第54話「救済」
自らが落ち着く為に、何よりガンギマリ状態のゆらぎを少しでも宥める為に不本意ながら戻ってきた真玄はホットミルクを入れた。
食卓にて対面で座り、それを半分ほど飲んだあと、真玄は話し始めた。
本当は、墓場まで持って行くつもりであったのが。
「――ねぇゆらぎ、君は前世を信じるかい?」
「それを真玄くんが信じているなら、私は信じますし絶対に疑いません」
「ははっ、君のそういう所さ……怖いけど、今は少しだけ嬉しいよ」
「怖いです? どこが怖いのか分かりませんけど……まず先に、真玄くんが言う前世とは」
「僕はねゆらぎ……こことは少し違う世界で生きて三十路ぐらいで死んだオッサンの生まれ変わりなんだ」
「――――それが、私から逃げる理由にどう繋がるんです?」
まっすぐに見つめてくるゆらぎの青い瞳、真玄が嘘をついてるなんて砂粒ひとつ程も疑っていない揺らぎないそれが彼は正直苦手でもあった。
同時に、羨ましいとも。
(僕はそんな風に誰かを信じられない、だって自分自身すら信じきれていないのにさ)
普段は心の奥底に眠られて、知らないフリをしていた。
だってそうだ。
「前世での僕の趣味はね、エロゲだったんだ。エロゲマイスターなんて名乗ってネットでレビュー書いてたんだ。結構人気だったんだよ?」
「前世でもエロゲがあったなら、今と何が違うんです? 魔法とかあったとか?」
「そういう非現実的なモノがあったらどんなによかったか…………、僕からしてみればね、ここは前世で死ぬ間際にプレイしてたエロゲの世界なんだ」
「どんな?」
「――僕が主人公の、君がヒロインの、……凌辱エロゲさ。ゲームの、原作の僕はそれはもう悪いヤツでね、女の子の尊厳を破壊し弄ぶのが生き甲斐だったんだ。顔の良さ、親の裕福さ、――自分が壊した女の子達を使って学校を裏から牛耳ってた」
どこが他人事のように話す真玄であったが、ゆらぎはその中に怯えが混じっている事に気付いた。
凌辱エロゲ、彼女自身はプレイ経験のないジャンルであるが今なら想像がつく。
その中で己がヒロインであったという事は。
「原作の私は、どんな人物で……どんな結末を辿ったんです?」
「悪い僕を騙されて恋人させられてさ、悪い僕の言いなりになって、愛される為に大勢の男に金で買われたり、教師達の賄賂として輪姦されたり……ああ、護士木さんを性奴隷に落として、身も心も、彼女の両親でさえ破滅させる道具として扱われたシーンもあったよ」
「…………最後は」
「飽きた僕に捨てられてさ、ショックを受けた君は僕を殺して終わり。その後を描いたエピローグがあったっぽいんだけど、僕はその直前のスタッフロールで死んじゃったから。ま、エロゲばっかやってて不摂生だった結果だから仕方ないんだけどね」
嗚呼、とゆらぎの喉から悲しみとも歓喜ともつかない音が漏れた。
この感情を、なんと言い表せばいいだろうか。
(……真玄くんは一度死んだ、当然、二度も死にたくないって思いますよね、でもそれ以上に――)
彼女は率直に。
「私と結ばれる事で真玄くんの死因となる、それを恐れていたってコトです?」
「ストレートに言ってくれるね、ま、そういうコトさ。僕にとって君は死神にしか見えない」
「でもでも、私のこと……魅力的だって、好ましい女の子だって言ってくれたですよね? それ、嘘じゃなくて真玄くんの本当の気持ちだと思うんです」
「否定はしないよ、前世を抜きにして考えても君はとても魅力的な女の子だ。でも……」
「私が怖い、そういうコトだったんですね――」
「…………なんでそんなに嬉しそうなの?? ねぇ、そういう所が怖いんだけど??」
聖母のような慈愛に満ちた笑みで、恍惚と瞳を輝かせるゆらぎの姿に真玄は恐怖した。
今、ゆらぎの心は歓喜と感謝に満ちていて。
だってそうだ。
「ふふっ、嬉しいんです。すっごく嬉しいっ!」
「…………ちなみに、なんで??」
「真玄くんがずっと胸に秘めてくれたことを話してくれたってのもあります、だってそれは私にそこまで心を開いてくれたってコトですよね? ――何より」
彼女は精神的な悦楽に、その身を震わせた。
快楽に耐えきれず己自身を強く強く抱きしめる、瞳孔は開きっぱなしで真玄を見つめたまま。
「私たちは、前世から結ばれることが決まっていたってコトが何より……嬉しいんですっっっ!」
「ッ!?」
「真玄くんの前世、真玄くんにとっては虚構の出来事にすぎなかったのかもですけど……それは神様のプレゼント、今の私が不幸にならないように与えてくれた警告、そして――運命、真玄くんを救い、一緒に幸せになる為の試練であり祝福……嗚呼ッ、嗚呼ッ、嗚呼ッ、やっぱり真玄くんは私の白馬の王子さまでした!!」
「そういう所が怖いって気付いてお願い!?」
「大丈夫です……私は真玄くんを殺しません、絶対に悪に堕ちさせません」
(――あ、これ絶対に逃げなきゃ詰むやつだ。殺す以外のヤバいコトが待ってても不思議じゃない!!)
