第3話 ちょっとだけ、ちょっとだけ遠出してみた
昼から暇になった。
シェーディに付いて行って、何か仕事をさせて貰おうかな。そうだ、魔法も教えて貰おう、と考えながらふらふら歩いてたら道に出た。
こっちに行ったら、この世界に現れた時の場所だ。魔獣の事が頭をよぎったが、まだ昼間だから大丈夫と歩みを早めた。
森が見えてきて、立ち止まった。くるりと辺りを見渡したが、何も変わった所はない。
空間が歪んでるとか、パックリ深淵が口を開けてるとか、無いな。それはそれで怖い。
全く普通の原っぱと森だ。
森の中には1人で入りたくない。
俺がいなくなった事、もう誰か気付いてくれたかな?両親とはそんなに連絡とってなかったし、学校の友達は、1週間もしたら気付いてくれるだろうか。
大学も試験あるのに、このままだと留年だ。
いや、そもそも帰れるのか?
「あーあ」
思わず声を出して草の上に構わず寝転んだ。
何の為に此処に来たのだろう?
勇者や聖女じゃないみたいだし、チート能力も言葉がわかるだけで話したり読み書きはできない。
現状シェーディにおんぶに抱っこだ。彼の好意が無ければ俺はどうなっていたか。情け無い。
後は魔法適正があるのにかけるだけだ。この世界で少しは役立つ人間にならなければ、前向きに生きていける気がしない。
俺は涙が溢れるまま、元の世界に戻れるまで此処で生きる決意をした。
「シィズゥル!!」
両肩を掴まれて起こされた。
「ん?シェーディ?どうした?」
呑気に言ったらシェーディは目を潤ませて抱きついた。
「心配したよ!帰ったら居ないから、あちこち探したのに!もしかしてって此処に来てみて、シィズゥルが倒れてたから生きた心地がしなかった!」
あれ?あのまま寝てたのか。そりゃ心配するよな。俺も抱き返した。
「怪我は無い?熱は?具合はどう?」
俺はにっこり笑って頷いた。
「帰ろう?」
「カエロウ!」
シェーディに手を引っ張られて立ち上がると、この世界に来てシェーディの家に行った時みたいに手を繋がれて帰った。
最初の時よりも、しっかり握られていて、俺を先導してくれている。心の中で、暫く甘えさせてと背中越しに頼んだ。
帰ってスパゲティをしたら喜んでもらえた。豚肉の残りは焼いて、ミネストローネスープも作ったら美味しいとお代わりされた。
次の日の休みにはもう一度その先の森の中に入って、シェーディの薬草取りを手伝った。ほとんど見てるだけだったけど。
すでに干してあるのを回収して、採ってきたのを干す。
自家薬をそれで賄う。風邪、下痢、頭痛、発熱、軽い火傷、切り傷。唯の草がそんなのに効く薬になるのが驚きだ。
こんな感じで過ごして、この世界は曜日は1週間に7日、1ヶ月は30日、一年は12ヶ月、と前とほぼ変化が無い中、ついに3ヶ月が過ぎた。
俺は自分が魔法を使えてないことを知って、シェーディに言われた通り魔法の発現を試みたが、全く何も起こせない。
本当にがっかりだ。シェーディは諦めるなって言うから、密かに練習はしてるけどね。見られると恥ずかしいし。
異世界転移イコール最強魔法の使い手とかじゃ無いのか⁈
因みに身体能力も、別に変わってない。
チートって何かねそれは。
「俺も仕事したい!家にいるの退屈だ!」
簡単な現在形、単純な過去形なら話せるようになってきたので、早速訴えていた。
俺の世界は話せるだけ話した。
