第35話「盲信」


 真玄にとって、その日は普通の休日になる筈だった。

 朝起きたら何をしよう、ゆらぎのゲームにつき合うのもいいし、外で朝食を取り街でダラダラ過ごしても楽しそうだ。

 そんな事を思い眠りにつき、朝起きると。


「ふぁ~~あ……んー……」


「お、おはようございましゅゴゴゴゴご主人さまっ??」


(ンンンッッッ!? え、なに? なんで?? 見間違い? えっ…………なんで全裸土下座してベッドの横に居るんだよおおおおおおおおおおおおお!?)


 そのインパクトによって真玄の眠気は一瞬にして霧散した、然もあらん意味が分からなさすぎるし。

 ――何より。


(これっ、これ知ってるうううううううう!!! 原作にあったイベントで朝のご奉仕させるやつううううううううううううううう!!!)


 原作の真玄は本当に外道であった、朝から全裸土下座させて奉仕させ、エプロン無しで朝食を作らせ、挙げ句その食事を目の前で踏みつけにし謝罪させながら犬食いさせて。

 そんなのですら、原作ゆらぎの尊厳を陵辱する比較的優しめのシーンなのだから救いようがない。

 でも、どうして、どうして――。


(なんでこのイベント起きてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! は? なんで?? いつのまにゆらぎと僕はそういう関係に?? もしかして…………死ぬ、の、か???)


 余りの衝撃に真玄の表情筋はストップ、なんて声をかけていいか分からない。

 悪夢だ、たちの悪い夢、そうだ、夢なのかもしれないと。

 彼は見なかったフリをしてぱたんと倒れ、反対方向を向いて寝直そうとしたが。


「ちょっと氷里くん!? なんで無視するんですかどうして無視したんですか!! すっごい恥ずかしい思いして氷里君の好みに合わせたのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


「待って待ってマジで待って!? 僕の好みって何さ!? こっちはもの凄く説明が欲しいんだけど!? というか風邪引くから、このシーツ体に巻いて巻くよ強制的に!!!」


「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ、こんなに私が勇気を出してですねぇ、この首輪も段ボールで作ったのに!!! でもありがとうございますぅ!!!」


「ちょっと落ち着こう、ホットミルクの準備しとくから火加減見てて。僕は君の服を隣から持ってくるから」


「あ、私の服なら予備が置いてあるんで」


「…………助かったけども、せめて一言ちょうだいね??」


 という事で、一息ついてから真玄は事情を聞くことになったのだが。


「――――それでですね、氷里くんってそういう趣味だから色々我慢させちゃってたのかなぁって」


「あー……、大変申し訳ないんだけど。あのエロ本は僕のじゃなくて、クラスのとある男子からカノジョが来るから一時的に預かって欲しいって頼まれた物なんだよ」


「というコトは、もしかしてぇ……」


「勘違いだね」


「……………………うわああああああああああああんっ! 殺せっ、いっそ殺してっ!! 恥ずかしすぎるっっっ、最初は優しくして欲しいけど氷里くんが望むならって、一晩中悩んで覚悟決めて来たのにいいいいいいいいいい!!!」


「どんまい、そういう事もあるさ」


 羞恥心で死にそうになっているゆらぎには悪いが、真玄はとても安堵した。

 勘違いでよかったと、知らぬ間に肉体関係が発生したなんてトンデモ事態になっていなくてよかったと心底安心したが。

 そこで気になる事が一つ、否、いくつか存在する、どうして彼女は――。


「――聞いていいかい? この際だし答えてくれると嬉しいんだけど」


「う゛~~、なんでも聞いてくださいよぉ。もう私には捨てる恥が残ってないんだよぉぉぉぉぉっ!」


「じゃあ遠慮なく聞くけどさ、……あの三冊のエロ本は全部鬼畜でハードな内容だったと思うけど、どうしてそういう目に会うと分かっていて、僕に体を差しだそうとしたんだい?」


