第16話「パイズリ」



(…………氷里くん?)


(ほわっ、ほわああああああああああああああっっっ!! 死っ、死ぬっ! おおおおおお落ち着けぇ!! まだ、まだ死なない、その筈だ!!)


(もしかして――このワンピ死ぬほど似合ってなかった!? それとも氷里くんは優しいから言わないけど私自身ってもしや相当の……!?)


 真玄に釣られてガタガタを震え出すゆらぎは、強い罪悪感に襲われていた。

 彼に少しでも恩返しをする為だったが、裏目に出てしまったとは。

 彼女は必死になって考えた、今まで己がして来た事で彼の反応が一番よかった事と言えば。


「…………ごくっ」


 一か八か試してみるべきだろう、と彼女は恐る恐るスカートを持ち上げて。

 それを目にしてしまった真玄とすれば。


(うわあああああああああああッッッ!? 誘われてる!?)


 もはや恐怖しかない、彼にとって事態は超ウルトラハイパー深刻で。

 言葉一つ間違っただけで、即座に殺されてしまいそうな不安感。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。


(うっかり死んだけどラッキーにも転生したんだから、まだ死にたくなあああああああい!! 今世では長生きしたあああああああああい!!)


(ひぃっ!? もっと激しく震えてる!? うう……そんなに嫌、だったの? そんなに私は――)


(あ、なんか誤解されてる感じがするっていうか見るからに涙目になってる!? 何かフォローしないとッッッ!?)


 ゆらぎの心を傷つけてしまうのが、現状想像できる一番最悪のパターンだ。

 そこから連鎖的に死亡フラグの後、殺害されると真玄は確信した。

 ならば、出来うる限り紳士的に接しなければならない。


「――ごめん、ちょっと取り乱した。うん、誤解させちゃったみたいだけど。新しい服はよく君に似合ってる、可愛いよゆらぎ」


「っ!? ほ、ほんとう!!」


「僕を喜ばせようとしてくれた事、とても嬉しいんだ。…………でも一つだけ、言いにくい事があってさ」


「え? や、やっぱり私なんか――」


「そっちじゃなくて、男子に人気があるのはペイズリーではなくパイズリだってことさ」


「………………パイズリ?」


 きょとんと目を丸くしたゆらぎに、真玄はこいつ理解してないなと瞬時に把握した。

 彼女が性的に無知、よく言えば無垢である事は今に始まった事ではない。

 今現在、彼女に紳士的に接すると決めているから――。


「――パイズリっていうのは、おっぱいで男のアレを挟むセックスのプレイの一種だね」


「………………うぇ? え、ええええええええええええええええええええええええええ!? もおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ハズい!! すっごく恥ずかしい!! えぇ? なに?? 私、氷里くんにパイズリが好きってエッチなこと言ってたってコトぉ!?」


「安心してよ。割と早めに誤解してるなって分かったから、むしろ純粋に僕の為に着飾ってくれてるんだなーって思えたし」


「ううっ、でもぉ~~……!!」


 う゛ー、あ゛ー、と悶えて背を向けるゆらぎに、真玄は今だと確信した。


(うおおおおおおお!! このチャンスを逃すな!! 優しい言葉をかけて機嫌を直してもらうんだ!!)


 顔は冷静に、心の中では死にものぐるいで彼は彼女に後ろからそっと抱きついた。

 そして首筋に顔を埋めると、ゆらぎはひぅと肩を小さく震わせた。

 動揺していると確信した真玄は、彼女の耳元で囁いた。


「そうやって恥ずかしがる君が見れて嬉しいよ、とても可愛くて思わず抱きしめちゃった」


「ひ、ひひひひひひ氷里くん!?」


「ごめんね、君がえっちな事に疎くて苦手なのは知ってるけど……未来の為に少しでも正しい知識を知っていてほしかったんだ」


「それって――」


 口説かれてる、ゆらぎはそう感じたし。

 何なら、心の中に暖かい何かが湧き出てくる感じすら。

 真玄は己が目指す最終的な方向と、真逆に全力疾走している事に気づかず、ここが正念場だと気合いを入れた。

「――君が(友達として)大事だから、君と(親友として)いつまでも一緒に居たいから。……君に(僕が死なないように僕から離れた所で)幸せになってほしいから」


「……………………」


(――――――あ、あれ? 黙っちゃったぞゆらぎ!? おーいゆらぎさん!?)


 真玄が焦る中、彼女はもぞもぞと動いて反対を向く。

 すると必然的に、至近距離で二人は顔をあわせる事になり。


「氷里、くん。ううん……真玄くん」


「えと、ゆらぎ……??」


 彼女の瞳は熱っぽく潤んで、うっとりとしていた。

 その桜色の唇は少しだけ開いて、彼にはキスする寸前の動作のようにも思えた。

 最悪なことに過去一番可愛くて、真玄は己の視線が吸い込まれていってるのを自覚した。

 ――このままだと、本当にキスしてしまう。


(ダメだ、止まらな――――)


 唇と唇が触れ合おうとする瞬間、ゆらぎはドンと真玄を突き飛ばし距離を取った。

 その顔は、恋する乙女がキスが恥ずかしくて少し怖くて、思わず拒否してしまったとありありに書いてあって。


(今の拒絶は死亡フラグには繋がらないと思うけど…………かなりヤバいのでは??)


 ゆらぎに何を言えばいい、どんな言葉で、どんな顔をして接すればいい。

 真玄が戸惑って固まる中、彼女は潤んだ瞳でしっとりと彼を見つめた後。

 ぷいと顔を反らし、足早に立ち去っていった。

 ――ばたん、と玄関から音がして。


(やああああああああっちまったあああああああああああああッッッ!!)


 残された真玄は、頭を抱えて崩れ落ちたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る