第52話「ピュアになれ」
これはくだらない挑発だ、飴なんて胸の谷間に挟んだら体温で溶けてベタベタになるのがオチだ。
つまりはこのままゆらぎを放置すればいい、それだけの事だ。
しかしここで引くのは負けだ、彼女を調子づかせてしまう、だから――。
「…………へぇ、そういうコトするんだ。僕がその飴を取れないとでも思ってるワケ?」
「勿論! 取れるならとってみなーっ、ま、氷里くんはそんなコトしませんよねぇ……、優等生ですしぃ、紳士ですしぃ、――特に人前でそーんな勇気ないって知ってますよーだっ」
「やれやれ、僕も見くびられたものだね」
「お、吹かしますねぇ、やれるんです??」
珍しくバチバチと火花を散らす二人に、クラスメイト達は興味津々だ。
それどころか。
「俺、取れないに学食のA定食の食券一枚」「同じく取れないに二枚」「甘いな氷里だぜ? ……取れないに三枚!!!」
「アタシは取ろうとして服を破いちゃうに一枚!」「雪城さんのおっぱいの中で溶ける一枚!」「ブラだけ剥ぎ取るに五枚!」
「君らさぁ!! 僕を何だと思ってるワケ!?」
「ふっ……これが民意というモノですよ氷里くん、せいぜい己のふがいなさを悔いるんだぁ!! キスもしてくれない癖にッッッ!!!」
「………………なるほど??」
ゆらぎはかなり鬱憤が貯まっているように見えた、然もあらん。
どれだけ彼女のアプローチをはぐらかして来たか、真玄にはその自覚がある。
だからと言って、彼は引き下がるほど我慢強い男ではない。
故に――。
「――はい、隙あり」
「…………………………えっ?? あ、あれっ? い、今――――??」
「と、取った!? 躊躇なく胸の谷間に手を突っ込んだぞ!?」「そんなバカな!? 校内で唯一朱鷺先輩に対抗できて誰よりも頼れる癖に本命にはヘタレと専らの噂の氷里だぞ!?」「ご乱心!? 氷里ご乱心じゃああああああああ!!」
「くっ、あたしの食券がぁ!!」「これが氷里くんって男の可能性……読めなかったッッッ」「彼は我々が知らないところで男として進化していた……ってこと!?」
「さっきから君ら言いたい放題してない!? っていうか僕が取る方に賭けた人が誰もいないってどういうコトだよ!?」
思わず真玄は抗議した。
一方でがびーんとショックを受けたゆらぎは、近くに居た継奈の胸に飛び込んで。
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ、継奈ママあああああああああああああああ、氷里くんに勝てないよおおおおっ! えっちなコトもしてくれないしキスすらしてくれないよおおおおおおお!!!」
「ちょっと氷里くん? うちのゆらぎをイジメないでくれる? よしよし、氷里くんは甲斐性なしだねぇ……」
「うごごごっ、僕の扱いどーなってんの?? 前にカーテンの裏でゆらぎに性教育したコトもあったよね??」
「――甘いぜ真玄、カーテンで隠されてるのと隠されてないのでは天と地ほどの差があるんだぜ」
「それマジかよ素丸!? っていうかそんなにやつれた顔で登校だなんて、どこまで搾り取られたんだい!?」
「………………生きてるって、素晴らしいな」
「素丸ううううううううう!? 学校来て早々に死にかけないで!?」
しおっしおのカラッカラで真っ白になったの素丸は、教室中央に居た真玄の所まで来るとグタっと座り込んだ。
恐るべし護士木継奈、これが肉食系に捕まってしまった男子の末路。
彼らは金玉袋をがっしりと捕まれ、決して離れられなくなっているのだ。
「お、オレはもうダメだ真玄……っ」
「まだ授業は始まってないッッッ、頑張れ、頑張るんだ素丸!!」
「うおおおおおおおおっ、継奈! オレの想いを受け取ってくれ!!!」
「えっ、うち!?」「そこは隣に居る僕じゃないの!?」
