第4話 え、それは無い無い!

取り敢えず並べてあった料理を大概食べて、満足したが飲み物が無い。

周囲を見回すとカクテルを持った給仕人が居たがちょっと遠い。そちらへ行こうとしたら呼び止められた。


「これで良ければ飲まないかい?」

誰かがカクテルグラスを二つ持ってやって来た。丁度良いところに!と差し出されたグラスを受け取った。

「我々の出会いに」少しグラスを持ち上げて俺を見たので

「あなたの御活躍を祈念して」

と返した。定型文を習っといてよかった。これと『ご健康を祈念して』しか乾杯の合図教えてもらってない。

しかも言うことないだろうと思ってた。


半分位飲んでみるとポムの発泡酒だった。美味しい。

考えたら、アルコールってこの世界に来た時以来だ。グビグビ飲みたいのを我慢して、残りをなるべく優雅に飲んでみせる。って、食べ物いっぱい食べてるの見られてたのか。もう遅いな。


「僕はエレミー・ルカステ。シェーディの同僚だ。まさか、シェーディがこんなに可愛い人を捕まえたとはな」

「可愛い?私、がですか?」

俺は噴き出した。

「可愛いの基準は間違っています。私は普通です」

「いや、シェーディが羨ましいよ。君は、シィズールゥはこちらに来てから言葉も覚えたのだろう?可愛いの上に賢い。できたら私の元で働いて欲しい位だ」

俺はハッとした。これは、チャンスだ。シェーディに幾ら言っても見学さえ連れて行ってくれない。

「光栄です。一度見学に行きたい。シェーディの手助けをしたい。そう思ってました」


「君もシェーディの事が大好きなんだな」

「ええ、でもいきなり恋人って言われて、驚きました。そんな話は、した事が…」

あれ?何かふらつく。顔が熱くなってきた。

「恋人ではないのか?」

「そんな、関係では」

うわ、飲んだヤツ度数高かったのか?これしきで酔う?


「大丈夫か?顔が赤いし苦しそうだ」

「ちょっと酔ってしまって」

エレミーが近寄って肩を支えた。

「出た所に控え部屋がある。水を持っていくから休んでなさい。シェーディに言ってくるよ」

「すみません」

親切にも部屋まで連れて行ってくれた。


その頃には身体全体が熱くなって心臓がドキドキしていた。

何だこれ?アルコールのせいか?身体の異常に対して心は平静を保っている。ベッドと小さな事務机と椅子がある。

ベッドに座ると寝てしまいそうだ。こんな所で失態を見せるわけにはいかない。椅子を引いて座ったが、もう立てそうに無い。


ガチャリとドアが開いた。ぼんやりと見ると、水差しとコップを持ったエレミーだった。

「横にならなくて良いのか?」

「シェーディは?」

「もうすぐ来るよ」

「水下さい」アルコール薄めないと。

水を入れてくれたので飲もうとしたが、コップを持とうとしても遠近感がおかしい。

「コップを持てないのかい?」


エレミーは少し笑って、徐ろにコップの水を飲んだ。

「⁈」

顎を掴まれ、顔を上に上げさせられた。

「何ですか」

と言おうとしたらいきなり口を合わせてきた。ぬるい水が流れ込んできた。

思わず飲んだがむせてしまった。

ちょっ、これは無い!


咳をしていると背中と膝の裏に手を入れられ、抱え上げられた。

え?どこへ?と思ったら、ベッドだった。

この期に及んでエレミーが俺の様子を見かねて、休ませようとベッドに運んでくれたと思っていた。


「どうやったのか知らないけど、俺がシェーディに先に目をつけたんだから!」

と言ってエレミーがのし掛かって来るまではな!

また、キスしてきた。しかも深いやつ。


俺は逃げようとしたが身体が思うように動かない。

そして、シェーディの同僚だから手荒な事は避けた方がと少し遠慮してしまう。

襟が緩められて首筋を舐められた。


な、何?俺はもしかして、もしかしなくても襲われている⁈

「ちょ、何すんだ!」思わず日本語で叫んだ。

スラックスのウエストが緩められて手が隙間から入ってきて、ようやく危機意識が出てきた。


でも、俺のを掴まれた途端電流が走ったように快感が突き抜けた。あれ?おかしい?

擦られるとグチュグチュと先走りで全体が滑ってきた。

「止めろ!」と言ったが、いつの間にか下のシャツがまくり上がって肌が晒され、乳首が舐められ、齧られた。

「痛いっ!」思わずのけぞったが、同時にイってしまった。


え?早すぎだろ。抵抗しようにも、身体はちゃんと動かないし、イってしまって余計抵抗する力が入らない。

精一杯ジタバタやってたのに、俺ので濡れたエレミーの指が尻の穴に入って来た。

え?本気?嘘?しかも指2本も入ってる!痛い痛い!無理無理無理!気持ち悪い!