「っ!? そ、その……それはですね、――――氷里くんは、私の運命の白馬の王子様……だから、ですかね、えへへっ」


「うーん?」


「ちょっとぉっ!? うーんって何ですかうーんって!! こっちの勇気がもう切れちゃいますよぉ!!」


 ゆらぎはとても不満そうであるが、真玄としては疑問しかない。

 だってそうだ。


「運命の白馬の王子様だからって、君は僕のする事はどんな非道な事でも受け入れるのかい?」


「え、だって氷里くんがそうするなら何か理由があるんですよね? もしそれが誰かを傷つける事だとしても、――私は氷里くんの正しさを信じます」


「…………仮に、仮にの話だけどさ」


 思い切って真玄は踏み込むことにした、これが判明したら死亡フラグの発生を避けることができる。


「僕はあんな人も人とも思わない鬼畜で外道な人間で、それでも君は僕を運命の王子様だと思うのかい?」


「そーですねー……もし運命の白馬の王子様から来世でも一緒なダーリンに昇格していたら、きっと私はそんな氷里くんにでも尽くしちゃうかもですね」


「昇格するのそれ!? ま、まぁそれは置いておくとして、じゃあさ――そうなった上で、僕が君を捨てたら?」


「たぶん、いっぱい悩んで……私が悪いって思っちゃうと思うんですよ。私が悪いから、不甲斐ないから愛が伝わらなかったんだって、だから氷里くんが悪い人のままだから…………」


「だから、どうするんだい?」


 真玄はその答えを知っていた、けれどゆらぎの口から聞きたかったのだ。

 緊張の一瞬、彼女の答えは。


「…………それでも好きだから、愛してるから、たぶん殺してみんなに迷惑をかけた責任をとるんです、それで氷里くんだけを死なせる訳にいかないから、後を追います。――――なーんてっ、ジョーダン、冗談ですよぉっ! っていうか仮定がありえなさすぎですって、氷里くんはそういう人じゃないって、あり得なさすぎますよ」


「あ、うん、はははっ、ごめんごめん、つい好奇心がね?(これだあああああああああああああああッッッ、原作の僕の死因ってコレだあああああああ!!! という事は…………あれ? 原作ってエンドロール後にエピローグがあったっぽいけど、そこでゆらぎも死んでる??)」


 つまり、だ。


(…………ゆらぎって、ただの可哀想な犠牲者って訳じゃなくて、陵辱で精神が壊れたって訳でもなくて)


 ぶわっと真玄の毛穴という毛穴が開く、背筋に悪寒が走る。

 怖い、目の前に居るのが美少女ではなく、言葉が通じないモンスターに見えてしまう。


(ゆらぎって、ヤンデレじゃんかあああああああああああああああ!!! しかも盲目に相手を信じて、自分の理想から外れたら無理心中しようとする最悪の地雷じゃんかよおおおおおおおおおおおッッッ!!!)


 しかもだ、彼女に異性として好意を抱かれているという事は。

 もう、絶対にゆらぎからは逃げられないという事で。


(うおおおおおおおおっ! 詰んだ!! 僕、詰んだよ!!)


(……ちらっ、ちらっ、こういう事を聞くってことは……もしかして、氷里くんも私のことを、そう思ってくれてるって……そう思っていいの?)


(ど、どうする? これじゃあ偽恋人を作った瞬間に死にかねないし、そもそも恋人関係にならなかったらならなかったで殺されかねないし)


(…………氷里くん、いつか名前で……ううん、いつかじゃないッ! 頑張って名前を呼ぶんだっ、えいえい、おーーっ!!)


(こうなったら僕がこの先生き残るには、ひとつ! 正しいエロ知識を教える!! ふたつ! 正式な恋人関係になる前にゆらぎの盲信を解除する、もしくは異性としての好意が消えるぐらいの醜態を晒して失望されるんだ!! やれる、僕ならやれる!! ぶっちゃけグズグズしてたら逆レされそうな気がするけど……ガンバレ僕ぅ!!!)


 判明した死亡フラグの詳細に、真玄は絶望しながら奮起したのであった。


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