異世界に来たらしいが、持ってたおでんはまだ暖かかったから、出会った人と食べたら結婚する事になった
Koyura
第1話 異世界に来たらしいが、持ってたおでんはまだ暖かかったから、出会った人と食べた
気がついたら知らない場所に立っていた。
俺は
ある夜中のバイトの帰りだった。コンビニで弁当でも買おうと寄ったら、おでんが仕込まれていた。少し肌寒い夜だったので、今季初おでんにしようと何品か選んだ。
一口お菓子とつまみのするめと発泡酒を買って外へ出ると一層寒く感じる。
おでんが冷めると早足で歩き出した。我が家まで後少しの距離。
ちょっと躓いた。コケたりはしていない。一瞬視界がブレただけだ。
なのに、全く知らない所に立っていた。
夜中だったのに、夕方だ。今いるところは膝下までの草が生えていて、前方を少しいくと森の入り口のようだ。
冷たくは無い風が通り過ぎていく。
思考停止した。スイッチをオフしたみたいだった。
ココハ、オオサカ、デハ、ナイ。
取り敢えず再起動したが、あまり役に立たない思考。ポンコツだ。
いやいやいや、誰だってそうなるよ。
ゆっくり周りを見渡したが、誰もいない。
もしかして異空間?それなら、異空間の管理人おじさんが来て元に戻してくれるかな。
ぼんやりとネットの噂を思い出して期待してみる。現実逃避だ。
しかし、目の前に広がる景色の何が現実なのか、はっきりしない。
そうだ、スマホ!俺はジーパンの後ろポケットを触ったが、無い。白のフード付きスウェットに前ポケットがあるが、何も入ってない。周りを探したが見つからない。
まだ分割払い終わってないのに。詰んだ。
暫く突っ立っていた。
「駄目だよーこんな所に居たら!」と言いながらやって来る管理人は、いつまで経っても現れない。
周りに現実世界に通じる扉もエレベーターも無いし、空間の裂け目も無い。
そんな色々な空想を打ち消し、ため息をついていると、前方の森から誰か出てきた。
人だ!と思ったが身体が動かない。今度は身体がフリーズしてしまったようだ。
急にヘソの下が熱くなって、頭がグワングワンと鐘の音の余韻みたいのが、脳が揺れそうな勢いで響いてきた。
何ナニ?帰れるの?
倒れそう、と耐えてたら唐突に終わった。
「こんにちは」近付いて来た男は気軽に挨拶した。
俺よりちょっと背が高い。
「森へ行くには遅いと思うよ」
金色の髪に青い目、少し日に焼けた白っぽい肌にはそばかすが浮き、それが男を幼く見せていた。
少し汚れた白いシャツに茶色のズボンとブーツ姿、片手に布を抱えている。斜めがけにしたこれも汚れた白い鞄は中身がいっぱいのようだ。
思い切り外国人顔なのに日本語を喋っている。
「ここは日本ですか?」
一抹の望みをかけて聞いてみた。
「え?何?なんて言ったの?」男は首を傾げた。
「え?日本語ですけど?」
思わず日本語で返した。
「あーごめん、わかんないや」
男は首を振った。
おかしい。向こうの言う事はわかるのにこっちの言葉が通じない。
ここで初めて違和感の正体に気付いた。頭の中で相手の声が日本語でするのだ。相手の口からは謎の言葉が聞こえたと同時に。
「初めて見たよ!黒い髪に黒い瞳なんて。でも、凄く素敵だ。何で、外国人がこんな街の外れにいるの?迷子?」
俺は激しく頷いた。
「迷子、なんだね?置いて行かれた?」俺はどうかなと思いながらも再び頷いた。
「仕方ないなあ、良ければ今夜は家においでよ。でも、何も持って…それ何?」
俺はやっと自分が手に持ってるものを思い出した。
「おでん」
「おでン?」向こうの言った言葉は変なイントネーションで返ってきた。
此処には無いんだろうな。
男の金髪を眺めて残念に思う。
ぐーっとお腹が派手になった。そうだ、バイト帰りで夕飯まだだった。でもこんな時に、と思ったが取り敢えず逃避したかった。
「おでん、食べていい?ちょっとあげるからさ」おでんの袋を相手に近付けて、口をパクパクさせてみた。
「おでン?良い匂いだね。食べるの?いいよ」
俺は草原に腰を下ろし、男の服を引っ張って座らせた。
入ってた箸を使って具材を半分に切って男と食べた。
流石にこんにゃくは止めといた方がいいと、首を振って、不味そうに食べてみせた。
「二本の棒でよく掴めるね。見たことない具材だけど、美味しいし、温かい。魔法使えるの?」
男はとんでもない事を言った。
まほう、魔法だと⁈
俺は驚いて首を振った。いや、もしかして俺にも使えるかも。後でやり方を聞こう。
テンションが上がったが、いや、そうじゃ無い!
