第3話「無知シチュ」



 奇しくも半同棲状態になっていたクラスメイト雪城ゆらぎが、メインヒロインと気づいてから数日。

 転生主人公、もとい真玄の目には原作とは違い至極平凡で普通な日常を送っているように見えた。

 それは良くも悪くも、気づく前と同じように彼女と半同棲状態という事で。


「よっしゃーー! 勝った勝った! 私の勝ちぃ!! やーいザーコザーコ、氷里くんのザーコっ!」


「自分が得意な格ゲーで僕を初心者狩りしてイキって楽しいかい? 五目並べとか将棋とかで勝負する?」


「それ絶対に私が負けるやつじゃないですかイヤだー、いーじゃんイキっても、頭脳で氷里くんに勝てないだからさぁ……!」


「ゆらぎなら、練習すれば僕を簡単に追い越すと思うんだけどねぇ」


 真玄は苦笑しながらコントローラーを置いて、ふぅとひと息ついた。

 原作ゲームでは語られなかったが、雪城ゆらぎという少女はゲームが好きなだけではなく得意でもあって。

 そんな彼女と一緒に遊ぶのが、彼としても楽しいのは事実ではあるが。


(やっぱ、このままだと不味いよねぇ。けど今更距離を取っても不自然だし……)


 雪城ゆらぎが己の死亡フラグである以上、距離を取るのがベストではあるが。

 一方で迂闊に彼女の心を傷つけてしまった場合、それが死亡フラグに繋がる可能性もある訳で。

 現状維持、それが一番に思えるのだが。


「あー、まーた氷里くん怖い顔してるー。最近ちょっと多いよ? どしたん? 悩み聞こかー?」


「ははっ、ごめんごめん。晩ご飯は何を作ろうか悩んでただけさ」


「お? という事は腕によりをかけて作ってくれるってコトォ!? いやー、期待しちゃうなぁ」


「期待するのはいいけど、Tシャツ一枚の格好止めてね?」


「はっはっはっ、今日の私はひと味違う!! な、なーーんとブラジャーを付けているんじゃい!! あ、見ます? お気に入りのきゃわいーの付けてるんだけど……――――あだっ!?」


「……………………ま、まぁ、ノーブラじゃなくなっただけマシなのかな??」


「ぶー、ぶー、乙女の顔に傷がついたらどーするんですかーっ!」


 隣でTシャツの裾を持ち上げようとした彼女を、その額にチョップして制止しながら真玄は苦笑した。

 この調子で少づつ、無防備な彼女を改善し、そして物理的距離、更には心的距離も遠くしていけばいい。

 そんな事を彼が考えていると知らず、ゆらぎは小さく、あ、と零すと。


「そういえば聞きたいことがあるんでした、氷里くん知ってます? 今日、クラスの女の子たちの間でコスプレの話になったんですけど……」


「へえ珍しい、ウチの女子達ってアニメとか好きな子少ないと思ってたけど……」


「アニメのコスプレじゃなくて、単にネコ耳と尻尾でかれぴっぴを喜ばせよう的なリア充感ハンパない話題で陰キャの私は内心死にそうに聞いてたんですけど」


「うーん、君は本当の陰キャに謝らなきゃいけないよ??」


「ううっ、それはそうですけど苦手な話題だったんですよおおおおおっ!!」


 陰キャと呼ぶには光属性の美少女、それが雪城ゆらぎである。

 同時にかなりのオタクであり、そんな彼女がコスプレについて聞きたい事とは何だろうか。

 真玄は何かを忘れている気がしたが、そのままゆらぎの話を聞いた。


「まあ兎に角ですね、アニメのコスプレならふわっと分かる私ですが。流石にかれぴっぴに喜んで貰う為のコスプレ系は首尾範囲外でして……」


「恋人に喜んで貰う系で、ネコ耳と尻尾のコスプレ……容易に想像がつく定番アイテムだと思うけど……何が分からないの??」


「ネコ耳は分かるんですよ、だってあれカチューシャに付いてるだけですしおすし」


「となると尻尾の方? でもあれって尾てい骨に付けられるように、紐とかクリップがあるんじゃないのかい?」


「それがですね、もう一つありまして……なんて言ったらいいのかな、こー、数珠みたいなやつが付いてて、これでどうやって固定するんだ! みたいなのが。――氷里くんなら知ってますよねっ! 教えてください!!」


「………………なるほどぉ」


 キラキラと目を輝かせて、純粋な好奇心に溢れた顔を真玄に向けるゆらぎ。

 ずずいと身を乗り出して、ぶかぶかのTシャツから谷間とブラがちらりと。

 それらから目を反らしながら、真玄は心の中で叫んだ。


(忘れてたあああああああああああああああああ!! ゆらぎって性的に無知って設定だったよねええええええええええええええええええ!!)


 原作において、その性的な無知さを原作主人公に付け込まれ。

 陵辱から、ずぶずぶと変態調教のコンボを決められてしまっていたのだった。

 無論、転生者である真玄は彼女に手を出す気など毛頭もないが。


(もし…………例の尻尾について本当の知識を教えたら? ドン引きしたりセクハラだと怒るならむしろ望むところ)


 だが。


(――――もし、もしだよ? 教えたことで……変態になってしまった末に、僕の死亡エンドがあるのなら??)


 シナリオの修正力、あるかどうかも分からない運命に真玄は恐怖した。

 本当の事を告げて死亡の可能性が発生するなら、嘘の知識を言えばいい、もしくは知らないと言い張ればいい。

 けれど、それが本当に安全なのか?


(もし僕の嘘を信じ込んで、変な方向に行ったり、それを誰かに言って恥をかいたとしたら……ゆらぎは優しい、でも……万が一、億が一、それで僕を恨んだら? 殺したいほど……恨んでしまったら?)


 ならば残る手は一つ。


(知らないと言い張る勇気、知らないという嘘を通す意志ッッッ、頼む、通ってくれッッッ!!)


 死亡フラグを乗り越える為に、真玄の無知シチュへの挑戦が始まったのだった。


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