「いいですよ逃げても、――だって私たちは絶対に結ばれるんです、絶対に見つけられるし……その前に巡り会う」
「ッッッ!?」
まるで心を読まれたような言葉に、真玄はもう恐怖しかなく。
同時に気付いた、己が死という運命を回避しようとして原作以上に恐ろしいモンスターを産み出してしまった事を。
全てが裏目にでて、彼女の好感度を上げに上げまくっていた事に気付いたのだ。
「うわああああっ、こ、殺される!? やっぱ僕は殺されるんだ!?」
「え、真玄くんは真玄くんのデッカイ真玄くんで私をハメ殺す方では??」
「下ネタまで言うようになった!? うわああああ、もうおしまいだっ、僕の人生終わった!?」
「まー、結婚は人生の墓場っていいますし、そういう意味では……終わりましたかね??」
「やっぱり終わったあああああああああ!!! 帰れっ! 帰ってくれ! うおおおっ、この部屋から出て行けええええええ!!!!」
「きゃっ!?」
恐怖に囚われた真玄の行動は素早かった、椅子から立ち上がるとゆらぎの後ろに回って腰を掴んで持ち上げる。
その勢いのまま玄関まで行って下ろし、ドアを開けると彼女を外にぐいっと押し出す。
だが、追い出される事に気付いた彼女は慌てて振り向き彼に抱きついた。
「あと一個、あと一個だけですから質問!!」
「…………答えたら隣に帰るかい?」
「勿論! 今は帰りましょう!!」
「じゃあどうぞ」
「――――私がゲームのキャラだから拒むんですか?」
「そう来たかぁ……」
真玄は少しだけ逡巡した、だがここまで言ったのならと。
「前世があるって気付いたのは子供の頃からだけどね、君がヒロインだって気付いたのは三ヶ月も経ってないんだよ」
「つまり?」
「僕ら、知り合ってどれくらいだい? 去年の入学式からだから一年以上経ってるワケだ……その上、ヒロインだって気付く前にこの半同棲状態だよ」
「もう一声っ!」
「流された節はあるとはいえ、半同棲を許しちゃった女の子を本当にフィクションだからってだけで避けてるとでも?? ――――怖いんだよ、死ぬこと以上に僕が僕でなくなるかもしれないコトがさぁ!!」
「もしかして……私とセックスしたら、悪になるかもって??」
「そうだよ、僕は僕が変わりたくないだけの、心の平穏が欲しくて心を許した君を、許してくれている君をさ、徹頭徹尾己の保身の為だけに避けてる臆病者だよ!!! くそっ、こんな事になるなら朱鷺先輩に童貞奪って貰えばよかったよ!!! ええいっ、自分が死ぬかもって情報があって冷静にできるか!!! 僕はずっと冷静じゃないよ!!! じゃあねおやすみッッッ!!!」
「………………なるほど」
そして、ゆらぎはぽいっと外に追い出された。
真玄は現実逃避で寝る為にベッドへ、逃亡は明日以降にしようと。
一方で彼女は、彼の弱さを知り胸をきゅんきゅんとときめかせ。
(――待ってて真玄くんっ、私が教えてあげるから、私とセックスしても真玄くんは今の真玄くんのままだって、私の愛で救ってあげる、私の体で気持ちよくさせてあげる、ね、私に見も心も溺れて……一緒に幸せになろう?)
と、ゆらぎは真玄をセックスで籠絡すると決意したのであった。
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