第17話「だいしゅきホールド」
そして朝である、真玄は一睡もできずに悶々と徹夜してしまった。
パジャマに着替えてベッドに入っても瞼が閉じない、見開いたままで充血してる気がする。
何せ。
(~~~~誰かが恋に堕ちる顔を初めて見てしまったッッッ!!)
これが例えば、素丸や継奈だったら喜んで恋路を手助けするし。
天野朱鷺であったら、周囲を巻き込んで全力で応援するのだが。
恋に堕ちる顔をしたのは雪城ゆらぎで、その対象は己である氷里真玄だ。
(なんか、すっごい可愛かった……可愛すぎて震えが止まらな…………あ、これ単に恐怖か、うん、怖すぎて心が変な方向に行ってるな)
もうそろそろ、朝食の支度をしなければならないと。
彼はひたひたと這い寄る死の気配を感じながら、のそのそとベッドから出た。
一方でその頃、隣室の住人、もといゆらぎは。
「ううっ、全然眠れなかったし、何にも決まらなかった……うぇぇぇぇぇぇぇぇん、助けて継奈~~!! そろそろ起きた? でも朝っぱらから朝食もまだなのに恋愛相談とかぁ…………、どんな顔して氷里くんと会えばいいんだよぉ~~~??」
変な顔してなかったかとか、この恋心がバレてないだろうかとか、継奈に相談したいけど寝てるだろうし出きれば通話で相談したいし、等々。
堂々巡りを繰り返し、顔が赤くなったり青くなったり、徒に精神だけが消耗していく。
だが何人にも必ず朝は来る、このままベッドの中に居たら真玄が起に来るだろう。
「ッ!? だ、だめっ! 絶対に目の下クマできてるし、こんな顔見せられない!! 早く着替えてメイク!!! ――――も、もしもの為に、新品の下着にして…………って、いやいやいやッッッ、動揺しすぎでしょ!!!」
わたわたバタバタ慌ただしく彼女は準備を始める、幸か不幸か同じく徹夜だった真玄の動きは遅く。
ゆらぎは真玄が来る前に準備が終わり、それどころか彼の部屋の扉の前へ。
中に入ろうとドアノブに手を伸ばし、ぴたと止まる。
(…………あ、朝の挨拶って何だったっけ!? マズイど忘れした!!!!!!)
お、から始まる言葉だったとしか分からず、彼女は己が思っている以上にテンパっている事に気づいた。
どうしよう、どうしよう、髪は変になってないか、リップは大丈夫か、様々なことが気になって来て。
(ううっ、氷里くん……私の気持ちに気づいてる? もし気づいてなかったら…………どうすればいいんですかああああああああああああ!!)
気づいて欲しい、でも気づいて欲しくない。
顔を見るのも恥ずかしい、でも顔を見たい。
声が聞きたい、笑って欲しい、いつもみたいにしょうがないなって顔で側に居て欲しい。
(――――女は度胸! そして愛嬌! ここから導き出される答えは…………だいしゅきホールド!! きっとこれが正解のはず!!)
だいしゅきホールド、それは彼女の認識とすれば。
大好きだよーっと抱きついて全身で好意を表す、とても大胆で純粋な愛情表現である。
すぅはぁと深呼吸、ゆらぎは勢いよく扉を開けて中に入り。
「前方ヨシッ、標的は朝食の準備済みであります!!」
「うん?? え、テンション高くない? どしたのゆらぎ??」
「うおおおおおおおおっ! トぅ!! ぎゅーーっ!! ぎゅうううううううう!! お! は! よ! う!」
「お、おはよう? え、何? なんでそんな力一杯抱きしめてきてるの??」
「こ、ここここ、これが秘技だいしゅきホールドである!! ま、まいったか氷里くんッッッ! …………だ、だいしゅきになってくれた?」
「…………は~~~~~~~~~~~~あ」
「なんでそんな深いため息つくのおおおおおお!! もっとデリカシー!! 女の子が勇気出してるんだからさあああああああああ!! うあああああああん、恥ずかしいいいいいいいいいい!!」
ジト目で立ち尽くす真玄から、ばっと離れてしゃがみ込むブレザー姿のゆらぎ。
大怪我にもほどがある、スベり散らかすという行為がここまで心臓に悪いだなんて思いもしなかったと呻いて。
そして彼とすれば、あばばばと心の中で叫びながら必死に思考を回していた。
(クソッッッ!!! こんなに早くアプローチをかけてくるなんて聞いてないよ!! 原作では殆どのシーンで陵辱されてるから知らないよこんなのおおおおおおおおおおおっ!)
前世はエロゲヲタクだった為に、恋愛なんて画面の中でしか経験がない。
今世では死の運命を回避する為に、恋愛なんて考えてなくて。
だから、こういう時にどうすればいいか分からない、けれど出来ることは確かにある。
(――ゆらぎはだいしゅきホールドを勘違いしている、これを正さなければ。それから……嫌われる勇気、今の僕に必要なのはそれだッッッ)
今までは、ゆらぎの機嫌を害すれば死亡フラグ成立が濃厚になると信じていた。
しかし、彼女から異性として好意を寄せられ原作の関係に一歩近づいてしまったならば嫌われる他に方法はない。
だが言葉で傷つけるのは悪手、つまり怖がらせるしかない。
――だから。
「顔を上げてゆらぎ、朝から悪い子だ……そんなにお仕置きされたいのかい?」
「ッッッ!? 氷里くんがまた少女マンガのイケメンみたいなコト言い出したああああああああああああ!? ううっ、キュン死するぅ!!」
「………………あれっ??」
精一杯迫力のある顔を声で言った筈なのに、まったくの逆効果の様で。
真玄は思わず首を傾げるのであった。
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