第57話「ありがとう」
何とか駅ビルから脱出した真玄は、敢えて駅から遠ざかりビジネス街を通り過ぎた先にある公園に居た。
その中央にある噴水のベンチに座り、護士木継奈に電話をかける。
『――単刀直入に言おう、手を引いてくれないかな護士木』
『名乗らないあたり、相当焦ってるねぇ氷里くん? それと、ウチがそんな提案に乗るとでも?』
『手を引いてくれたら君と素丸の新婚旅行の代金を全額支払おう――これが僕の本気と誠意だ』
『う、嘘っ、全額出して……え、幾らでもいいの!?』
『勿論だとも!! ――答えは如何に!!!』
継奈が提案に乗った場合、真玄は本気で支払う気で居た。
だが本命は違う。
交渉はあくまでブラフで。
(耳に集中しろッッッ、スマホから聞こえてくる周囲の音をよく聞くんだ!)
彼女の居場所が割り出せれば、素丸の場所も自ずと分かる。
真玄を皆が見失っている今、素丸と継奈が一緒に居ない訳がない。
(何処に居る……室内じゃない、雑踏、――電車の音! 駅に近い! 油断はできないがすぐに追いつける距離じゃない!!)
『――――ねぇ氷里くん? そっちの周りって結構静かじゃない? ウチとは結構距離が離れてる??』
『ッ!? ……そうかもしれないね、だって僕は逃げている訳だし。ところで答えは出たかい? 今回の件から手を引いて欲しいんだけど』
『ウチの答えはノー、悪いけどゆらぎに協力するって決めたんだ』
『そうか残念だね』
『ちっとも残念そうに聞こえないよ氷里くん、それに……今すぐにでも通話を切って逃げようとしてる、そうでしょ?』
『ま、そんな所だよ。じゃあ――』
『――待って、ウチは氷里くんに少しだけ言いたいことがあるんだよ』
何故か暖かみのある声に、真玄は切ろうと思った手を止めた。
聞かなきゃいけない、無性にそんな気がして。
『実はね、最初はウチ氷里くんのコトすっごい警戒してたんだ……』
『え、理由を聞いても??』
『ウチが水晶占い得意なの知ってるでしょ? それで、ゆらぎと仲いい見知らぬ男の子は誰だーって占ってみたらさ…………すっごい悪い結果しか出なくて』
『………………なるほど?(それ原作でもあったやつううううううううう!!!)』
気づかぬ所で原作イベントが発生していた、どうして気付かなかったのかと真玄は己を呪った。
だが同時に気付いた。
ならば何故、継奈は素丸と恋人になったのだろうと。
(僕の記憶が確かなら……原作素丸の恋愛感情が拗れた原因のひとつに、護士木さんの水晶占いで悪い結果が出たから拒絶されたってのがあった筈なんだけど)
彼が困惑する中、継奈は続けた。
『――でもね、氷里くんはウチの占いの結果を尽く覆してみせた、大きな不幸が訪れる筈のゆらぎの運命に幸運の光をもたらした。…………ありがとう氷里くん、お陰でウチは知ったんだよ、占いの結果なんて、運命なんて覆せるって』
『運命を……覆せる?』
『これは素丸には秘密なんだけど……最初に素丸を占った時すごい悪い結果が出たんだよ、でも』
『僕が運命を覆したから、護士木さんも行動した?』
『そう! ウチは氷里くんに勇気を貰ったんだ!!』
「――だからさ、俺と継奈はお前ら二人に幸せになって欲しいって……そう思ってる」
その瞬間、真玄と継奈の会話に割り込んで来た者が一人。
継奈の恋人で真玄の親友、安井素丸その人だ。
彼はスマホを耳に当てながら、真玄の前に立ちはだかって。
「ッッッ!? 素丸どうしてココに!? バカないつから……ッ、まさか最初から僕らの会話を聞いていたとでも!?」
『そういうコトだよ! それに――ウチの占いの結果でもあるんだ、氷里くんは悪い結果を必ず覆す……なら、悪い結果が出たならその裏を読めばいいってね!!』
「そういうこった、大人しく捕まれ真玄おおおおおおおおおおお!!!」
「素丸ううううううううううう!!!」
「真玄が居たぞ安井を援護しろ!」「囲め囲め!」「ビジネス街の公園にて氷里発見! 繰り返すビジネス街の公園にて氷里発見!!」「大人しく捕まれ氷里!!」
「くッ、流石に多勢に無勢か――――」
目の前に素丸という強敵が居るのに、更に四方八方囲まれて。
このままだと確実に捕まる、敗北する。
(――――負ける? 僕が? 終わるのか? え、こんな所で? まだ実家にすらたどり着けてないのに? このまま捕まってゆらぎに逆レイプからの監禁で人生終わるのか?? そのまま…………僕は殺される、死ぬ?)
背後に迫る生命の危機に、真玄は衝動的に叫んだ。
「まだだッッッ!!! まだ僕は…………童貞で居たいッッッ!!! 君たちにもあるだろう!? 夢見る初体験が僕らにもあるだろう!!! 嫌だっ、このまま捕まって逆レイプされるなんて嫌だ!! いっそ殺せぇ!!! 僕は…………本当は隣の優しいお姉さんって感じの大人の女性にッ、夏休みに一夜の過ち的に童貞卒業したいんだよおおおおおおおおおお!!!!」
それは魂の咆哮であった、素丸も、他の男子生徒達も思わず立ち止まった。
理解してしまったからだ、真玄の叫びを否定してしまえば、それは己の否定に繋がってしまうから。
だから、誰もが真玄を捕まえられなかった、むしろ彼が進む道を開けて。
「…………行け真玄、俺らにはその想いを否定できないッッッ、否定しちゃいけないんだっ!!」
「素丸……ありがとうっ!」
「礼なんて言うんじゃない、ぶっちゃけ俺らが見逃してもどうせ捕まって捕食されるんだろーなーとか確信してるけども……ま、ガンバレ?」
「そこは素直に礼を受け取ってよ!?」
「ははっ、ああそうだ、言い忘れてた」
「まだ何かあるのかい?」
「――――俺らは見逃す、だが……あの二人はどうかな?」
「えっ??」
真玄は素丸が指し示す方向、公園の出入り口を見ると。
そこには、アリカお嬢様と益荒男率いる黒服軍団が居たのであった。
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