第46話「聖なる水」



「うるさい抵抗するな綺麗な乳首しやがってッッッ!!! 黒乳首になるまで吸ってやろうか!!! 大人しく脱がされろ!!! 漏らしてもいいのかよ!!」


「のわあああああああッッッ!? かえしてパンツ!! かえ――お姫様だっこはこんな形でされたくなかったよおおおおおおおおおおおお!!!」


「よーしこのままトイレに…………って、うわああああああっ!? ごめっ、倒れ――」


「――ひゃあああああああ!?」


 瞬間、真玄は彼女から脱がして床に投げ捨てたビショビショのパンツを踏んでしまって滑る。

 しかも前に倒れたものだから、ゆらぎを彼の体重で押し潰してしまうことに。

 彼は全神経を集中させ、気合いで彼女の下にクッションになるように体を動かして。


「――もがっ!?」


「ッッッッ!? …………あ、あれ? 痛く……ない?」


「もがもが、もがもが?」


「え、氷里くんどこから声……って、なんでそんな所っ、あうっ、も、もう保たないからっ、保たないから早く退いてっ、退いてええええええええッッッ!!」


「もが?」


 ゆらぎの負傷は避けられた、かすり傷ひとつないだろう。

 だがその代わりに、彼女の股間に彼の顔が、つまりは顔面騎乗位だ。

 次の瞬間、彼の顔にちょろちょろとなま暖かい水が流れてきて。


「ううううううううううううううっ、見ないでっ、聞かないでえええええええええ!!!」


 あ、これはフォローしないと死が待ってるヤツだと真玄は全身全霊で覚悟した。

 幸か不幸か、彼自身に飲尿趣味も聖水プレイも興味はない。

 さしあたっては、顔を洗うのが先かそれとも彼女を洗ってからだろうかと悩むぐらいだ。

 ――そして、彼の顔に聖なる水が注がれなくなり同時に彼女の呻きも聞こえなくなる。


(おわった……ははっ、わたしもうじんせいおわったぁ…………)


(そろそろシャワー浴びさせて……いやもうお風呂も入らせておこう準備しなきゃ、僕がゆらぎの体を洗った方がいいのかな??)


 放心状態のゆらぎは真玄にされるがままだ、浴室に連れて行かれ体を洗われ、湯船に肩まで浸からされる。

 そして、彼が衣服を洗い乾かし床を拭いているのをぼーっと見ていて。

 ――――殺して欲しい、そんな気持ちで心がいっぱいである。


「ねぇ氷里くん、……私を殺してください、今すぐ殺して……恥ずかしくてもう私なんて生きてる意味がないんですううううううううううううう!!! おいどんは恥ずかしか!!! 切腹しもすううううううう!!!」


「うーん、そこまで元気なら平気そうだね。今回のことはアクシデントとして忘れようよ」


「うううううっ、こんなっ、こんなコトってぇ!! 私は自分自身が許せない!! 責任!! 責任を取らせろ!! 取らせてくれええええええ!!! う゛う゛う゛う゛っ、氷里くんを汚してしまった責任、ちゃんと取らないと、死んでお詫びをおおおおお!!!」


(――――あ、あれ!? これ僕ってば道連れに殺されかねないよね!? っていうか目の前で死なれたら僕の将来が危ないし普通に考えても止めなきゃいけないやつうううううう!!)


 真玄は焦った、この場に凶器はないとはいえ彼女の精神状態を考えれば自分の舌を噛み切りかねない。

 ならばどうする、彼女の自殺を止めるには何が有効なのか。


(考えろ時間はそんなにないッ、まず物理的に止めないと……口に指をつっこむ? だが先に気づかれたら終わりだ、なら唇にキスをして……ダメだ僕とゆらぎの関係が決定的になる、どうしたらいい? 僕らの関係性が変わらず、自殺を止めるのを勘づかずに何とかする方法!! 探せ、探せ、ある筈だ――――)


 ゆらぎの命と真玄の命、そして社会的生命すらもかかっていれば彼の脳もフル回転するしかない。

 彼は出した答えを吟味することなく、ズボンのポケットから財布とスマホを取り出し床に置き。

 服のままざばんと湯船へ、ゆらぎの対面に座ったかと思えば。


「――――ぁ」


 湯船の中で、彼は全裸の彼女を抱きしめた。


「落ち着いて、安心してよゆらぎ。僕はそんな事で汚れただなんて思わないし、迷惑だなんて思わない」


「で、でもっ」


「僕の鼓動だけに集中して、僕の声だけを今は信じて…………君は素敵なヒトだ、魅力的なヒトだ、僕は君を絶対に嫌いにならない……」


「ぁ――」


 とくんとくんと彼の心音がゆらぎに染み渡る、ぎゅっと強く抱きしめられて彼女はときめいてしまった。

 囁かれる言葉は暖かく、心が落ち着いて行くと共に彼から愛されているのだという実感を与えて。

 次の瞬間だった、抱きしめる力が弱まったかと思えば彼の腕は、手は彼女の額の髪をかきわけて。


「――――ん」


「ぇ」


 キスされた、そう理解したのは数秒の後であった。

 例えそれが額であっても、彼が彼女にキスをしたのは初めてで。

 唇にされなかったのは残念でもあったが、ロマンチックなファーストキスの為に取っておいてくれたという事で。

 ゆらぎの中で、真玄への好感度が爆上がりしていく。

 ――そして。


「僕の為に生きろ」


「は、はいっ!(けっこん! けっこんすりゅ!! こんなこと言われてけっこんしないやつおりゅ!? おりゃんよなあ!! ざいがくちゅうに孕むまでありゅ!!!!)」


「よかった……(何だろう、このイヤな予感は……でも今はゆらぎが落ち着いた事を喜ぼう。そしてもうに二度とこっち側のゲーセン行かないぞ雨の日の休日に二人っきりで出かけないぞ!!!)」


 真玄はそう固く決意し、後はしっかりと当初の目的通りに。

 服を乾かしてからラブホを出て、何事もなかったかのように夕飯の食材を買って帰ったのであった。


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