ぶあっと涙が溢れた。


「助けて、シェーディ!!シェーディ!!助けて!!」泣きながら叫んだ。

両手でエレミーを押した。


ドダダン!!


俺がエレミーを壁まで突き飛ばしたのと同時にシェーディがドアを吹き飛ばしたのが重なり、すごい音がして一瞬部屋が揺れた。


「シィズ!!」恐ろしい形相でシェーディが飛び込んできた。

「シェーディ!!」俺が思わず両手を広げるとサッと近寄って抱きしめてくれた。

「大丈夫か?いや、違うな⁈」

「大丈夫、危なかったけど」

俺はみっともなく震えて泣きながら言った。本当に危なかった!


シェーディは俺の惨状を見て浄化を掛け、優しく服を直してくれた。

しがみつく俺の背中を撫でながら、気絶しているエレミーを睨んだ。


「エレミーは、すげー勢いで飛んで行って、壁に頭打ってた。大丈夫かな?失礼にならない?」

「は?ならないよ!俺のシィズゥルに手を出しといて!俺がネックレスに防御魔法掛けといたんだ」

「そんなのがネックレスに?」

「でも発動に時間がかかり過ぎだ!攻撃魔法だと本人にもダメージがあるから、身体強化にしたのが失敗だった。シィズゥルは可愛いから狙われると思って掛けたのに」


これ、ただのお守りじゃなかった!あれ、防御?強過ぎない⁈

「え、エレミーも僕に言ってたけど、俺は全然可愛く無いよ…」鼻水をズビズビ啜りながら訂正した。

「そんな事言ってる場合か?現に襲われただろ?」

「本当はシェーディ狙いだって言ってた」

「はあ⁈それで何でシィズゥルに行くんだよ、頭おかしい!」


俺は水をもらって何杯か飲んだ。やっと動悸が治まったが身体はあまり力が入らない。

ロドウェルも駆けつけて、「済まなかった。後の事は任せなさい」

と言ってくれたので、シェーディとロドウェルの従者に支えられながら控え部屋を後にした。

「叔父上、エレミー・ルカステの後始末をよろしく」

シェーディは不穏な空気を滲ませて言い残した。

何か、嫌な予感がした。



散々な俺の新世界デビューの次の日、頭痛が酷くて起き上がれなかった。

エレミーに盛られた薬は、アルコールと共に摂取すると酩酊して意識を失う作用があるもので、よく意識が保てたなと感心された。

あんな事されたら、逆に目が覚めてたよ。


両腕の筋肉痛もかなりするのは、シェーディがネックレスに掛けていた防御(あれは絶対攻撃だ)魔法による身体強化が働いたせいだった。

強化されても、己の筋肉は最大限使われるので、普段使われていない結果、筋肉痛になってしまうのは片手落ちだ。鍛えてない俺が悪いんだけど。

「助けて」で発動するとか教えておいて欲しかった。


本当はシェーディに飲ますつもりだったのを、俺が1人になったから変えたらしい。


俺はシェーディが処方した、これまた微妙な味の薬湯を飲まされて、半日寝る羽目になった。

いっそのこと謎蜜なくて良いかも。

とにかく酷い目にあった…


シェーディは仕事を休んで(馬車を追い返した)付ききりだ。

後日エレミーはシェーディの婚約者への強姦未遂、シェーディへの不敬罪も適用されて逮捕、当然仕事は首になった。シェーディがプリンスだとは単なる噂で信じて無かったらしい。



