第8話「童貞卒業最低保障」



 またも死の未来の危機である、この危機に対して出来ることは何か。

 一つ、混乱し淫乱化の予兆が見えるゆらぎを朱鷺と引き剥がさなければならない。

 二つ、真玄を混乱状態とはいえ拒否したゆらぎの機嫌を取らなければならない。


(――僕なら出来る、やらなきゃ死ぬんだ絶対にやり遂げてみせる!!)


 特に重要なのはゆらぎの機嫌だ、全てはそれにかかっていると言っても過言ではない。

 もしこのまま放置して、今の混乱による淫乱化の予兆が憎悪に変わってしまったら殺されるかもしれないと真玄は疑り深く考えた。

 つまり、優先すべきはゆらぎで、他の者ならば。


「…………朱鷺先輩、素丸の童貞をやるから勘弁してくれないかな?」


「真玄おおおおおおおおおおおおおおおおおお!? お、おまっ、俺を売るってのかありがとう!! 体だけは極上の女の子と童貞卒業のチャンスだ!!」


「じゅるり、安井っちの童貞……、そうね、優しい丸刈りのフツメンの癖に非モテオーラで熟成された童貞…………いいわ、手を打ってもいい」


「うええええええっ、いいのそれっ!? え? 氷里くん!? 安井くんもそれで――」


 ゆらぎが目を丸くした瞬間だった、深紫髪のポニーテールの少女もとい護士木継奈が身を乗り出して。


「はっ、反対反対反対!! ウチは絶対に反対するぅ!!」


「ふぅ~~~~んっ、継奈ちゃんは反対するんだぁ……アタシが安井っちを食べちゃうのがそんなにイヤ? んー? 何でイヤなのかお姉さんに教えて欲しいなーって」


「そ、それは……そのぉ…………」


「えっ、護士木? お前まさか、俺のこと……?」


 途端に顔を赤くして俯き、それでも素丸のことをチラチラと見る継奈の姿に真玄もゆらぎも察して。

 ラブ、愛、好意、つまりはそういう感じで、友達以上恋人未満な関係であるのが素丸と継奈である。


(薄々そうなんじゃないかって思ってたけど……うごごごごッ、どうしてだ原作の僕!! どうしてこんな二人というか素丸の弱みを作って握り手下にして、ゆらぎのついでに継奈も陵辱するとかさぁ!! ――いや待て、作中で語られてないだけで知っててやったのか原作の僕??)


 素丸の童貞を犠牲に朱鷺を遠ざけようとした行為はともあれ、原作と今の違いに真玄は心を揺さぶられた。

 原作が鬼畜過ぎて、温度差で風邪を引いてしまいそう。

 一方でゆらぎと言えば、親友の恋愛事情にに興奮して。


「いけーーーっ!! そこだ抱けえええええっ!! 今すぐ継奈ちゃんを抱きしめてチッスをするんだ安井くーーん!! いけるっ、いけるぞっ、抱けえええええええええええ!!」


「もおおおおおおおおっ、ち、違うんだったらぁ!! ウチは素丸なんかにそんな――」


「くっ、選べないッッッ、目の前には体だけは極上のビッチ先輩が童貞を貰ってくれて、隣には俺に好意を寄せてくれる可愛い女の子が……ッッッ」


「こらこらこらッ!? なんでそこで迷うんだよ素丸!! そこはウチが居るからって朱鷺先輩は断る所でしょ!! い、いやまぁ、断ったところでウチは別に素丸の事なんか? だから…………うううううううううううううッッッッ、がるがるがるっ!!」


 遠慮の欠片もみせずに煽るゆらぎ、肉欲と恋心に揺れる素丸、羞恥と嫉妬で犬のように威嚇し始めた継奈。

 そんな三人を朱鷺はキラキラした目で見て、彼女はそういうのも好きなのだ。


「くぅ~~っ、たまらないわね!! アタシもこういう甘酸っぱい恋がしたかった!! ヨシッ、ならこうしましょうッ! フられたらアタシのところにおいで安井ちゃん! 童貞卒業させてあげる! 氷里もねー、ゆらぎちゃんにフられたらアタシんとこ来なよー! ばーいびーっ!」


