第53話「大脱走」
(僕が前世で学んだことの一つ、――ちょっとの小銭明日のパンツさえあればいい)
という事で、財布とパンツ一枚をポケットにねじ込み。
キス騒動があった日から三日後の深夜、真玄は散歩に行く気軽さで旅に出ることにした。
実家の電話番号は当然暗記している、だからスマホはベッドの上に放置して。
(この判断は遅いのかもしれない、でも…………ゆらぎから逃げる最後のチャンスかもしれないんだ。ゆらぎはさっき隣に帰って寝た、気付くはずがない!!!)
氷里真玄と雪城ゆらぎは、まだ恋人関係ではない。
そして最近の彼女は急激に湿度を上げて来ているきがする、端的に言って逆レイプされても不思議ではない程に好かれて、愛されてしまっている気がする。
だから……ほとぼりが冷めるまで逃げるのだ。
(今ならギリギリ終電に間に合う時間だ、そこから万が一を追跡された場合、そして盗聴器、発信器が仕込まれていた事を考えて途中下車とバス、そして徒歩のルートを百通りまで考えている、――絶対に誰にも僕を見つけられないッッッ!!! フハハハハハっ完璧な計画だ! 僕は実家に逃げた後で貯金を下ろして海外逃亡してやる!!!)
なお、パスポートは未所持の模様。
ともあれ、彼は玄関を出てエレベータへ。
一階エントランスに到着し、さあ新たなる旅路の門出だと意気揚々にその第一歩を。
「こんばーんわっ、こんな遅くにどーしたの真玄くん? コンビニ? それなら私も一緒に行くーーっ!!!」
「…………や、やぁ奇遇だねゆらぎ??(なんでだああああああああああああああああ??)」
踏み出せなかった、何故、どうしてここに、寝たんじゃなかったのか、まさかバレていたのか、次々に疑問が浮かぶ。
だがまだ焦る時間ではない、真玄は彼女の誤解に乗ることにした。
何せ持っているものが財布とパンツ一枚だ、パンツを見られなければ問題はない。
「ちょっと夜食が食べたくなってね、でもそんなにお金は持ってきてないから食べたいんだったら君は自分で出してね」
「――――嘘、知ってるよ? 昨日も一昨日も私が隣に帰った後でこっそり地図と時刻表を見て何かの計画を立ててましたよね?」
「え、何のこと? 夢でもみたんじゃない??(バレてるううううううううううう!?)」
「へぇ、そういうコト言うんですか。……証拠あるんですけど一緒に見ます? 最新機器を使ってるんですごーく画質がいいんですよ?」
「なるほど興味深い、でも何で僕の腕に抱きしめてるんだい?」
「それはですね……逃がさないためですっ! ――――なんで逃げるんです? なんで? どうして? …………逃がさない」
(うっぎゃああああああ完全にバレてる上にスイッチ入ってううううううう!? 死ぬ!? これ僕死ぬの!?)
右腕に絡みつくゆらぎの体温が妙に冷たく感じる。
甘く透明感のある声から甘さが消えて、透明感が鋭く尖っている気がする。
一歩間違えれば死ぬ、どうする、どうすればこの場を乗り切れる、考えなければいけないのに真玄の頭は真っ白だ。
「嘘、ですよね、私を置いて逃げるだなんて、そんな訳がありませんよね? ――――素直に言えば今なら許してあげますよっ!」
「…………」
「なんで黙ってるんです? なにか言ってくれないと分からないじゃないですか、……もう一度聞きますよ、ねぇ真玄くん……なんで逃げようとしているんですか?」
「ッ!?」
その瞬間、真玄はわき腹にちくりと鋭い痛みを感じた。
死ぬ、今すぐにでも死ぬ、喋らないと死ぬのに素直に喋ったら殺されるだろうし、嘘を吐いてもバレた瞬間に死ぬだろう。
八方塞がり、進退窮まった、詰んだ、様々な諦めの言葉が脳裏に浮かび。
(――――まだだッッッ、まだ終わってなーーい!!!)
一度死んだのだ、二度目は老衰がいい、何よりどうして何も悪くないのに死ななければならないのか。
そもそも告白してこないのが悪いのだ、フって殺されるならまだマシ、何もしていないのに何故に何故何故何故、と真玄は憤った。
己が誤解に誤解を重ね彼女の情念を燃え上がらせたのを知らず、被害者なのに何故と怒りで燃え上がり。
「――――ふふふ、はははっ、嗚呼……違う、違うよゆらぎ、…………君は間違っている」
「ッ!? 開き直る気ですか真玄くん! ネタはあがってんですよ、吐けっ! 素直に吐けーーっ!!」
「僕はね、シックスナインの謎を解きに出かけようとしていただけさ。あくまで個人的な探求心だから、君に話さなかっただけ、そういう事なんだよ」
「ああ、シックスナイン……うん? あれ? どっかで聞いたことあるよーな……??」
「じゃあ心配かけたみたいだし、今日は帰って寝るとするよ、ばいばいまた明日――」
「――――ちょい待ちっ!! 思いだしたぁ! シックスナインってエッチなやつじゃないですか!! は?? はあ?? なんでエッチな単語の謎を探しに外へ?? もしかして………………風俗? 浮気? 浮゛気゛な゛ん゛で゛す゛真゛玄゛く゛ん゛??」
「ッッッ!! ま、まてっ!? 話せば分かるマジで分かりあえる素直になるからちょっと僕の首筋にあたってる包丁マジでヤバいから死んじゃうから何なら前世の話までするからとっても深い理由があるんだ逃げも隠れもしないからとりあえず帰って話そうマジで!!!」
「そうです最初からそう言えば…………前世?? うーんちょっと脅しすぎましたかね??」
「これがちょっと??」
とにもかくにも、真玄はドナドナとゆらぎに部屋に連れ戻されたのであった。
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