第13話「水風船」



 ゆらぎが部屋に居てもスカートを履くようになって数日、真玄はとても平和な時間を過ごしていた。

 というのは表面上で、ちょっとしたアクシデントに頭を悩ませていて。

 スカートによって彼女のエロいデカケツが隠されるのはよかったが、隠されることによって逆にエロスが強調され。


(――――知らなかった、生足ってこんなにエロいんだね……、むっちり太股、足首や指、その関節!! どうしてかエロく感じる!! なんでだよ!!)


 真玄は失念していた、己が原作においては鬼畜人間であり、そして性欲モンスターでもあった事を。

 つまり、ちょっとやそっと自分で慰めてもその場凌ぎにしかならず。

 しかし優等生という自負が、プライドが、矜持が、彼自身の性欲を強固に封じ込めていた。

 ――だから、学校は彼にとって癒しの時間でもあったのだが。


「くらえ、俺の自慢の水風船!!」「そのポークビッツしまえー!」「オラァ! 俺の棒で濡れなぁ!!」「うわっ!? そんなもんに水入れてチャンバラすんじゃねぇ!? ところでオレの分もある?」「男子やめなー」「アタシらに水かけたらボコすからな」


「こらーー! いきなり教室で何してるんだよ素丸!! アンタの保護者としてウチは恥ずかしいよ!!」


「誰が保護者だよ護士木! お前もこのロング水風船でやっつけてやるぜ!!」


「…………素丸、皆もさぁ小学生かい??」


 真玄は大きくため息を吐き出した、然もあらん。

 休み時間になったと思えば、素丸を筆頭にクラスの男子の半分がコンドームを水風船にしてチャンバラを始め。

 女子は呆れた視線、男子の残り半分も苦笑いしながら参加しそうな勢いで。


「ねっ、ねっ! 楽しそう! 私もやりたいです氷里くん! いっしょにバトろうぜ!!」


「…………ゆらぎ??」


「いやー、何を隠そうこの私、心はいつまでもDS(男子小学生)!! 水風船でチャンバラと聞いて黙っていられないってもんよぉ!!」


「あ゛ー…………」


「え? なんでそんな頭抱えてるんです氷里くん??」


 そりゃあ頭も抱えたくなるってものだ、例によってゆらぎは水風船がコンドームだとは気づいていない。

 もしかすると、コンドームすら知らない可能性がある。

 まったく、なんて事をしてくれたんだと真玄は素丸を睨むと。


「――皆の者! 撤退じゃ!! 真玄お代官様に上様のお守りは任せて巻き込まれる前に避難じゃ!!」


「あっ!? 素丸テメェ!?」


「然り然り!!」「すまない委員長ッッッ」「オレらは馬に蹴られたくないんだ」「めんご」「結婚式には呼んでくれよ!」「すまんな、このセンシティブ水風船チャンバラは委員長だけハブなんだ」


「くっ、逃げ足の早い! なぁ護士木、頼みが――」


「――ウチは素丸を躾なきゃいけないから、また後でね! 逃げるんじゃなくて躾なきゃだから仕方ない!! 説明任せたああああああああああ!!」


「おい、おい??」


「やーいやーい、氷里くんハブられてやんのー? でもなんで??」


 素丸達男子の半数と継奈が逃げ出した後の教室で、氷里はどうしたものかと頭を悩ませた。

 正しい知識を教えるのに越したことはない、しかし女の子に男の真玄が教えていいものか。

 それに、教えた事で死亡フラグが立たないかという事。


(僕の生死がかかってるんだ……、なるべく事務的に、授業みたいに、慎重に教えれば――)


「あ、安井くんが持ってたやつ落ちてるーーっ、ゲットォ!! ガハハこれはワシのじゃー!!」


「ッッッ!? ちょっ、ゆらぎ!?」


「へへーん、欲しがってもあげないもんねー! …………しかしこれ個包装になってるんですね、今時の水風船って厳重ですなぁ」


「捨てなさい、捨てろぉゆらぎ! 君にはまだ早いって僕は思うんだけどぉ!?」


「早い? え、これ年齢制限アリ?? もしや結構な高級品?」


「あ、いや、コンビニで買えるぐらいには安価だけども」


「そなの? なら……私をチャンバラに誘ってくれなかったバツとして穴を開けてやるぜ! 水を入れようとしてブシューって安井くん達が濡れる寸法よ!!」


 自分が陰キャだと思っている銀髪巨乳美少女は、悪戯っ子な笑みを浮かべ。

 真玄が止める間もなく、スカートのポケットから携帯用のソーイングセットを取り出し中から針を手に取る。

 そういえば彼女は意外と家庭的なところがあった、と彼は思い出したが。

 ――ともあれ。


「はい、ぶすっと」


 ゆらぎがコンドームに穴を開けた、本人としては水風船に悪戯しただけだのだが。

 見ていた周囲としては。


「うッッッ!! あ、頭がッッッ、おろろろろろ!!」「し、しっかりしろ! 傷は深いぞ!!」「うわあああああっ、せ、責任ッッッ、オレは知らなかったんだ!!」「あー、彼女持ちのトラウマが……」「ウチは肉食系で重いの多いから」


 男子達はげっそり青い顔。

 女子といえば不敵な笑みをして。


「雪城さんも“こっち側”だったようね」「ふふっ、既成事実って素敵」「次はこっそり穴を開けるのよ雪城さん」「一度目の前で穴を開ける事で、次は駆け引きからの熱い夜が産まれる……なかなかの策士だわ」


「えっ!? えっ!? 何かしちゃいました!?」


「おおう、もう…………」


 顔を両手で覆って天井を見上げた真玄は、今すぐにでも教えなければと決意して口を開いた。


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