「ねえ、シェーディ。いつの間に俺は君の恋人になったの?」

シェーディはハッとして顔を赤くして目を逸らした。

「…昨日」

「おい」

「いろんな奴が僕に言い寄って来るんだ。でも僕はシィズゥルが良いと思って」

えー、やっぱり虫除けかよ。


シェーディは両手で俺の手をそっと掴んだ。

「昨日叔父上に言った事は本当だよ?会った瞬間、君に魅了されたんだ。僕の運命の人はあなただって」

手の甲に軽くキスを落とされた。

「本当に、俺の事そう思ったの?外国人だから、物珍しい…」

「違うよ、シィズゥルが好きなんだ。外国人とか関係無い!」


シェーディは嘘はつかない。

でも、俺の気持ちは、シェーディと結婚とか、無い無い、考えられん!!どっちか母親とかね。


「俺は、ここの生活に慣れるのに必死で余裕が無くて、恋愛なんて考えた事がなかった。シェーディは大切に思ってるけど、恋人とか、結婚とかは…ごめん」


「いいんだ、無理強いはしない。今は僕の気持ちだけ知っておいてくれれば。シィズゥルへの対応は何も変わらないから」


俺はホッとして目を閉じた。シェーディは俺の頭をしばらく撫でてから部屋から出て行った。

罪悪感はあるが、いい加減な事は言いたくない。今はこれで良かったんだと思う。


暫くして、俺はエレミーの代わりとしてシェーディと一緒に魔法院内の医局に行く事になった。 

代わりには程遠いけど、雑用を進んでやるので重宝されている、筈だ。


魔法は、他の人からも散々教えてもらったが、コップ半杯ほどの水を出す、指先にろうそくほどの火を灯す、ごく小さな傷なら治る、がたまにできる、時もある、で終わっている。しょぼい。

それ以上は動かせる魔力が無いそうだ。残念。紙で指を切った時に使えるからいいんだ!テープ貼った方が早い…


まあ、魔力多くても謎の使命があったら困るんで、その点は良かった。


シェーディは相変わらず優しい。ただ、時々俺を切なそうに見るのでドキッとする。

それから半年経った頃、今度は王宮に行かねばならんようになった。

現王の子が立太子式に臨むに当たり、王族全員が揃う事になったのだ。

俺は関係無いと思ってたら、皆の前で恋人宣言をした手前、パートナーとして出席しなければならなくなった。


そんな所へ行って、王様や皇太子に挨拶の仕方やマナーなど俺はおろかシェーディさえ覚束ないので、週末は2人してロドウェルの屋敷に行って皇族マナーを習いに行く事になった。


「でけえ」

サシェット邸を前にして俺は思わず日本語で言った。ホテルかここは!

これは街に住む用のこぢんまりした家だそうだ。んなわけあるか!

俺はこの時点でビビってしまい,シェーディに笑われた。何回か来たことがあるらしい。

普段着着てこなくて良かった。


ロドウェルは奥さんと玄関に迎えに出てくれた。奥さんは美人で美人で18歳の子供がいるのが信じられなかった。輝く銀の髪に緑の瞳。まるでエルフのようだ。

俺たちは早速お昼ご飯の食べ方から教わった。

奥さんは優し気な見かけに関わらず意外に厳しく、何回もダメ出しされた。


お陰で食べた気がしなかった。

その代わりおやつの時間は奥さん手作りのカップケーキとクッキーが出た。めちゃくちゃ美味しかった。

オーブン、いいな。こっそり思ってしまったら,シェーディの目が光った…また頼みそう。


ロドウェルとシェーディが仕事の話を始めたので、俺は奥さんミンティア様と世間話を始めた。

ミンティア様は水の魔法が使えるが制御ができず,学生時代、練習中にロドウェルの上から滝のように注いでしまい、それ以降も、上手くいかず、結局自らの意思で封印しているそうだ。


結婚は幼い頃親同士が決めたが、会った時通じるものが有り、ミンティア様はロドウェル様と結婚したいと思ったそうだ。

「どうしてそう思ったのか分からないけど、運命とか?」

ポッと赤くなるミンティア様はとても可愛かった。年上の男なのに庇護欲をそそられる…男同士の結婚もだいぶ違和感無くなってきた。

まあ、美男美男だから、許されるのであって、俺とシェーディではなあ。


ミンティア様はお菓子作りの他に狩猟の趣味があり、機会があれば一緒に行こうと誘ってくれた。

猟るの、魔獣だよな。見た事ないけど。


一回だけ森にいる時1メートル位のウサギの魔獣をチラッと、長い耳だけ見かけてから、シェーディは俺に薬草取りについて行くことを禁止した。過保護すぎるだろ!

狩猟には大いに興味が湧いた。が、その前に馬に乗れない。

まずは乗馬教えて下さいって言ったら小さく笑われた。笑う声まで可愛い。男なのに。


そのほかに王族と会った時の挨拶の仕方や、前を辞すときの言葉、典礼マナーなどを習った。ミンティア様も公爵家の出身で、王族とも交流があるので完璧だった。

夕飯は習ったことをフル稼働で思い出しながら頂いて、まあ、及第点を貰った。


帰りに、おやつに食べた菓子を頂いて、馬車の中でミンティア様の話をするとシェーディがなぜかヤキモチを焼いた。

「ミンティア様はロドウェル叔父上の奥様だよ?」シェーディの狭量を笑った。

「外見が物珍しいのと、料理の話ができて嬉しかったんだろ」


しかし、ミンティア様は以降、僕に並々ならぬ関心を向けるようになった。

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