「だから、あの場所に居たんだ」と納得してくれた。魔法を使ってないのに温かいおでんと冷えたビールも決め手になった。
向こうでは学校へ行って、働いていたと言ったら、年を聞かれて20歳と答えたら驚かれた。
シェーディは18歳で俺はそれより年下だと思われていた。
それでも、シェーディは「まだ早いよ」と言っていた。例の叔父に職場に来させるよう何度も言われてるみたいだった。
「一回だけ!シェーディの働く所、見たい!シェーディの叔父さんにも会いたい」と詰め寄って頬にキスしてみた。
もう挨拶代わりのキスには慣れた。シェーディ以外はしたく無いけど。
「ねえ、いいでしょ?」ニッコリすると、シェーディは赤くなった顔を逸らして、
「本当は君を叔父上に見せたく無いんだ。叔父は格好良いし、人当たり良いからシィズゥルは直ぐに好きになるかも」と言った。
「それは良い事じゃないの?シェーディの叔父さんには好かれたい」
「彼はウォンジなんだ。好かれたら大変だよ」
あれ、翻訳されないし、知らない単語だ。
「ウォンジって何?」
シェーディは言いたくなさそうだった。
「彼は今の王様の弟の1人なんだ」
「えっ⁈王様の弟?」
「そう。そして僕の勤め先、魔法研究院の院長だよ」
ちょっと待って、その事より重要な情報を言ってない。
「叔父さんが王様の弟、ウォンジなら、シェーディはえーと、プリンスじゃないの?」
「そうだね。一応」
があん、と頭を殴られたようだった。
「最初に何で言ってくれなかった?僕は君に失礼な態度ばかり…」
「心配しないで、そんな事ないよ。僕は叔父上の兄である父の婚外子だから、プリンスと呼ばれても、王族全員が集まるパーティでも行かないし。こんな所に普通住まないだろ?」
少し落ち着いた。確かに。
「確かに。シャワーも無かったな。それは文句言わないのかい?」
「生まれてからずっと此処で男爵家と縁を切った母と平民の義父とで住んでいたんだ。思い出もあるし、慣れてるから、ここが良い」
「変わったプリンスだなあ」
俺はしみじみ言った。
シェーディは父が亡くなって初めて本当の父が現王の二番目の弟の息子だと知った。
母は王宮を去る前に貰った恩給をシェーディの名義の口座に全て入れていたそうだ。
魔法の才能があったシェーディはそのお金で平民でも入学できる専門の学校に通い、魔法と薬学を勉強した。
努力の結果、首席で卒業して、今は研究院の臨時医局員として雇ってもらっている。
就職して暫くして院長が叔父に代わった。
実はその前から叔父の推薦もあったと知って辞退しようとしたら、難色を示された。兄と母には世話になったので恩を返したいと強く懇願されたのだ。
その結果、叔父から独立性の強い医局部の方へ回された。
「学校関係のお金は貰ったから、あとは返すって叔父上を通じて言ったのに受け取ってもらえないんだ」
「そりゃそうだろう!王様はお母さんに渡したんだから」
「叔父上ったら王様に申し出て、僕にも恩給を出す羽目になりそうだったのをやっと止めた。これ以上借りを作りたくない。残ったお金は使わなかったんだけど…」
「え?もしかしてシャワー室作った代金ってそこから出てんの⁈」
俺、王様のお金使わせたの?
「違うよ。給料からと、前借りして出そうと思ったんだけど、職場に請求書が届けられて叔父上が勝手に支払いをしちゃって」
「叔父さんが⁈」
俺の為に作ってくれたシャワー室はまさかの叔父の好意だった。これは是非とも会ってお礼を言わなくては!
