第41話「イエスノー枕」
最近の真玄のマイブームは、入浴中に湯船に浸かりながら温水で暖めた小さいタオルを目の上に乗せて即席ホットアイマスクで目を労る事であった。
優等生として堅実な将来を歩むための勉強、それで酷使している自覚もあるが。
それ以上に――。
(…………ふっ、罪な女の子だなぁゆらぎは。最近はニーソを覚えやがって絶対領域が眩しいんだなコレが、それに……背中が大きく開いてる服とか、おっぱいのラインが丸わかりの服とかさぁ、そりゃあね? 露出とか無頓着さに起因するエロスは減ったよ?? でも……どうして最近さ、ガン見しちゃうような服ばっか着てるの??)
氷里真玄は優等生である、そして彼の中ではイコールで紳士である。
故に、ガン見してはいるが一瞬。
コンマ一秒以下で脳に焼き付け、さもエッチな目で見てませんよという演技をしているから余計に眼球へ負担がかかっているのだ。
(ああ……、目が癒されるぅ。湯船にゆっくり浸かれるから普通にホットアイマスクするより一石二鳥じゃないかな、いやまぁ洗濯物が毎日一枚増えるという欠点があるけども)
風呂は命の洗濯とは誰が言ったのだろうか、真玄は十分ほどかけて身も心もさっぱりし風呂場から出て脱衣所へ。
火照った体は心地よく寝れそうだとパジャマを着、明日はいい日になるよう祈りながらベッドに向かう。
素晴らしい夢を見れる、そんな予感が彼にはあったのだが――――。
「――――なんで??」
「え、えへへぇ……、いいお湯だった? 氷里くん…………っ」
「あー、その、なんだ? ストレートに言っていい?」
「できればオブラートに包んで欲しいなぁ…………みたいな? えへっ? えへへっ??」
「――――そんな格好して恥ずかしくないの??」
「も゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!! ダメじゃん゛! やっぱダメじゃん゛この作戦!! みんなのバカああああああああ!!!」
彼のベッドの上で正座していたゆらぎは、手に持っていた見慣れぬ枕で顔を隠して悶絶した。
然もあらん、今の彼女はとても扇情的であったから。
清楚な白色と言えば聞こえはいいが、シースルーでベビードールで紐パンであるし、その上。
(あの枕……もしやイエスノー枕!? あの伝説の!? ハンズかドンキかネットショップにしかなさそうなネタ枕がどうしてゆらぎの手に!?)
これはもしかして、そういう意味なのだろうか。
果たして彼女は枕の意味を知っているのだろうか、真玄は悶えたままの彼女が冷静になるのを待った。
彼はやれやれと呆れたポーズをとっていたが、その実。
(うおおおおおおおおおおっっっ!! 背中がえーろい!!! 後ろから見えるおっぱい! というか全裸土下座よりエロい気もする!! あー、後ろから回ってお尻を眺めたい……紐パンデカケツを至近距離でみたい……)
しかし我慢だ、真玄は優等生で紳士なのだから。
刹那のチラ見で脳裏に焼き付けるのみ、その上でこんな誘いには乗らず決して手を出さない。
真玄の真玄は正直で既にに真玄真玄寸前であるが、そんなのは絶対に気のせいなのだから。
「ううっ、くすんくすん、すっごく傷つきました。ここは氷里くんの慰めの言葉がないと隣に帰れません……」
「結構余裕だね??」
「具体的には、実は恥ずかしくないよ照れ隠しだよ的な、それ以上の言葉を耳元で囁いてくれないかなー? ちらっ、ちらっ、ちらっ」
「洋物AVに出てくる女優さんみたいな格好してるけど、これから撮影かい?」
「あんだとコラあああああああ!! よくもっ! よくも女の子にそんなコト言えますよねぇ!! こちらとら恥ずかしくて死にそうなんですけどぉ!? どれだけ勇気を振り絞ってると思ってるんですか! 女の子がこんな時間にベッドで待ってる意味を考えてください!!!」
「じゃあ聞くけど、その枕の意味は知ってる?」
「え、この枕ってやっぱり意味があったんですか??」
イエスノーのイエス側を表にして抱きしめているゆらぎは、とても不思議そうに瞬きした。
彼女からしてみれば、普通の枕に思える。
どちらかと言うと、品質が微妙とすら思えるが。
「微妙なデザインだなーとは思ってましたし、寝心地悪そうって感じですけど……もしや枕ではないと??」
「うーん、枕と言えば枕なんだけどね。問題なのは枕カバーのデザインかなぁ……」
「率直に言えば?」
「夫婦や恋人の夜のお誘いの為のグッズだね、イエスだとセックスしよう、ノーだと今日は駄目って感じで」
「………………ふーん」
「なんでイエスの面を僕に突き出してるのかい? 視線反らしてないで目を見て言ってごらんよ」
「…………察してくださいよ」
「ふむ、すまないけど僕らがそうするには段階を踏んでいないと思うんだ」
「………………………………確かにッッッ!?」
がびーんとショックを受け、ぶるんとおっぱいを揺らしたゆらぎであったが。
一方で真玄は風呂上がりであるのに、冷や汗だくだくである。
彼にとって、今の発言は賭けであったからだ。
(うおっしゃああああああああ!! 持つべき物は正論!! そう! いくら半同棲になってたり、お互いの裸やら見たことがあるとしても!! 僕らはまだ……恋人じゃ、ない!! 告白もセックスもしてない今なら段階を踏めよと正論パンチができる、ううっ、ゆらぎが強行突破してきたら終わりだった……)
一度納得してしまった以上、彼女が意見を覆しても言いくるめる自信が真玄にはある。
後は、彼女を隣に帰すだけ。
ならば、ここは追い打ちをかけるべきだろう。
「うーん、僕は聞きたいなぁ。お誘いする前に何か段階があったよね?」
「ちょっ、私に言わせるんですか!? この甲斐性なし!! 男の子の方から言って欲しい気持ちをくんでくださいよ氷里くん!?」
「すまない、本当にすまない、もしかしたら君が隣に帰ったら……」
「謝罪に全然気持ちがこもってない!? しかも私が帰ったら普通に寝る気でしょ!!」
「そりゃあ寝るよ? だってもう寝る時間じゃん」
「ぐぬぬっ、ううっ、じゃ、じゃあせめてこの格好の感想をちゃんと言って! そうじゃないと帰らないもーーん!」
駄々をこね始めた彼女に、真玄はどーしたものかと考え。
「…………はぁ、残念だよゆらぎ。新婚旅行の初夜でそんな姿を見たかったなぁ」
「ッッッ!? う、ううっ、氷里くんのバカ! ばかばかばかぁ!! これで勝ったと思うなよおおおおおおおおおおおおおおお!!! サラダバーー!!」
「じゃーねー、風邪引かないようにねー。………………もしや、ゆらぎってチョロい? 無理に回避したり説得しようとせず、強気に押せば何とかなるのでは??」
そうして、嵐のようにゆらぎは去った。
真玄はほっとして直ぐに熟睡したが、隣に逃げ帰った彼女は。
「これってもしかして……私っ、初夜はそういう風にして欲しいってリクエスト受けちゃったってコトぉ!? きゃーっ、きゃーっ、そんなぁ~~っ、結婚はまだ早いって言うかぁ、で、でも氷里くんが望むなら…………待ってて氷里くん、ちゃんと告白したら…………身も心も、身も体も肉体も愛してくるって、ずっと一緒に居てくれるって、そういうコトだよね?」
と、己のベッドの上で白いシースルーベビードールのまま体をくねくねさせていたのであった。
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