動揺しながらおでんを食べ終わって、発泡酒の缶を開けた。
興味深そうに見るので一口飲んでみせて渡した。
男は匂いを嗅いで、シュワシュワと炭酸が立てる音を聞いていたが思い切って飲んでいた。凄いな、その冒険心!
「くわあ、何これ、凄い炭酸!ちょっと味違うけど、ビエーだ!こんな入れ物見た事ない。外国のなんだ」
うん、外国だ。帰れるかどうか分からないほど遠くなった外国だ。じわじわと胸に何かが染み出してくる。
「ご馳走様!早く行こう。この辺りでも暗くなると偶に魔獣が出たりするしね」
魔獣⁈
俺は慌てて残りの発泡酒を一気に飲んだ。
ここは本当に異世界だ。魔法と魔獣がいる場所は地球上にどこにもない。
地球食最後のおでんを食べ終えて、ビールのアルコールのせいか、ようやく感情が戻ってきて、遂に俺は泣き出した。
「大丈夫だよ、僕も探すの手伝うからね」
慰められて、手を繋いで早足で歩く男の後ろを、涙越しのぼんやりとしたシルエットで捉えながらついて行った。
そこからすぐに土で平らに慣らされた道に出た。暫く歩くと大きな木が一本立っており、下に小さな平屋の家が立っていた。そこからポツポツと家が道なりに続き、遠くに三階から五階建ての建物が密集して立っていた。あれが街の中心だろう。
「小さい家なんだ。招いといてごめんね」ちょっと恐縮してたので、首を振って笑顔を見せた。いつまでも泣いていた訳ではない。家に着く前には泣き止んでた。
「こっちの言う事はわかってるみたいだね。なのに話せないなんて不思議だ」
俺もそう思うと頷いた。
木の扉に付いた鍵を開け、中に入ったら真っ暗だった。
「ルミエ」男が言うと両壁にかかっていたランタンに火が灯った。火より明るくて白い。
入ったら、そのまま奥にテーブルがあって更に左に空間がある。
「さっきおでン食べたけど足りないよね」
と男は左の空間、台所らしきところへ向かった。
俺も好奇心で後を追う。一つだけコンロがあった。
男は「アリュマージュ」と言うと、真ん中に置いた平べったい石が赤くなっていく。
フライパンを石の上に置き、ベーコンを切って乗せるとじゅうっと音がして良い匂いがして来たので熱くなっているのがわかる。
器用に片手で卵を割り入れる。
「ベーコンエッグってこっちにもあるんだ」
思わず呟いたが、男は首を傾げて
「ベェコネウだよ。何語なんだろ?ほんと聞いた事ないな。母音が多い言葉だ」
と言いながらある程度固まるとひっくり返した。
「え?ひっくり返すの?」
「何?びっくりした」
俺は首を横に振った。うーん、こっちの卵はしっかり火を入れないと危ないとか?
火を消すときは「エファシ」だった。
「何か料理法が違うのかな?慣れたら今度作ってもらおうか。おでン美味しかったし」
此処に置いて貰えるの?
