第2話 シェーディの家で落ち着いて、次の日は街に行った

昼間作ったおかずはパン以外まだまだあったので、お湯を沸かして体を拭くことにした。

まだ日は高いし帰ってこないだろう。


着替えはないので慎重に服を脱ぐ。

コンロで沸かしたお湯を薄めてタオルらしき布を借りて身体を拭く。なんかさっぱりした。台所で全裸で立ってるのが変態みたいだが、風呂場が無いので仕方無い。


誰もいない開放感でトランクスだけ履いた格好で、残った冷めた湯で小麦粉(多分)と塩を混ぜて、クレープに挑戦しよう、と思ってたら玄関の戸が開いた。


「あ」

シェーディ!帰るの早すぎ!

「ただいま、シィズゥル!」

戸口から2、3歩入って突っ立ったまま、シェーディは俺を上から下まで見下ろした。


俺は鍛えていないので太ってはいないが締まりのないフニャッとした身体付きだ。そんなに見ないでほしい。


シェーディの顔が赤くなった。

「どうしたの?なんで裸」

俺はテーブルに置いた濡れたタオルを指差した。その後身体をポンポン叩くとわかってくれたようだ。

「あ、うん、わかったから、服着て?」

俺は急いで服を着た。


「ごめんね、ここはお風呂無いからか」

シェーディは俺に近付くと両手をかざした。

「プリフィケシオン」

少し全身が冷んやりした。


この時は何言ってるかわからなかったが、毎日やってもらい、やっと「浄化」とわかった。

部屋も服も、だから汚れなかったのだ。

しかし、呪文系はなぜか翻訳されない。

「いつもコレで済ましてるからなあ。シィズゥルはシャワーしたいよね。作ってもらおうかな」


魔法だ!と少し浮かれていたが、なんか気になる事を言っていた。

シャワー作るって…

俺が首を振ると

「気にしないで。前からもうちょっと便利にしろってうるさく言われてたから」


「ペグハヴ」気にしないで、と苦労してそれっぽい発音をしてみた。

「そう、そうだよ上手いね。ここの言葉話す気あるなら、子供向きの教本貰ってくるよ。ここのは専門書ばかりだから」

是非欲しい。暇つぶしにもなるし。潰してる場合ではないが、現状この世界で生活するに自分の事を話せないのは苦痛だ。


「そう言えば何作ろうとしてたの?あれ、スープ作ってる?これポム?」シェーディはとても驚いたようだ。

俺も大人の一人暮らししてたからな、たった2年だけど、このくらいは作れるぞ。


俺はにっこり笑ってクレープもどきを焼き始めた。生地をなるべく薄くしてせっせと何枚か焼くと、砂糖をまぶしたいと思った。

俺は塩が入っているツボを指差してその横をトントン叩いてみた。

シェーディは最初わからなかったようだが、クレープに振りかける動作を追加すると、上の棚からツボを出してきた。


「*蜜かけたら美味しそうだ」

砂糖…ま、いいか。何の蜜なのか聞き取れなかった。

俺はクレープに薄焼きポムと謎蜜を少しかけてくるくる丸めてシェーディに渡した。

「これ絶対美味しいやつだよ〜」とシェーディは言ってかぶりついた。

「えーポムが甘い。バターの風味がいい!美味しいよ、シィズゥル」


シェーディは俺の首に手を回すと頬にキスした。

「え?」

驚いて見つめたが、シェーディには全く邪気が無い。こっちの世界の人間にしたら普通の事、なのか?

深く考えないことにした。


シェーディは魔法研究院と自分が所属する医局のことをまな板に水の勢いで話し始めた。

医局は薬草の調合をしていて、家で作るものは全て院で作っている物と同じで、家の薬草は調合の練習用と実験用だそうだ。

医局が週3日なのはその勤務が普通で、後は自由出勤で、お金は貰えないけれど研究院で魔法の勉強をして、実戦練習もしている。

ホワイト企業だ〜。


しかし、寝ようと2人してベッドに入ったら困った事になった。シェーディが正面から俺を抱きしめたのだ。

「ごめんね、ただでさえ1人だったのに、心細かっただろ?なのに、美味しいご飯まで作ってくれてありがとう。僕も1人暮らしだったから、帰ったら君がいると思うと嬉しくて、早目に帰らせてもらったんだ」


