第49話「薬指」
真玄は宣言通りに己の癖のエロ漫画を三冊選んで購入し、ゆらぎに渡した。
正直、渡すことに抵抗がなかったといえば嘘になるが、これで少しでも彼女の暴走が収まり、性知識を少しでも増やして欲しい、そんな思いがあったからで。
ともあれ彼女は受け取った途端、夕食も取らずに己の寝室でじっくりと読み始め……。
(う、ううっ、氷里くんの好み……この手の漫画の知識は薄いけどわかる、これハード目のやつうううううううううううううッッッ!!!)
顔が真っ赤になってしまっているのを彼女は自覚していた、心臓がドキドキと高鳴ってうるさい。
何故か悪いことをしているような、そんな背徳感さえある。
だが真玄を堕とす為の重要な情報だと、しっかりと読み込んで。
(銀髪でおっぱい大きい女の子ばっかり、それに……、純愛、でいいのかなコレ)
つまりこれは。
(――実質告白ってコトぉ!? こういうコトを私にしたいって、するつもりだって、そういう……心の準備をしておけと、強引に迫ってワイルドな王子様宣言!? 僕色に染めるから待っとけって!? ふおおおおおおおおおおおお!!!)
雪城ゆらぎ、他人に見せられない顔で大興奮である。
彼女は居ても立ってもいられず、服を脱ぎ散らかしながら浴室へゴー。
脳内では可愛いパジャマとえっちな下着をチョイスし始め、同時に化粧の算段も。
(いくぞっ! この勢いで……私は今日! 身も心も氷里くんのお嫁さんになるッッッ!!! 大丈夫、私がヘタれてもエロ漫画的に考えて氷里くんは強引に押し倒してくれる筈! ならば――据え膳を整える、頑張るから美味しく食べてね氷里く~~~~ん!!!)
彼がもしこの心の声を聞いていたら、頭を抱えてしまうような色惚けっぷり。
ゆらぎは今宵が初体験だと信じてやまずに、対して真玄とすれば。
そろそろ寝ようかという時間、しかし今の彼は台所に立っていて。
(ふっ、寝る前だけどもの凄くお腹が減ったから……いつもはゆらぎも居るし食べないけど、今日は食べたい、そんな気分だ! ――いくぞカップ麺、買い置きして残してた冬限定のミルクシーフードか、それともペヤングか……悩ましい)
その顔は何より真剣、然もあらん久しぶりの夜食である。
前世では三十路も後半に入っていた彼はよく覚えている、――夜食など十代二十代の特権であると。
ならばこの貴重な機会、より満足できる選択肢は何だ、追加のトッピング、はたまたオニギリを作ってもいいし、卵で何かをしてもいい。
(――ああ、僕は久々に自由を楽しんでる気がするッッッ!!!)
人生はこういうのでいいんだよ、等と迫り来る危機に気付かず脳天気。
真玄の脳はもう、夜食をどう堪能するかで占められている。
思い切ってチャーハンを作ってしまうか、とテンション爆上げで。
――その瞬間であった。
「違う……違うぞ僕ッッッ、食べるべきはカップ麺じゃない…………スパゲッティだ!」
冷蔵庫と乾物を入れている棚の中身、缶詰、様々な情報が一つになる。
だって男の子だ、カップ麺だけじゃあ物足りないガッツリ食べたくて。
そうと決まれば彼の行動は早かった、まず最初にフライパンを用意して。
「豆乳100水100トマジュー100ッ、そしてパスタ一束を半分に割ってシューッッッ! 超エキサイティン!!! おっと鯖の水煮缶と……今回はウインナーを一袋、否っ、二袋分をテキトーに切ってインッッッ、後はコンソメ入れてーの、塩を好みで入れてーの…………これで良い感じに水分が飛ぶまで茹でれば完成だ、なんてパーフェクトでご機嫌な夜食ッッッ、…………今ならまだ間に合うな、にんにくぶち込むか? ああ、粉チーズも出しておかないと――――」
誰も見ていないのだ、そのままフライパンで食べてしまおう。
彼は出来上がりを待つ間に、ウキウキで準備をする。
飲み物はウーロン茶か、それともほうじ茶を煎れるか。
――そして約十分後であった、後は粉チーズをたっぷりかけ、いざ実食という時。
「か、カモン氷里くんっ! 私が全部受け止めて見せるっ! …………す、好きにしていいんですよ?」
ゆらぎが入ってきたかと思えば、その格好は至極扇情的。
すけすけのネグリジェ、大事な部分が隠れていないフリル付きの上下。
しかもイエスノー枕を、イエスを前にして抱きしめていて。
「…………君さぁ」
「え、あれっ? なんでそんな冷たい目を!? しかもガチ目にウザそうな目をしてますよね!? 氷里くんの大好きな私が勇気を振り絞ってエッチな格好で夜這いに来たってのになんでえ!?」
「なるほど、いつもの僕ならば取り乱したかもしれないね。――けど」
真玄は出来立てのパスタを見る、彼女はそれを見て。
「パスタに負けた!? うっそマジでッッッ!? え? パスタに負けたのおおおおおおお!? しかも美味しそうっていうかこんな時間からパスタ!? ずるい私も食べる!!」
「残念だけど一人分っていうか、これから全部食べる至福の深夜の夜食タイムなんだ邪魔しないで欲しいな」
「氷里くんが腹ぺこ夜食マンになってる!? こんな時間にそんなに多く食べたら太りますよ、ここはですね罪悪感を軽減する為にも……じゅるり、私にもちょーっと分けてくれません??」
「――――は? 僕のパーフェクト夜食を横取りしようと?? いくら君でも容赦しないよ??」
「食い物の恨みは恐ろしい!? 氷里くんがいつになくマジ!? 本気で命取りにくる顔してるうううううう!?」
だがゆらぎとしても引く訳にはいかない、恥ずかしさに負ける前に押し倒して貰うのだと。
今日こそが一線を越える夜だと、そう決意して来たのだから。
――故に。
「ふしゃああああああっ、こうなったらそれを全部食べてでも襲ってもらう!! 氷里くんが食べるのはお夜食じゃあないッッッ、この私だ!!!」
「じゃあ敵だね、――がぶっ」
「おわっ!? ッッッッッッッッッ!? っ、ぁ、なんで噛んだッッッ!? なんで薬指噛んだの!! ぺっ、ぺっしなさい!!! 地味に痛い!?」
「がぶがぶ、ごりっ」
「いーやマジで痛い!?」
「――――ふっ、これで分かっただろう。今の僕は夜食に心奪われた存在だッッッ!!!」
「もー、これ痕に………………――――えっ?」
「はいはい、帰った帰った。もう寝なよ」
(左手の薬指、まるで指輪みたいに…………これって、そ、そ、そ、そういうコトぉッッッ!?)
(もしや噛むのって効果的? すっごく素直に背中を押されてるんだけど……)
もしかしてもしかするのか、否、絶対にそうだとゆらぎは確信した。
だってそうだ左手の薬指には、まるで指輪のように歯形がついている。
彼が選んだエロ漫画の中には、キスマークや歯形をつけて男がヒロインに執着するシーンや独占欲のシーンもあった、つまりそういう事だろうと彼女は確信して。
(――指輪、待ってます氷里くん)
(…………ゆらぎは隣に帰ったな、ヨシ――夜食の時間じゃああああああ!!!)
とてつもない誤解が生まれているとも知らず、真玄はワンパンパスタを夜食に堪能したのであった。
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