第59話「媚薬」



 ――そこは窓のない広めの部屋だった、床にはふかふかな絨毯、天蓋付きのキングサイズベッド、小さな冷蔵庫が。

 通路側の壁はなく牢屋のように鉄格子が、否、牢屋なのだこの地下室は。


「……ではゆらぎ先輩、食事は三食届ける、解放は最短で三日後。よろしいですね?」


「ありがとうアリカちゃん、これで……ばっりち決めるっ! 次に会ったときは……ラブラブな恋人になってるってね!」


「ふふっ、御武運を……あ、それから例の物はわたしも使いましたが、かなーりキツイと思いますので解毒剤が必要でしたら別途内線でお知らせくださいね」


「ホントありがとうアリカちゃん……っ! 何かあったら額縁の裏の隠し内線で連絡するね!」


 アリカはイイコトしたわーとゆらぎとその傍らのベッドに寝ている真玄に微笑むと、背後に控えていた益荒男と共に部屋から去っていく。

 となると必然、残されるはゆらぎと眠らされたままの真玄。

 つまりは、誰にも邪魔されない、そして逃げられない豪華な地下室で二人っきりである。


(継奈も安井くんも、クラスみんなも……ありがとう、特に朱鷺先輩、真玄くんを騙す汚れ仕事を引き受けてくれて……)


 ――彼が逃亡すると宣言した時、ゆらぎは今までにない行動力を発揮した。

 高まりに高まった愛は、前世を告白された事により限界突破。

 彼女は彼が寝たのを確認するや否や、己が頼れる人物全てに連絡をし、策を練って。


「そしてこれで……あはっ、ははははははっ!」


 ゆらぎの右手には、ハートの形の瓶があった。

 その中は、ピンク色の液体で満たされている。

 如何にも怪しげなそれは、――媚薬、そう媚薬なのだ。


「じゃあ真玄くんが起きる前に……」


 ゆらぎは先に半分ほど飲み、それから残りを全部口に含む。

 そしてベッドへあがり寝ている真玄に馬乗りをすると、躊躇なく口づけをし、唇の感触を堪能した後で口移しで媚薬を飲ませた。

 過剰な愛情の前に、ファーストキスという概念はもはや存在しない。


(コイツやりやがったああああああああああああ!!! 今何を飲ませた!? マジで何!? さっきお嬢様がヤバイとか何とか言ってたよな!? それに止めろよ益荒男おおおおおおおお!!! というか僕が起きてるの気づいててさぁ! グッジョブみたいに親指立ててるんじゃねーよマジ冷や冷やしたからそんとき!!!)


 寝たままの、もとい寝たフリを続けている真玄はゆらぎの口移しに恐怖し驚いた。

 彼が目覚めたのは、この部屋に運ばれベッドに置かれた直後。

 だが薄目を開けて耳を澄ませて周囲を伺えば、詰みという言葉しか頭に浮かばず。


(マジで何飲ませた? 考えろ……ここは周防院のお嬢様の屋敷の地下、……原作にあったか? そういや主従逆転プレイしてたね、僕に飲まされた何かは? そんなもの……………………――――――あ゛っ゛)


 真玄の額に冷や汗がダラダラと浮かんだ、だってそうだ。

 心当たりがある、ありすぎる、然もあらん。

 女の子を破滅させ絶望の顔を見るのが性癖で、その為ならどんなに回りくどいこともする外道非道の原作真玄が……媚薬を使わない訳がない、というか使うイベントとシーンがあった。


(くそッッッ、一応一般人の原作僕が手に入れられていたんだ、周防院の力で手に入れられない訳がないじゃないか!!!)


 気づいてしまえば、心臓が強く早く高鳴り、非常にムラムラしてくる。

 真玄の真玄が痛いほど硬くなっているのが分かってしまう、不味い、非常に不味い。

 何せ。


(うおおおおおおおっっっ、本能がッ、僕の本能がもう素直になれって、理性とか前世とか全てかなぐり捨てて襲いかかって孕ませろって叫んでるうううううううううううう!!! つらいっ、我慢できないぐらいつらああああああああい!!!)


「――そろそろ起きましょうよ真玄くん、知ってるんですよこの部屋に来たときから目覚めてるって」


(しかもバレてるううううううううう!? え、僕の寝たフリを分かってて媚薬口移しで飲ませたのファーストキス奪ったの完全に故意じゃんかあああああああああああああああああ!!!)


「もう楽になりましょう真玄くん、今はただ愛と性欲にまかせて……私を思う存分抱いて真玄くんの女に、恋人に、お嫁さんにするだけなんですから。――あ、妹やお姉ちゃん、女友達とかママとか幼馴染みとかそっち系でもいいですよ?」


 真玄は我慢できずにガバっと起き上がり、ゆらぎに向かって怒鳴った。

 もう体面とか配慮とかしている余裕なんて砂粒ひとつもない。


「もう黙れよぉ!! 僕をイジメて何が楽しいんだよクソオンナアアアアアアアア!!!」


「私をクソオンナにした責任とってっ! せーきーにんっ! せーきーにんっ! せーきーにんっ! とっとと処女膜やーぶれっ!」


「可愛く言ってもなぁ……僕は絶対に手を出さないぞ、チンコが爆発しても魂にかけて手を出さないぞ……君のようないつか僕を殺すような地雷に手を出すもんか!!!」


「ふっふっふ~~っ、真玄くんがそう言うのは想定済みッッッ! そして私はもう弱点だって知ってるんです! ――我慢してもムダですよホントは私のコトだぁ~~い好きですもんねっ? このおっぱいも……、目も、髪も、声も、お尻も、性格だって、ぜーんぶ含めて大好きですもんね?」


「うぐッ!? そ、それは――」


 今の真玄にはもう、言葉で否定する余裕すらなかった。

 絶体絶命のピンチ、童貞卒業人生の墓場行き直行特急途中下車不可能。

 だがまだ耐えてみせる、そう拳を握りしめる前でゆらぎは。


「どこまで耐えられますか? ――じゃあ一枚一枚脱いでいきまーーーーすっ!」


「ノオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 処刑宣告に、真玄は心の底から叫んだ。


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