何かを投げ、力つきたように倒れ伏した素丸。
継奈は彼から投げ渡されたソレを確認し、目をうるうるとさせて。
「任せて素丸っ、あんたの想いはうちが受け継いだ!! しゃきっとしろゆらぎ! まだ終わってない! キス待ちの顔をするんだ!!」
「ふぇっ!? え、なになに!? こ、こう――??」
「うおおおおおおっ、そして飴を良い感じにゆらぎの唇の間に!!」
「何してくれてんの素丸!? マジで何してくれてんの!? 今の僕の攻防台無しにするんじゃないよ!!」
真玄は素丸の肩を掴んで、怒りと驚きを込めてガッツンガッツン揺らした。
そんな状態でも余裕そうに、素丸は右手をサムズアップ。
「お前だけズルいぞ真玄おおおおおおおお!!! お前も喰われて人生の墓場に入れええええええ!!! いかにお前でも人前でキスしたなら言い訳できまい!!!」
「裏切ったな素丸うううううううううう!?」
逃げなければ、そう思ったが時はすでに遅し。
クラスメイト達は真玄達を取り囲み、にやにやと笑みを浮かべる継奈はゆらぎからそっと離れる。
桜色の唇に黄色の飴を挟み、うっとりと目を閉じている姿を前に彼は頭を抱えたくなった。
「キース!」「キースッ!」「キースっ!」「行けーっ、そこだキスしろおおおお!!!」
「男気をみせるのよ氷里君!」「雪城さんに恥をかかせんじゃないわよ!」「キースキースキースッッッ!」
(完全にアウェーだしキスしなきゃいけない空気になってる……!!)
予想外の事態であるが、真玄に危機感はなかった。
いつかはこういう事になる、その可能性は考えていたからだ。
故に――、対処法は既に編み出している。
(この手は使いたくなかった……でも自分を偽る覚悟は出来ていた筈だッッッ、いくぞおおおおお!!!)
この身は才能豊かな凌辱エロゲのクズ主人公なれば。
絶対にやり遂げられる、この場をキスせずに切り抜けてみせる。
(恥ずかしそうに頬を赤らめて、キスを意識してしまっているように手で少しだけ隠すように、勇気を振り絞って、言えないことを言う、そんな雰囲気を出せ――――)
瞬間、真玄の空気が変わったことに目を閉じていたゆらぎでさえも気付いた。
何か大事なコトを言おうとしている、誰にも晒したことのない本音を言おうとしている。
そんな錯覚を全員に起こしてみせた、それを彼は敏感に感じ取って。
「…………嫌だ、初めて……なんだよ、そういうのは、二人っきりの時にするから……ホント、勘弁してくれ」
(ふおおおおおおお!!! きちゃ!! 氷里くんから二人っきりの時にキスするって宣言きちゃ!! これは…………もうその時が私達が結ばれる運命の時なのでは!!!)
「…………黙って僕についてこい、ゆらぎ――」
「はい!!! はいはいはいはいはい!!! 待ってる待ってます!!! ううっ、やったよみんな言質とたぞおおおおおおおおお!!!」
「おめでとう」「おめでとう!」「結婚式には行くぜ!」「おめでとー雪城さん!」「式場選びのアドバイスは任せて」「いい指輪売ってる所知ってるわよ雪城さん!」
(これ、実行しないと僕が社会的にも物理的にも殺されそうな…………い、いやまだ決まったワケじゃないから! ここから巻き返せるから!!)
「――――真玄、くん」
(うわああああああああああっ!? ゆらぎのヤツ僕を名前で呼び始めたああああああああああ??)
公衆の面前でファーストキス、しかもキャンディ・キスという危機は乗り越えられた。
しかし、余りにもゆらぎからの好感度が上がりすぎている気がすると真玄は今更ながらに気付いて。
だから。
(そろそろ……一か八かの賭けに出る時だな)
真玄はとある事を決意したのであった。
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