「でも、いつまでもいられないよね」
俺の不安そうな顔を見て、笑顔になった。
「いいんだよ?いつまでも居てくれて。追い出しやしないよ!」
塩をかけたベーコンエッグを皿に移しながら言った。
見てただけの俺はせめてと、玄関から続くリビングにある木のテーブルに皿を運んだ。
「ありがとう、座っといてよかったのに」
後は鍋に残っていたスープを分けてもらい、フランスパンより数段固くて噛みきれなかったパンをスープに浸しながらベーコンエッグを突いた。
食べている間は喋らなかったのでそういうマナーかなと俺も黙って食べた。数種類の野菜と塩だけの味付けで素朴だが、とんでも素材のぶっ飛んだ料理が出てこないだけ全然マシだ。
食べ終わると食器が片付けられてカップにお茶のようなものが出てきた。澄んだ茶色だが、独特な匂いがする。何だろう。
「カモミイルの煮出したものだよ、口に合えば良いんだけど。薬草の一種で心を落ち着ける作用があるんだ。寝る前によく飲むんだ」
男はそう言って先に飲んで見せた。
俺も思い切って少し飲んでみた。草っぽい味だが良い香りだし飲めない事はない。
ちびちび飲みだす俺を見て微笑んでいた。
「そうだ、名前!言ってなかったよね?僕はシェーディ、シェーディ」
男、シェーディは自分の胸を押さえて言った。
「ジュシィ、静流(僕は静流です)」と聞こえた謎言葉を付け加えてみた。
「シューズルゥ?」
「しずる」
「シューズィロウ」いやいや、離れた。
自分の名前なんて単純な音に聞こえるのにな。
「し、ず、る」
「シーズル、シィズゥル」
「うん、そんなもん」と頷いた。
シェーディが嬉しそうに「シィズゥル」と繰り返すので、俺は終わらない名前読みに決着をつけた。
持ってきた一口お菓子、ミニシューチョコをあげたらまた感動していた。
勿体無いから1日一個ずつ食べようと言われた。
確かに、シェーディがチョコを知らなかったから、今後味わえないだろうな。
ちなみにスルメは未知の味で、いつ噛み終わればいいのかわからないと不評だった。
俺がうとうとし出すと、シェーディは寝室へ案内した。
部屋は1人用には大きめのベッドが鎮座していた。
「両親が使ってた寝室なんだ。僕の部屋は本と薬草の乾燥棚があって臭いし、狭いし、でこっちで寝起きしてる。悪いけど一緒でいい?」
え、一緒?今日会った他人と?いいのか?
「僕は洗い物するから、どっち側でも良いから先に休んでて良いよ。寝間着貸すね」
「俺はシェーディの部屋でいいよ?」
つい言ったけど、日本語は無論通じない。
「シィズゥル、良い夢を」
『お休みなさい』を言ったと思われたのか。
シェーディは俺の返事を聞かずに、寝間着を置いて出て行った。
寝巻きは厚手の綿ぽい生地で、頭からすっぽり被るタイプで裾が膝下まであるシャツだった。
シェーディの方が若干背が高いが、それにしても裾が長い。
ズボンが無いから、上だけ?なんか頼りないな、と思いつつ毛布を捲って横になった、
目一杯気を張っていたのだろう。ベッドで脱力したら、すぐ寝入ってしまった。
魔法の事聞くの忘れてた。
朝目覚めると背中が暖かい。これは何だろうと思ってたら「うーん」と頭の真後ろから声がした。
シェーディは俺の背中にくっつくように寝て、手を腹の脇に置いていた。
これはどうしたらいいだろう。
少し身じろぎしてみた。
「ん?あっ!」シェーディは慌てて起きた。
「ゴメン、昨夜寒くてちょっとくっついてたら、そのまま寝ちゃったみたい」
初夜からこの大胆さ。まあ、いいか。確かに暖かかった。
シェーディの慌てぶりに少し笑ったら恥ずかしそうにしていた。
パンとスープの簡単な朝ごはんのあと、外から馬の嘶きがしてきた。
「マズイ、もう来た」
シェーディはバタバタと急いで支度して(昨日シェーディが手に持っていた布はマントだった)戸口の方へ向かったが、こちらに引き返した。
「言う機会がなかったんだけど、僕は街中の医局で週3日働いてて、今日は連れて行ってあげられないけど、近いうちに紹介するよ。家で留守番しててもらえる?いきなり1人で街に行くのはお勧めしない。僕と一緒なら安心だ。いいね?」
一気に言われたが、シェーディの言う事はもっともだったのでうんうん頷いた。
下を指差してからその周りをくるっと一周させてみた。家の周りは出て良いかとジェスチャーしてみた。
「いいよ。でも遠くには行かないでね」と言われたので通じたようだ。
「お昼は、えーと、ポム、これと地下に干し肉があったから…」
ポムはりんごみたいな、果物かな?
