこと言いふらす人じゃ無い、と思いたい。

大体、月一で通ってるだけで…いや、ミンティア様がわざわざ馬車を寄越して、それぞれ相手がいない時に2人で過ごすから、そんな噂が立っても当然なのか。


お茶会メンバーには何も言われてない。面と向かって言う訳ないか。それぞれ個人で会いたがるから、機会があれば自分に乗り換えて欲しいと思ってるのかな。


引きこもり王子にまで知られてるって、噂って超怖い。


「え?何ですかそれ⁈目をかけて頂いてますが、僕はシェーディと結婚の約束をしたんですよ。そんな訳有りません」

内心、シェーディに聞こえて欲しいような欲しくないような複雑な気持ちだった。


「そうか、済まなかった。単に噂だからな。ミンティア公爵も交友関係が広いから、愛人は幾人もいるとも言われてるしな」

え、そうなんだ!ミンティア様、さすがだ!いやいや、じゃあ、俺は単なる愛人の1人?

俺は胸の痛みに気付いて愕然とした。


ミンティア様から無理矢理身体の関係を結ばされて、ロドウェルとシェーディにバレるのが嫌で従っている。伝手を貰って情報を得る代わりに、身体を提供していると考えるようにして、気を紛らわせていた。

でも毎回凄く気持ち良くしてもらって、こっちが死にそうになる程イかされている。愛まで囁かれた。


もう伝手はいいし、そろそろ止め時だな。もちろんシェーディとロドウェル様にも申し訳ないし。

そう思うのに最近じゃ誘われたら、薬は飲むけれど、ごく普通に応じている。

おかしい。無理矢理だったのに、どうしてこうなった?


最初から綺麗な人だと思っていた。

他人には人当たりが柔らかく、優しく静かな面を見せているミンティア様は、俺と接する時だけ豊かな表情を見せ、身体を重ねると野生的で自我の強い本性が出る。

俺だけが知っていると思うと優越感を感じてしまう。その姿は誰にも見せたくないとまで思ってしまう。


ミンティア様は揺れる俺の心を確実にシェーディから引き離していく。

俺はシェーディに最早抱かれたく無い。

ミンティア様が言わなくても、今シェーディに抱かれたら直ぐにバレてしまう。

情事に慣らされた身体だと、わかってしまうだろう。

そんな身体を抱いたら、純粋なシェーディを穢してしまう。


「わ、美味しそう!僕も焼いて!」

シェーディの声に沈んでいた思考を断ち切られた。

何考えてたんだ!シェーディが行ってしまうんだ、変なこと考えてないで笑顔で送らなきゃ!

「すぐ焼くよ!待ってて」

狭い部屋中バターの匂いでいっぱいだった。

いつもなら大好きな匂いなのに、むかついて吐きそうになった。


シェーディがクロル王子と行ってしまい、僕が1人残されるといつもシェーディを医局まで送る馬車が来た。

俺は代わりに乗りこんで、憂鬱な気持ちを抱えたままサッシェント家へ向かってもらった。

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