シェーディの胸に頭を抱え込まれて、髪を優しく撫でられた。

普通なら見知らぬ男にそんなことされて嫌に決まってるはずだが、シェーディにはそんな気持ちは起きなかった。

それどころか、凄く安心して、また少し涙が出た。言われた通り寂しかったからだ。背中も撫でられて、そのまま知らないうちに俺は眠りについた。


次の日俺は元気一杯のシェーディに起こされた。

「今日は休みだから街に連れて行ってあげる。君の服買わなくちゃ、あの格好じゃ目立つからさ。ついでに君を置いていった人たちの情報が無いか聞いてみよう」


はっきり目が覚めて、嬉しくなった。本当にいい奴だ。せっかくの休みを俺のために動いてくれる。申し訳ないが、シェーディに頼るしかない。

俺が仲間に置いて行かれたのは勘違いだが。


昨日のクレープを既に作れるようになったようで、朝ごはんは庭の野菜を細く切って謎のソースをかけて巻いて食べた。新鮮な野菜はどうしたって美味しい。


朝は食後にチャイのようなモノを飲んでいる。シナモンやジンジャーの味がする。薬草の中にこの系統のものがあるみたいだ。


だべっていると、馬の嘶きが聞こえてドンドン、と戸を叩く音が響いた。

「来たね、行こう」

俺はシェーディにフード付きのマントを頭から被せられた。

何と、街中まで馬車で行くんだ。俺はシェーディをじっと見た。

「歩いていくより、仕事場の馬車借りた方が楽だろ?」と悪戯っぽく笑う。


初めての馬車は、振動が結構ダイレクトにきて、フカフカの椅子だったが、長時間は無理かもしれない。

この馬車、外は古めかしいのに中はとても綺麗でクッションもツヤツヤした布でふわっとして触り心地がとても良い。

なんか、お忍びの馬車って感じ。


乗り心地はイマイチだったが良い気分で街中まで運んでもらった。

帰りも送ってもらえるので、心置きなく街を堪能できる。

少し行くと商店街みたいなところに出て、いろいろな店があり、食べ物屋が、屋台を出していたり、小さなレストランらしきものもある。


フードを外し、ポムジュースを貰って飲んでいた俺は、先程から何かしら視線を感じていた。周りを見ると皆目を逸らす。みんな、俺を見ていた。

そう言えば周囲の人間で俺みたいに日本人顔で黒髪黒目の顔を持つのがいない。色素薄い人ばかり。


俺はフードを被り直すとシェーディの袖を引っ張って、服屋らしき店を指差した。

無遠慮に見られるのは良い気がしない。

シェーディも気付いたのか「ごめんね、早く入ろう」と飲み終えたコップを店に返すと、手を繋いでその店に入った。


中は静かで、奥からかっちりしたスーツを着た老年の男がやってきてお辞儀した。

「今日はこの子に合う服を買いに来た。外国からやってきて、こちらの服が無いんだそうだ。適当に3、4着見繕ってくれ。下着もね」

おや、微妙に偉そうな口調になった。店員にはそんな態度が普通なのか?


店員は俺の姿を上から下まで厳しい目で見てにっこりとして頷いた。

「お任せください」

適当に、と言った割に、シェーディはアレコレ口出しをしだして最終的に4着決めるのに何回も着替えさせられて、多大な時間がかかった。裾上げの時間の間、昼ごはんを食べに行くことになった。

まだ1軒しか店行ってないのに疲れている。


お昼は2階にある洒落たレストランだった。店長らしき人が出てきて丁寧に席まで案内された。

「ここの料理は何でも美味しいんだ。メニューわかんないだろうから、任せてね」

それなのに客がいない。大丈夫なのか?


「また、叔父は、変な気を回して、貸切にしたな⁈」とシェーディは顔を赤らめてぶつぶつ言った。


不穏な言葉を聞いた。店を貸切だと?一体その叔父は何者?金持ちらしいが、シェーディはそんな風に見えない。

「オンクル?」通じたかな?