「あっ、はい、今度来るときは前もって連絡くださいね朱鷺先輩……」


「ううっ、流石は非モテに優しい清楚ビッチギャル朱鷺先輩っ! これでオレの童貞卒業最低保障は確保されたってもんだ!!」


「――――おい、おい? ちょっとウチとじ~~っくりお話しよう素丸?」


「ひぃ!? 護士木が女の子がしちゃいけない顔してるぅ!? ――うがッ!? く、首がしまるって護士木!? オレの首がしまって――――」


「ははっ、ほどほどにするんだよ護士木さん」


 素丸は継奈に首根っこを掴まれ食堂を退出、その一瞬前に朱鷺も食堂を後にしており。

 残されるは、真玄とゆらぎの二人っきりである。

 昼食として勝ったウドン定食をまだ食べきってないので、食事に戻ろうかと彼が提案しようとした時であった。


「――――ねぇ氷里くん? 氷里くんも朱鷺先輩みたいな子がいいの?」


「え、ええっと……??」


 あ、これヤバいやつだと瞬時に把握できるくらいに冷たい声。

 目を合わせれば彼女の緑の瞳は、深淵をのぞき込むかの如く爛々と輝いて。


(嫌、嫌、嫌、なんか嫌、氷里くんが他の子とセックスするなんて――)


(僕には分かる、今のゆらぎは原作のエンディングシーンの雰囲気に近い、そう、原作の僕を殺した時の空気感に近いって事は…………一歩間違えれば、僕は死ぬッッッ)


 叫びたくなる気持ちを必死に押さえて、真玄は表面上の平静を保った。

 そんな彼にゆらぎはすり寄り、甘えるように彼の腕を抱きしめると。


「答えてください氷里くん、やっぱり朱鷺先輩みたいにおっぱいが大きくて清楚で、経験豊富な子がいいんですか?」


「素丸はそうかもだけど、僕は今僕に抱きついている銀髪の子がいいって思うな」


「――――へぇ、そぅ、信じてます、信じてますから、氷里くんは愛する女の子だけを一途に想い、貞操を大事にする王子様みたいなヒトだって、私……信じてますから」


「なるほど、過度な期待をしてるみたいだけど信じてくれること自体は嬉しいね」


 真玄は噛まずに言えた自分自身を誇った、なにせゆらぎの言葉には情念が籠もりすぎている。

 信頼と呼ぶには、狂気と重力に支配されすぎている。

 だってそうだ、彼女はまだ虚無を抱えた瞳で真玄を見つめていて。


「そうだ、お手を拝借…………ちゅっ」


「………………ッッッ!? ふぇっ!? ひ、氷里くんいったい何を!?」


「――――ゆらぎ、君こそが僕(の生存)にとって世界で一番大切で重要な女の子だ」


「え、ええっと、あの、そんな、そんなまっすぐな目で見られちゃいますとですね、その、私としても顔が真っ赤になっちゃうので…………」


「おっと、うどん定食が完全に冷めちゃう前に食べきっちゃおう。――はい、あーん、せっかくだから食べさせてあげるよ」


「ッッッッッッ!?」


 陵辱エロゲの悪役主人公とはいえ、イケメンに生まれてきてよかったと真玄は安堵した。

 それっぽい台詞と表情をすれば、大概のことはこうして誤魔化せるし。

 何より、ゴマを擦って好感度調整もできる、と。


(ヨシッ、一件落着!!)


(ううっ、もしかして、やっぱり、氷里くんって私のこと…………)


 その後、さすがに何事もなく時間は進み。

 何故かその日の夕食のおかずが一品増えていたが、真玄は何も考えずにラッキーと喜んだのであった。


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