第30話「マグロ」
下着騒動があった日から一週間、真玄の目にはゆらぎの服装が改善されている様に見えた。
しかしその反面、物理的距離が前より近くなり、前より胸チラやパンチラの隙が多くなった気がする。
とはいえ。
(ま、改善されてるならいい事だよね、うんうん、僕も頑張った甲斐があったってもんだよなぁ……)
彼は脳天気に朝食の準備を、彼女はソシャゲのログボ受け取りとデイリー周回をしながら待っていて。
今日も一日、平和な時間が流れればいい。
そう思った瞬間であった。
「あ、そう言えば氷里くん。知ってます? 今校内で噂が流れてるんですよ」
「噂? 何の?」
「氷里くんがマグロをぴっちぴちの鮮魚にする超絶テクの持ち主だって、主に朱鷺先輩が流してました」
「………………あんにゃろうめぇッ!」
何やってるんだ朱鷺先輩はと、真玄は目玉焼きとトーストに乗せながら憤慨した。
身に覚えがないにも程がある、いったいドコでそんなテクを発揮したのか記憶にない。
ゆらぎもまた、例によってこの話題がさっぱり理解できず。
「そんでですね、マグロって何です? マグロって生きてるなら普通に鮮魚ですよね?? どうやったら氷里くんの技術でぴっちぴちに?? 刺身や柵の状態からってコトですかね??」
「うーん、僕にもそのテクニックとやらがサッパリ心当たりがないけど、少なくともマグロが食べ物じゃないって事だけは分かるなぁ……」
「マグロが食べ物じゃない……?? なんかの比喩? うーん、なんだか晩ご飯はお刺身が食べたーい!!」
「うんうん、お刺身もいいねぇ……」
なるほど、これが今日の試練かと真玄は冷静に頷きながら。
食卓にサラダとコーヒー(牛乳入り)と、目玉焼きトーストとデザートに兎の形に切った林檎を並べた。
「「いただきまーすっ!」」
彼女は無邪気に食べ始め、彼はどうやって答えたものかと頭を悩ませた。
噂になっているテクニックは本当に心当たりはないが、マグロの隠語としての意味は流石に知っている。
正直、そこまでのエロワードでもないし教えるまでもないとも思うのだが。
「もぐもぐ、もぐもぐ、んまーいっ! 毎日のように食べてるのに氷里くんのご飯は飽きがこなくてスゴい!!! …………ところで、さっきの話ですがマグロってどういう意味です? 何かの隠語だってのは何となく分かりますけど……」
「んー、まぁいっか。正直、食事中にする話じゃないんだけど」
「ほうほう?」
「僕の知る限り、不感症の女性への蔑称かな? セックスの時に感じない人という意味では男女問わず使うかもしれない」
「ぶはっ!? ごほっごほっごほっ!! …………あ゛ー……、食事中にそんな事を言わせてホントーに申し訳ないっ、う゛う゛ぅ~~、知らなかったよぉそんな言葉だなんてぇ~~~~っ!!」
「ははっ、そうだと思った。はい口拭いてー、ごしごし」
「恥ずかしいぃ……穴があったら入りたいです、おまけに吹き出して口を拭いて貰うなんてぇ……っ!!」
耳まで顔を真っ赤にし、両手で顔を隠す彼女の姿を彼はとても微笑ましく眺めながら。
これはフォローをしておくかと。
「そんなに恥ずかしがるコトはないさ、そこまでエッチなワードでもないし、何より……君は別に不感症って訳じゃあないだろう?」
「た、確かにそうじゃないとは思いますけど……って、なんで分かるんですか氷里くん?? もしかして――――――経験がお有りで??」
「け、経験??」
その刹那、心臓を直接掴まれるようなプレッシャーがゆらぎから発せられ。
リビングの室温も、一気に氷点下まで下がった錯覚さえした。
(なんで?? え、なんで怒ってるの!? それに経験って何!? ゆらぎも僕が童貞だって知ってる筈だよね??)
真玄としては、原作で抜き系陵辱エロゲヒロインに相応しい姿を知っているのでゆらぎが不感症ではないと断言したが。
そうとは知る由もない彼女にとって。
「氷里くんってイケメンですもんね、優等生ですし、誰にでもやさしーですし、さぞかしおモテになるんでしょーねぇ??」
「待って、ホント待って、僕に恋人はいないし、童貞のまま変わらないよ? 親しい女の子だって君と、強いているなら護士木さんやクラスの子とか朱鷺先輩ぐらいだろうし……」
「では自称童貞の氷里くんは、何の根拠があって私が不感症じゃないって断言できるんです? ね、言ってみてくださいよ」
「う゛っ、そ、それは――」
どう答えたらいい、と真玄は迷った。
ゆらぎは何故か今とても怒っているし、転生うんうんと言っても信じずに怒りが増すばかりだろう。
言葉で説得するのが無理ならば、残る手は――。
(――やるしかない、けど慎重に行くんだ。どうとでも誤魔化せるような、そんな感じにするんだ僕なら行けるッッッ!!!)
一歩間違えれば、変態と罵られるかもしれない。
もしかすると、ゆらぎの変態化を促し死亡フラグを立ててしまうかもしれない。
だが今は、そのリスクを受け入れて踏み出す時だから。
「じゃあ今から検証しよう、ちょっと右手を貸してくれるかい? 僕が押したりするから君が何かしら声を出したら僕の勝ち、君が声を出さなかったら僕の負けだ」
「なるほど、勝負ってコトぉ!? うおおおお、これは負けられない!!」
(ヨシッ、勝負事にすればノってくると思ってた!!)
内心でガッツポーズをしながら、真玄はゆらぎが差し出した右手を両手で優しく包む。
そして、勝負が始まった。
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