「叔父?そう、僕の父の弟で、ちょっとお節介なんだ。僕を気に入ってくれてるのは良いんだけど、構いたがりが度を越す時があって、困ってるんだ。そう言えば君に会いたいって言ってたな」


えー、シェーディの叔父ならやっぱり美形なんだろうか。構いたがりは遺伝だな。謎の迷子に会って何が楽しいんだろう。


ランチを堪能し、レストランを出たのでてっきり服屋に戻るのかと思ったら、別の店員さんが、馬車まで持って行ってくれてるそうだ。いつ支払いしてたの?そのサービスは普通なのか?ドンドンわからなくなっていく。


後は、文房具を売ってる店に行って、俺用にとペンとインクと大量の紙を買ってくれた。昔見た事はあったがこのペン、俺に使えるのだろうか。

本当に申し訳無いが金が無いので全て出して貰っている。


俺が困った顔をしていると、シェーディは明るく笑って

「申し訳無いとか思わないで。僕はお金には不自由してないから。その代わり、もうちょっとだけ僕と一緒に暮らしてくれると嬉しいな」

と言われ、全く行く当てが無い俺はほっとしてすぐに頷いた。


もう一件不思議な道具と魔石を置いてある店に連れて行かれ、細い金色の鎖のネックレスを買って俺に着けた。親指の爪ほどの青い石がペンダントトップに付いている。

俺は勿論固辞したが、お守りになるから、と押し切られた。

どうしよう、下手な彼女より尽くされている。


シェーディは更に店長に風呂場の増設とシャワーを頼んでいた。そんな事も頼める店だったのか。本気かよ。店長も明日行くとか、暇なのか?

俺は途切れなく注ぎ込まれていく金額を思い、胃がキリキリと締め付けられるような感じがしてすっかり疲れてしまった。

食糧を買うのに付き合って、他に行きたいところはないかと尋ねられたが、首を振ってつい日本語で帰りたいと言ったら通じた。よほど疲れた顔をしていたようだ。


「じゃあ、最後に此処だけ」

と、やけに人の出入りが激しい店に着いた。

俺が気後れして戸惑っているとシェーディは手を握ってきて教えてくれた。

「此処は就職斡旋所なんだけど、ついでに得た情報を教えてくれるんだ。僕の知り合いがいるから、君の事聞いてみよう」


どきどきしながら中に連れて行かれると4、5人ほど男の人が居て、大きな掲示板に沢山貼られた紙を真剣に見回していた。


シェーディは、奥のカウンターへ向かい、左に座っている人の方へ行った。

「エドガー」と声を掛けると、俯いて書類の様な紙に書き込んでいたが、ふいっと顔を上げた。

「お、シェーディ!」

明るい茶色の目と軽い癖毛を短く刈っている男の人だ。20代半ば位?半袖から見える腕は筋肉質で強そうだ。鍛えるの趣味かも。


「久しぶり!」

「そうだな、最近顔見せねーから。仕事忙しいのか?」

「ごめんね、そうじゃないんだ」

「ん?その子は?」


俺は斜め後ろに居たのを引っ張られて前に押し出された。うわわ。

「シィズゥルって言うんだ。僕の家の近くにある外れの森の手前に居たんだ」

エドガーはフードを取ってペコっと頭を下げた俺を上から下まで無遠慮に眺めた。

「迷子らしいんだ。この容姿だから、この国の人じゃ無いだろなと思って。似たような人達、商団とかで街に来なかった?」

「迷子ってこの歳でか?」エドガーは見るからに胡散臭そうな顔で僕を見ている。


エドガーの応対は仕方ない。知らない人に会ったら、こんな態度が普通だろ。シェーディは警戒心が無いのか?