「叔父上は僕が大好きなんだって。いつも何かしてやりたくてウズウズしてるそうだよ。ちょっと困ってるんだ」
シェーディはほんわかした雰囲気なのに、結構強気でしっかりしている。王弟の叔父にもちっとも萎縮してない。僕は改めて彼を見直した。
「すごいねシェーディ!僕は君を尊敬するよ。プリンスより、素晴らしいよ」
「ありがとう!君にそう言ってもらえて、とても嬉しい」
心から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「で?」
「え?」
「明日は出勤でしょ?連れてって。叔父さんにシャワー室の礼を言う」
「えーっ!それとこれとは別。ちょっと待ってて!」
結局、毎年恒例の、院長つまり王弟である叔父主催の年度末パーティがあるので、それについて行くことになった。
これなら他の王族は来ないし、出席者は魔法院勤務者とその家族だけだ。
念の為、シェーディの立ち位置を聞いて確認した。
王様は3兄弟の1番目だ。シェーディのお父さんは2番目だったが、亡くなっている。気にかけてくれる叔父は3番目。シェーディの父は正妃との間に2人の息子がいる。
父は結婚する前、シェーディの母と深い仲になった。が母は男爵家の三男で単なる侍従だった為、シェーディができると身を引き、仕事を辞めて事情を知っている幼馴染の義父と結婚した。
義父さん偉い!
ん、ちょっと待って。僕の聞き取り能力はまだ絶対合ってるはずだが、今の話の中におかしい単語がある。
『母は男爵家の三男で侍従』って聞こえた。
「シェーディ、お母さんは男爵家の3番目の子だよね?」
「そうだよ。貧乏貴族だったらしいけど」
「お母さんはオンナ、あれ?オンナって何て言うの?お母さんだよ?お母さんてどうやってなるの?」
「何?赤ちゃんを産んだ男がお母さんだよ」
「え、なんて?」
「だから、結婚して赤ちゃんを欲しいなって思った男がお母さんを選ぶ」
えー!やっぱりここは異世界だったー!
街で女の人を見かけないのは、アラブ人みたいに中で囲ってるからじゃなくて、そもそも、居ないんだー。
「もしかして、僕も赤ちゃん産めるの⁈」女がいない衝撃と男が子を産むというのが信じられない。
シェーディは心なしか顔を赤くして、モジモジしながら言った。
「え、シィズゥルが産みたいの?それなら結婚したらできるようになるよ」
うぇ、それは無い。結婚したらできるってコウノトリが運んでくるとかじゃ無いよな、多分。
「それは結構です。僕は外国人です。黒髪黒目は目立ちます。子供が同じなら可哀想です」
取り敢えず、真っ当そうな理由を言った。黒髪黒目は優生遺伝だろ。
「そんな差別させないよ!シィズゥルとの子供だったら絶対可愛い…」
シェーディはハッとなって自分の口を手で覆った。顔は更に真っ赤である。
「何でシェーディが赤くなるの?そんなに怒らなくても結婚も子供も予定無いよ。僕は結婚相手には選ばれないだろう」
差別反対主義か、さすがシェーディ!僕はにっこり笑って言ったが、シェーディは不機嫌になった。
「シィズゥルは性格も良いし、綺麗だから結婚相手は絶対見つかる。見かけの違いだけで子供を諦めないで」
おう、やけに勧めるね。どう見てもシェーディの子の方が顔面偏差値高いと思うけどな。
俺は再び街の服屋に連れて行かれ、今度はオーダーメイドを作らされた。
「会社のパーティだよね?おじさんに良く思われたく無いんだよね⁈」あちこち測られて布を当てられてぐったりしている俺はシェーディに文句を言った。
「でも、シィズゥルを格好良く見せたいんだ、でも見せたく無いんだ」
「どっちなんだよ⁈」
「分かります、プリンス。最高の一品に致しましょう」
「頼んだよ」
俺を無視して店員さんと話が進んでいく。あ、この人シェーディがプリンスなのわかってたんだ!ずるい!
