第43話「しゅらららら」
自分という存在が居るのに、恋人が欲しいとはこれ如何に。
さっきは自分が好みだと言っていたのに、これは裏切りだろうかと。
ゆらぎと継奈はとても晴れやかな笑顔で、すっと真玄と素丸の後ろに忍び寄って。
(おわっ!? せ、先輩方!? 後ろ後ろおおおおおおおおおお!! くっ、なんて事だスーパー執事である自分に気づかれず、しかも自分の視界内なのに忍び寄るなんて……)
益荒男は察知できなかった己を恥じた、周防院家の執事として、お嬢様付きのスーパー執事として過酷な戦闘訓練すら受けた身だというのに。
武術など何一つ納めていない素人の動きに、まったく気づかないなんて。
これが恋心の重さというものか、と彼は戦慄したが。
(…………このまま黙ってる方が楽しいのでは? アリカお嬢様も一緒に居られるし)
執事は五感を鋭敏にして周囲の空間を、六人の達位置を今一度把握した。
己の目の前に座っているのは氷里真玄と安井素丸の先輩二人、その背後に雪城ゆらぎ、護士木継奈が。
親愛なるお嬢様の姿は直接見えないが、護士木継奈の背後にしゃがんでいる気配を感じた。
「そうだ真玄、ホ別5はおいといてカノジョにするならどんな子が好みだ? 女の子のどんな所を重視する?」
「まぁ……ぶっちゃけ声かな、実は声フェチでさ。あと顔かな? おっぱいも…………ああ、でも一番大事なことがあるんだ」
「ほうほう?」
(先輩達、気づいてないとはいえ際どい会話するなぁ)
益荒男の様子や後ろのゆらぎ達に気づくことなく、真玄と素丸は会話を続けた。
「やっぱり一番大事なのはさ、重くない事かなぁ……、あ、勿論体重じゃないよ精神的なコト」
「あー、分かるぜ。この学校の子ってなんか重い子多いよな。そんでそーゆーのに限って肉食系っていうか」
「僕はそれ自体を否定する訳じゃないんだけど……ワンミスでお腹に週間ジャンプが必要になる訳で……」
「わかり味が深い……、別に浮気だとかそういう不貞するんじゃないけど。向こうのラインが分からず踏んで修羅場りたくないよなぁ」
(わ、私は違いますよね氷里くん!? 重くないですよね!? まさか…………重いんです!?)
(う、ウチは重くないはず、だって言ってよ素丸ぅ!?)
(ここは……自分が助け船を出すべきか?)
後輩は苦笑をしながら、先輩二人に問いかけた。
「じゃあ先輩達的に、雪城先輩と護士木先輩はどうなんです?」
「そうだね、ゆらぎは僕が答えようか」
(ドキドキ、信じてますからね氷里くん信じてますからねッッッ!!!)
緊張の面持ちでゆらぎが真玄の後頭部をガン見する、彼は当然のように気づくことなく。
先ずはため息を一つ、途端に彼女の肩がびくっと震え涙目に。
――その瞬間であった、彼は盛大に悪寒を感じて。
(ま、まさか居るのか!? ゆらぎがこの場に居るってのか!? 今の会話を聞かれてた何時から!? ――何処だ何処にいる、何かヒントはないか、何か…………ッッッ!? 居たああああああああああああああああ!!! マスっちの目に反射してる、即ち僕の後ろ! 素丸の後ろに護士木さんも居るうううううううう!!!)
なんという事だろうか、しかし危機一髪で死亡フラグが成立するのを回避できた気がする。
ここから先は、言葉のチョイスを一語も間違えられない。
だが。
(――ここで誉めるのがベストなのか? むしろ多少自覚させておいた方がいいのでは??)
思い出せ、先日のイエスノー枕事件のことを。
あれで、ゆらぎはチョロいので強気にいけばいいと判明した筈だ。
ならば。
「ゆらぎはねぇ、まぁ正直言って重いよ」
(――っ!?)
「ちょっと僕を理想化しすぎてる節があるっていうかさ、……でもそれってゆらぎの想いの裏返しなんだよね」
「ほほー? 興味深いなもっと聞かせてくれよ真玄!」
「ゆらぎはさ……僕をそれだけ想ってくれて、それだけのイイ男だって認めてさ、信頼してくれてるって事だから。僕らだって、好きな人や親しい人にはこうであって欲しいって思う時があるワケじゃん?」
「あー、そうだよなぁ……俺もさ、護士木は……継奈は重いって感じる時あるけど。でもそれって、頭のどこかで俺の理想っていうか欲望に直結した都合のいい女の子像を押しつけてるかもしれないんだな」
「僕らは割と気軽にさ、ウチの女子は軒並み重い重いって言うけど。単に彼女たちの真剣さに僕らが追いつけてないのを誤魔化してるだけなんだよね」
「…………やっぱ尊敬します先輩」
想像した以上に真摯な答えを口にした二人に、益荒男は心に感じ入るものがあった。
そして。
(氷里くん……やっぱり私との未来を真剣に考えて、ただ受け止めてくれるだけじゃなくてぇ……はぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ、惚れ直しちゃうじゃんかああああああああああああ!!! どれだけっ、どれだけ私の心を揺さぶってくるのおおおおおおお!!!)
(――素丸、うち絶対にいいお嫁さんになるからね。素丸のしたい事や将来の夢も共有していこうね)
なんて、背後の彼女達がとてもしっとりしているのに真玄は気づかないフリをした。
気づいてしまったら、いっきに心の距離をつめてくる危険性があったからだ。
(ふぅ……今日もまた危機を乗り越えてしまったか。流石は僕だ、だけど――――)
どうやって、背後の女性陣に離れてもらうかだ。
真玄は深く考えずにすぐに結論を。
少々お財布に痛いが仕方がない、背に腹は代えられなく。
「あー、真面目な話してたらもう少しだけ何か食べたくなって来たよ。奢るから大チキンからあげ一緒に食べない?」
「奢りってマジ!? やったぜサンキュー! よっしゃすぐ買いに行こう!」
「ありがとうございます先輩(あ、これ態とだな、真玄先輩は気づいてて女性陣に逃げるタイミングを作ったのか……なんて出来る先輩なんだ! これは雪城先輩との仲を全力で応援してあげなければ!!)」
真玄は背後から気配が遠ざかっていくのを感じながら、席から立ち上がる。
そして、純愛ゲー主人公の益荒男がある意味で敵に回ってしまったのに気づかなかったのであった。
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