「周りに誰も居なくて、持ち物は変わった食べ物だけだったんだ」

「スィズルーに聞けばいいだろ?」

「この子、言葉は何とかわかるけど、話せないんだ。読み書きもね」

「思いっ切り外国人じゃねえか」エドガーはため息をついて言った。

「外国人がこの街や周辺に現れたって聞いてないな。そもそも、周辺の国でも髪や目が真っ黒な人種居ねえだろ」

「そうだよね、僕も職場の人に聞いたけど、誰も知らないんだ」

シェーディは残念そうに言った。


あんな簡単に移ってきたから、もしかしたら他にも来た人いるかも、と少し期待してたけど、近くにはいないんだ。


「それで?」少し間を置いてエドガーは続きを促した。

「ああ、また来るよ。情報があれば、教えてくれたら嬉しいな」

「わかったらな。それで、スィズールはどうするんだ?」

「シィズゥルは、僕が面倒見るよ」当然のように言ってくれた。

「は?めちゃくちゃ怪しい奴なのに?」

シェーディは不機嫌になって言った。

「怪しく無い無い!とても良い子だよ?」

俺は大きく頷いておいた。

エドガーは不満そうにぶつくさ言っていたが、シェーディは適当に相手してから僕の手を掴んで出て行った。


シェーディが俺と手を繋いだ時、エドガーが目を見開いて口をパクパクさせていたが、シェーディは気付かなかったようだ。


怪しい男の手を持つのが信じられないのだろう。

もしかして、男同士手を繋ぐって、普通はしないのかも。

そう思って繋がれた手を軽く振ったら

「何?」と聞かれてその手を指差してみたが「一緒に帰るんだよ」と結局そのまま馬車まで連れて行かれた。



帰りの馬車では爆睡して、「着いたよ」と言われて目を覚ますと、何といつの間にかシェーディの膝枕で寝ていた。

あわあわと起きて「ごめんね」と言うと

「寝顔が可愛かった」と笑われた。

俺の寝顔が可愛い、だと?異世界人の感性はわからん。


夜はキャベツを使って小麦粉とスープ、卵、水を混ぜてお好み焼きもどきを作った。豚は塊で売られていて、薄切り肉が無いので細かく切って混ぜ込んだ。上には謎ソースをかけて。マヨネーズは無かったが、まあまあ美味しかった。粉もんは大阪の基本料理だからな。


今日も寝る時手を出してくるのでそうはさせまいと後ろを向いたらそのままでも抱きつかれた。

「シィズゥルは柔らかくて抱き心地いい」ぷよっとしたお腹を撫でられる。

不本意だが、満足して頂けたら…仕方無い。


シェーディのスキンシップ過多に慣れつつある自分が怖い。

離れないままシェーディは寝てしまったが、そのまま居たら俺も寝ていた。

えー、なんで?お互い気を許しすぎだろ!



次の日は出勤だった。

「あー、もう、行きたくないよ。ごめんね、1人にさせて。なるべく早く帰って来るよ」

シェーディは今生の別れが来たような嘆きようだった。抱き寄せられて両頬にキスを繰り返す。

大袈裟だなあ、と思わず笑ってしまった。

「僕だけかい?悲しんでるの」

と言われたので、シェーディの頬に一回だけ、そっと触れるか触れないかで口を付けた。


「行ってらっしゃい、良い子で待ってるよ」通じないと分かってたが日本語で言った。

シェーディは目を丸くして俺を見つめると、もう一度ぎゅっと抱きしめて

「行ってくる」と耳に囁いた。


何時にも増して甘い声に、ドキッとした。

シェーディは笑顔で出て行った。また、窓から馬車を見送ったが、今朝は気付いて手を振ってくれた。

振り返して、馬車が出たらテーブルに戻ったが、何故かまだドキドキしていた。


俺は文房具をテーブルに持ってきて、昨日習った2人の名前と、ポムやパン等身近な物の単語を書いて貰った紙を見て、書く練習を始めた。

やはり、字を書く以前に紙に引き攣れて無駄にインクを垂らしまくった。結果、線を引いたり、円を書いたりする練習からだ。

発音と文字は概ね規則に沿っており、覚えやすそうだ。文法はあまり分からんが、日常会話なら何とか取得できそうだ。

誰もいないので、気兼ねなく単語を言いながら綴る。


ちょっと飽きた頃お腹が空いてきた。畑にトマトらしきものがあったので、勝手に取ってすまないと心の中で謝り一つ取って齧ってみた。

トマトだったが、思ってたより酸っぱかった。日本のは苗や土壌改良で、甘くなってるから、本来のトマト味はこうなんだろう。オーブンとチーズがあれば、トマトソースにしてピザにするけど。

昨日買った食料品を入れた木箱を覗くと、紙に包まれたパスタがあった!ちょっと太くてきしめんに近い種類だ。

お昼は決まった。

残ったトマトソースは夜はミネストローネスープにしよう。いや、ナポリタンの方が良いかな?

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