なんと、新たな真実が明かされた。
プリンス、シェーディはシェルディエル・オーブリーが本名だった。義父の姓を名乗っている。プリンスやる気0だね。
両親はシェーディとしか呼ばなかったし、本人もそれで良いって言うから変えない。シェルディエルとか難しい発音で咄嗟に呼べそうにない。
1ヶ月後。楽しみのような,そうじゃ無いような当日がやってきた。明るいベージュに前身頃に水色が切り替えが入っている。黒い縁取りが入った膝丈の長い立襟ジャケットにスラックス。首にはお守りのネックレスを服の中にしまい、見えないようにつけている。
ジャケットは隠しボタンで、一番上に青い石が嵌め込まれた金の飾りボタンが付いている。
髪の毛はピッシリと後ろに撫で上げて纏められ、にわか王子様だ。額が広いから嫌だったのに、その方がいいと散々言われて前髪を上げた。
もう、笑われる未来しか浮かばない。
シェーディは、僕と似たようなデザインで薄いブルーに、黒い縁取りで、一番上は黒い宝石のボタンになっている。
僕は目立ちたく無いからいいけど、黒なんて暗くなるから止めといた方がいいと言ったのに、牽制の為必要とか、意味不明なこと言って押し通した。
まあ、僕よりよっぽど似合ってたけどね!
2人で並んで(僕は後ろに付きたかったのに)入場すると、拍手が起きた。俺はギョッとして後ろに下がろうとしたが、腕を組まれて阻止された。
もしかしなくても、此処で一番偉いの叔父さんの次にシェーディじゃないか!!
汗をかきながら連れて行かれ、最初にやっぱりシェーディそっくりの叔父に挨拶する。
「こんばんは、叔父上。僕の恋人を紹介します」
首が折れるかと思うくらい勢いよく振ってシェーディを見た。
彼はにっこり笑って頷いた。
ちょっと待って、打ち合わせしてない、聞いてないよ。
肘で突かれて僕が先に言わねばならぬと悟った。
「静流・大月です。よろしくお願い申し上げます」声が震えるのを必死で抑えて言った。
「オウツキ殿、ロドウェル・サッシェントだ。甥の面倒を見てくれてありがとう。前から会いたいっと言ってるのにシェーディは中々見せに来ないから」
「光栄です。シズルと呼んで下さい。シェーディは心配性なのです。僕は迷子になっていたところを助けられたからです」
「以前はどこに住んでいたのかな?」
どうしようかと考えたが、良いのが思いつかなかったので正直に言った。
「遥か遠方の小国です。名前はニホンと言います。誰も知らないのです」
「うーん、初めて聞く。どうやって此処まで来たのだ?」
「わからないのです。気付いたらシェーディの家の近所の森の手前に立っていました」
「転移陣に踏み込んだのか?そんな遠方からの移動が可能なのか?」
「転移?何も分かりません」
叔父のロドウェル公爵はシェーディを見たが、シェーディも首を横に振った。
「シィズゥルのいた所を見ましたが,それらしき物はありませんでした」
「院から調査しようか?」
「多分何も見つからないと思います。僕も残滓が有れば気付いたし、シィズゥルからも、魔法の痕跡はありませんでした」
「そんな身元不明者をよく家に置く気になったな」ロドウェルは呆れて言った。
「一目惚れなのです!」
ずいっとシェーディは叔父の方に踏み出した。
「森から出た時見えた細く頼りない姿。艶やかな黒髪と神秘的な黒い瞳。切れ長で細い顔、薄い唇。穏やかな物腰に、敢えなく恋に落ちたのです」
俺は居た堪れなくて項垂れた。モノは言いようだ。ただの貧弱な日本人をそこまで美化できるな。
縁談とか迫られてるのかな?俺は防波堤か何かか?話を合わせといた方が良いのか??
頬に柔らかい感触があってキスされた事に気付いた。
「彼も、不安な境遇ながらも、僕を受け入れてくれてます。いずれは結婚も考えています。協力してくれますよね?叔父上」
「ううむ、そこまで気に入ってるのならば、私から言うことは無い。仲良くしなさい。婚約式についてはまた、話し合おう」
「ありがとうございます、叔父上」
け、結婚?俺の顔はさーっと青ざめた。冗談だと思いたかったが、2人ともそうは見えなかった。
シェーディに問い詰めたくても、次から次へ来る他の同僚と僕との関係を話しているので割って入れない。
仕方無く会場の端に行って、置いてある食べ物を適当に取って突いていた。
む、意外に美味しい。現実逃避も兼ねて食が進む。
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