第50話「裸エプロン」


 食欲に取り付かれ勝利を納め、真玄は気持ちよくベッドに入り就寝した。

 一方でゆらぎと言えば、彼から婚約指輪を何時どんなタイミングで渡されるのか妄想爆発し止まることなく広がっていく。

 そして朝である、真玄がまだ熟睡している中で一睡もしなかったゆらぎは。


(……我が心、もはや新婚若奥様ナリ――)


 愛しの夫、可愛いねぼすけさんを起こしに行くのだと。

 彼女は天野朱鷺から貰った秘密兵器のひとつ、ピンクでフリルがついている新妻エプロンを手に取り隣室に侵入。

 真玄の寝室に入ろうし、ふと手を止めた。


(…………違う、こんなんじゃあない、お嫁さんなら、ラブラブ新婚さんなら、新妻なら…………裸エプロンが礼儀というものぉ!!! 私はまだ正気じゃない、正気に戻ってないから今ならイケる! 後で悔いるから後悔!! 後で恥ずかしがるから――いくぞはだエプッッッ!!!)


 ゆらぎは徹夜明けのテンションで服を脱ぎ捨てると、新妻エプロンのみを装着。

 そして彼が起きないように、音を立てずにドアを開け、抜き足差し足忍び足。

 全神経を集中させ真玄の隣に忍び込み、足を絡め、彼の腕を己の胸に挟み、彼の耳元に唇を寄せて。


「お・き・て、だーりんっ」


「ううーん……」


「氷里くんの愛するお嫁さん、氷里ゆらぎが愛するだーりんを起こしにきましたよ~~、おきてー、おきてー、おっきしててごはんたべよ~~」


「むにゃ、みみが、しあわせ…………んん??」


 心地よいウィスパーボイスにより、真玄の意識が浮上していく。

 どこかで聞いたような透明度と甘さが高い声質、前世から好みであったそれ。

 まだ夢を見ているのだろうか、とうっすら目を開けて。


「あ、おきたぁ……おはよっ、だーりん!」


「………………まだ夢の中かぁ」


「ふふっ、だーりんったら寝坊助なんだからぁ」


「ははっ、悪戯かい? 珍しく朝からアクティブだなぁ……(なんで裸エプロンで隣に居るんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! しかもだーりんって何だ!! マジで何だ!? 心当たりが無さすぎる!!! しかも恥ずかしがってないし…………どーいうコトぉ!?)」


 このまま全てを忘れて二度寝してしまおう、なんて事を真玄は強く思ったが。

 今のゆらぎは羞恥心が消えている、そう確信する程の異常事態だ。

 放置して、このまま襲われたらそれこそ既成事実で恋人確定である。


「じゃあ起きるから離してくれないかい?」


「えーっ、もうちょっと温もり……感じていたいなっ」


「…………悪いものでも食べた?? っていうか裸エプロンだよね?? 風邪引くよ?? ――――あ、まさか風邪引いて既に頭おかしくなってるとか!?」


「なんでホントに心配そうにするんですか!? 風邪なんて引いてないですって!!! それより愛する妻が超超超超サービスしてるんですよ何かあるでしょーーーーーーっ!!!」


 これは余りにもあんまりではないか、ゆらぎはガバっと飛び起きるとベッドから下りて仁王立ち。

 少し前までの真玄ならば、必死になって機嫌を取って服を着させようとしただろう。

 だが今は違う、雪城ゆらぎはチョロい女だと知っているのだ。


「警告するよ、朝の安眠を妨害した罪はそれなりに重い……」


「あれっ!? この格好マジでスルーですか!?」


「ああ、ちょっとそれサイズ合ってないよね、脱いだら? おっぱい窮屈すぎて息苦しくない??」


「もっとこうあるでしょ!? ハリーハリー! いい感じの台詞プリーズだーりんっ!!」


「…………ちょっと後ろ向いてみて?」


 ここは裸エプロンの危険性を教えなければ、と真玄は決意した。

 ゆらぎは不思議そうにしながらも、くるりと後ろを向いて。

 顔を埋めてヨシ、平手打ちしてヨシ、揉みしだいてヨシの形の良い美巨尻がぷるんと。

 ――彼はにっこり笑い、右手を振り上げると。


「今日学校あるんだから服着ろッ!!」


「イッッッ、タァイッ!!! 何すんで――」


「何がだーりんだよ、だーりんって呼ぶなら亭主関白すっぞ躾の時間だオラァ!!!」


「ひぃ!? 家庭内DV!? SMってヤツに目覚めたらどーするんですか!?」


「今すぐ制服に着替えないと、裸エプロンのままだとお嫁さんとみなし亭主関白権限でそのデカケツをワンサイズ大きくして椅子に座れなくする、――――僕にはその覚悟があるッッッ!!!」


「ッ!? その凄み……本気、なんですね」


 ごくりとゆらぎは唾を飲み込んだ、このままだと只でさえ大きいお尻が更に大きくなってしまう。

 しかし、それと同時に真玄が夫だという既成事実が産まれるという事に気付いたからだ。

 裸エプロン寝起きできゅんきゅん大作戦が通用しなかった以上、それは起死回生の策に思えて。


「――――いっ、いいでしょう!! やりたいならやれっっっ!!! その瞬間……氷里くんは私の夫という既成事実が発生するんですからね!!!」


「ねぇゆらぎ? あんまし酷いと……ご両親に報告するよ?」


「ッッッ!? それは卑怯!! 反則ですって氷里くん!? マージでヤバいんですって、ウチの両親氷里くんの事すごい信頼してて全部鵜呑みにするんですから小遣い減らされるとかそういうレベルじゃなくて私のゲーム全部減らされる所じゃなくて全部捨てられる可能性が高いからお願いしますウチの親にだけはッッッ、今なら処女つけるから!!! 数日間恥ずかしくて引きこもるだろうけど処女あげるから許して!!!」


 余りにも必死な顔で縋りつくゆらぎに、真玄は深く深くため息を吐き出すと。


「ったく……言わないからさ、とっとと着替えてくるんだ」


「はーい、あと明日あたり恥ずかしすぎて引きこもると思うんでフォローお願いしますっ!」


「君ねぇ……」


 何はともあれ真玄は勝利したと安堵し、彼女の親からそこまで信頼されている。

 つまりは、将来の婿として扱われている事実に顔を青ざめた後。

 何も気付かなかったと、忘れる事にしたのであった。


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