僕は頷いてシェーディを扉の方へ押した。
「大丈夫だから、行って」気休めに日本語で言って、ついでににっこり笑った。
おでんは無理だけど簡単な料理ならできる。
シェーディは何度も振り返りながら出て行った。窓から見ると馬車に乗りこんでいた。
凄いなシェーディ、重役出勤だ。
家は小さいのに、高給取り?でも、街外れの森で多分薬草取ってた。
食生活もシンプル。でも、食べた事無いおでんを全種類貰っていた。蒟蒻以外。
俺はシェーディの全体像が掴めず、それ以上考えるのを止めた。
帰ったら聞こう。あ、こっちからは無理だった。
昼って、時計がないからわからんが、お腹が空いてきたので食べることにした。
ポムは酸味の強いりんごだった。干し肉(何の肉?)は齧ってみたが、持ってきたスルメより硬い気がした。
思い切ってコンロの前に立った。
ドキドキしながら、「アリュマージュ」とシェーディが言っていたのを真似てみた。
石が赤くなった!
「やった!」思わず拳を突き上げた。俺にも魔法が使えるんだと盛大に喜んだ。異世界こうでなくっちゃ!
後で、実際に仕事をしてたのは魔石で、使う時に言葉かけでオンオフしていただけだったと聞いて落ち込んだのは言うまでもない。
その時はルンルンで適当にあった野菜を刻んで、水を入れた鍋に干し肉を千切って一緒に煮てみた。アクをとって、塩しか調味料が無いので最後に入れて味をみた。うん、こんなもんだろ。
残ってたパンはフライパンで上の棚に、何故か冷えているガラスの四角い入れ物に入っていたバター(多分)を敷いて焼いてみた。一つラスクみたいになったのを、スープにクルトン代わりに入れる。
パンをフライパンから取り出して、スライスしたポムを並べる。砂糖が見当たらなくて、塩を少々振りかけて薄焼きりんごにした。
今更ながら米が食べたい。炊き立てご飯を思い出して口の中は唾液でいっぱいになった。
硬くてもパンでも有るだけ有難いが、どうして最後にコンビニでおにぎり買わなかったんだ。
シャケやツナマヨに思いを馳せながら、薄焼きポムパンを齧った。
食べ終わって片付けようとしたら水が無い。石鹸とタワシを見つけて浅い桶があったので、外まで持って行って井戸のそばで洗った。
布巾も無いからそのまま天日干しだ。
掃除や洗濯は道具すら無かった。まさかしないのか?そのままの割には綺麗だった。誰かに頼んでるのか?
風呂場が無いので、湯に浸かる習慣は無さそうだ。
今までもシャワーで済ます事が多かったので、残念には思うが仕方無い。
シェーディの部屋も覗いてみたら言った通り本と薬草の棚で一杯だった。人1人が通るのがやっとだった。
どっちにしても、これじゃ寝れなかったな。
本を見たかったが勝手に取っては駄目だろうと断念した。開くと吸い込まれる魔法書とかあったら更に困るし。
部屋は二つしかなく、もう一つ両扉を見つけて開いたら服が入っていた。
昨日来て居た服は普段着のようで、今朝着て行った服に似た物がかかっている。
立襟に太ももの半ばまであるジャケットばかりだ。下は普通にズボンだ。
その中で一枚だけダントツに袖や身頃に煌びやかな刺繍がしてあるかっちりとした立襟の青いジャケットと光沢のある白いスラックスがあった。
この家で暮らすには絶対要らない。何かの式典用かな?馬車で迎えが来るぐらいだから何かと、パーティとか出席するのかもしれない。自分には全く似合わないだろうそれを暫く見ていた。
中はすぐ見終わったので外に出てみた。
寝る前に使ったトイレは横に飛び出した部屋で残念ながらボットン便所だ。しかも横穴で外に繋がっていて、多分発酵させて畑の肥料になるのだろう。
少し離れたところに井戸と畑があった。
井戸はポンプ式だったので労力がいらない。ついでに畑に水を撒いておいた。
トマト、葉っぱから見て多分玉ねぎと、人参と、キャベツっぽい。同じ野菜なら抵抗なく食べられるから有難い。
上に広がる木の葉っぱは広くて、秋になったら大量の落ち葉が出るのでは?と今から危惧した。全部いっぺんに落ちたら家が埋まりそうだ。
辺りを散策したが、別段大したものはない。遠くに見える街にシェーディがどの辺りに居るのだろうと思った。
この世界で1人だと尚更感じて、寂しくなった。
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