第44話「お城観光」


 真玄には何が切欠であったか分からないが、最近ゆらぎが妙に家事をやりたがる様になったのはいい変化に思えた。

 加えてもう一つ、休日には一緒に外で遊びたがるようになり、日曜である今日も二人で駅周辺のゲーセンを巡り遊んでいる。

 彼女は根っからのインドア派故に、これも好ましい変化だと思うが。


(なーんか不吉な予感がするんだけど、それはそれとして今日も普通に楽しかったんだよな)


「へいへいへーい、なにボーッとしてるんですか雨降って来ちゃったんだから早くどっかお店入ってお茶ですよ氷里くん!」


「駅裏のゲーセンの近くに飲食店ってあったっけ?」


「…………確かに、その手のはコンビニしかない!! コンビニのイートインって気分じゃないんですよねぇ」


「すぐ近くにヨドバシあるし、そこで雨上がるまで暇潰すかい? まあ、そこまで行ったら駅に行くのと変わりないけどさ」


「うーん、家電を見て時間を潰すのも一興なんですけど……」


 小雨が本降りに切り替わりそうな中、早足で進む二人はあーだこーだと悩んだ。

 夕飯の買い物をして帰ろうという事で、その前におやつを食べて……という事であったが天気予報が外れて突然の雨。

 何処かで雨宿りしたい所であるが、ゆらぎはコンビニもヨドバシもお気に召さない様子。


「このままだとすぐ駅についちゃうよ? まぁ駅前は何でもあるから困らないけどね」


「それでもよさそうな…………あっ、そういえば気になる所があったんでした! 女の子の間で密かにご飯もスイーツも美味しいって噂の場所! 私も前々から何かなーって気になってたんですよ! 行きましょう!」


「へー、何処だい? なんてお店?」


「私も名前は知らないんですけどね、目立つので外側が見たことがありますよ。氷里くんも同じだと思うんですけど」


「この辺で目立つお店……? しかもこっちの方向で……??」


 記憶の限りでは、駅裏に先ほど上がった店以外に店らしい店はない。

 ファミレスや繁華街は駅を挟んで反対側、何か当たらし店が出来たのだろうかと真玄は思ったが。

 進むにつれ、彼の危険関知センサーはビンビンに。


(…………ッッッ!? こっちの方向ってラブホ街……い、いや落ち着け、予備校や塾が多い場所でもあるんだ、僕の知らないところにお洒落なカフェが出来ていても不思議じゃない)


「えっと、確かこっちで――」


(頼むっ、頼むカフェとかであってくれえええええええええええええええええ!!!)


「あっ、ここだここっ! このお城みたいな建物!」


(ラブホじゃないかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!)


 女子の噂という時点で気づくべきだったと真玄は非常に後悔した、しかしまだ遅くはない。

 中に入っていないなら、まだ回避する術はある。

 目を輝かせて入ろうとするゆらぎの肩を、彼はぐいっと掴んで振り向かせる。


「待った、率直に言おう」


「何です? 手短にしないとドンドン濡れちゃいますよ?」


「ここね? ラブホなんだよ。だから美味しくても未成年である僕らは中に入れないよ、まだ恋人じゃないし」


「…………えっ、ラブホ!? ここってラブホなんです!? うううっ、てっきりお城の外見のコンセプトカフェとかだと思ってたのに!?」


「だから残念だけど戻ろうか」


 狙い通りにゆらぎは顔を真っ赤にし、口をわなわなとさせ恥ずかしがっている。

 これは今日のピンチは回避できる、真玄がそう安心した瞬間であった。

 突然、彼女は目をつむって彼に抱きつき。


「い、一緒に……入らない? 入ってくれない……かな?」


「…………ゆらぎ?」


「お、乙女に恥をかかせないでくださいっ、言わなくても分かるでしょッッッ! どんだけ私が恥ずかしい思いをして勇気だして言ってるのか! 答えはハイかイエスでどーぞっ!」


「いや普通にノーだけど?」


「そこを何とか!! さきっちょだけ! さきっちょだけでいいから!!」


「それ、何か理解して言ってる??」


「わかんない! ネットで覚えたのをテキトーに言ってるだけだもん! それより…………い、一緒に入って…………ね?」


 真玄の額に滂沱の冷や汗が、慎重に言葉を選ばないと最悪の結果もあり得る。

 だってそうだ、最近は少しだけ改善されてきたとはいえ性的知識に疎く、苦手な彼女がラブホに誘っているのだ。

 彼女の納得しない断り方をすれば、死が見えるのは確実で。


(うおおおおおおおおおおおおっ、ど、どうする、どうやって断る!? ゆらぎを傷つけずにこの場から立ち去る方法!! 急すぎるんだよこんなイベント!! 沢山遊んだ後だし頭回らないよ!!! …………最悪、うんこ漏らすか? 一か八かでうんこ漏らしてみるか??)


 進退窮まった真玄が、真剣に自爆戦法を検討しはじめた時であった。


「だーかーらぁ、ちょっと通りかかっただけだって言ってるじゃん! まだ誰もナンパしてないし中に誰も待たせてないって! ホントだもん! アタシを信じて!!」


(――ッッッ!? この声は朱鷺先輩!?)


 声の主が天野朱鷺だと気づいた刹那、真玄はゆらぎの手を掴んでラブホの塀の内側に隠れる。

 声の方向からすれば、まだ見つかっていない筈で。


「…………あ、わかったぁ。アタシとシたいんでしょセンセっ、もしかしてアタシとシたすぎて、ずぅ~~っとここで張ってた? もー、それならそーと言ってくれればセンセの相手もしてあげたのにぃ。センセもさ、生活指導の癖してセックスひとつして来なかったんでしょ? アタシが筆下ろししてあげるって、ささっ、こっちのラブホおすすめだから行こうっ!!」


(何やってんだよウチの教師いいいいいいいいい!!! 確かに生活指導のあの人は童貞とか、実は昔に恋人を亡くして、朱鷺先輩が瓜二つだとか話がある…………ってこれ朱鷺先輩の方の原作イベントオオオオオオオオオオオオオオオ!!! しかもこっちに来てるし!! 巻き込まれる!? このままだと最悪四人で大人の大乱闘スマッシュブラザーズまであるってえええええええええええ!!!)


 なんという事だろうか、最悪の斜め上の事態になってしまった。

 四人で大人の大乱闘にならなくとも、生活指導の教諭に見つかれば停学待った無しで。

 ならば。


「ッッッ!? ひ、ひょ――もがもがもが!?」


(喋らないでゆらぎ!! 取り敢えず中入って逃げよう!!!)


 焦りに焦った真玄は、口で説明するのも忘れ。

 ゆらぎの口を手で塞ぎ、強引にラブホの中に連れ込む。

 端から見れば犯罪チックな構図であったが、ともあれ二人はお城型のラブホに入ってしまったのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る