第2話「無防備で性的知識に疎く、性別を越えた親友で死亡フラグ」



 迂闊に動くのは不味いと、思考を止めるなと真玄は引き続き頭を悩ませた。

 どこかに突破口が必ずあると信じて、振り返り険しい目で彼女の後ろ姿を睨み。

 ふと気づいた、原作と今で違うところがある、と。


(――――待った、確かに雪城ゆらぎがベッドの上で無防備にゲームをしているという構図は同じだけど……)


 違う、原作での雪城ゆらぎはこの時点で真玄の恋人だ。

 半同棲ではなく、真玄が一人暮らしをしているマンションから電車で二〇分ほど離れた実家で暮らしている設定で。

 しかし現在の状況はどうだろうか、確かに彼女とは半同棲という間柄であるが。


(僕とゆらぎは……恋人じゃない、むしろ性別を越えた親友と言える。っていうか――僕が保護者の一人とすら言えるかもしれないね)


 今のところ、真玄からゆらぎへの恋愛感情はゼロだ。

 そもそも、幼い頃から一生を独り身で過ごす覚悟をしてきたし。

 彼女と仲良くなったのも、原作真玄のように邪な理由ではなく。


(去年は確か、ゆらぎの友達は別クラスで――)


 アクティブ系の陰キャ、或いは人見知り。

 友達と一緒だと活発だが、一人だと受け身に周りぼっち状態で。

 原作ではそこに付け込まれなし崩しに恋人に、転生後である今の真玄は。


(隣のクラスに友達がいるとはいえ、クラスでぼっちなのは寂しいだろうって僕がゲーム友達になったんだっけ……)


 その後、真玄を通してクラスの全員と仲良くなった彼女であるが妙に懐かれてしまい。

 友人達と一緒であるが、彼女の家に遊びに行って両親と挨拶したり。

 その縁と両親達の縁が繋がって、一人暮らしをしてる彼の隣の彼女も一人暮らしをする事になって。


(――危ない所だった、僕はゆらぎと、今じゃなくても……もしかしたら、もしかしていた…………)


 真玄自身が、既に原作から乖離している以上。

 仮に、彼女と恋仲になっても平気そうに見える。

 だがそれは安直な考えだ、だって原作での彼女は真玄を殺しているのだ、もしシナリオの修正力というものがあるなら。


(――――…………僕はまだゆらぎと親友以上になってない、だから死亡フラグは立っていない筈だ)


 恋人になる、彼女と性交渉を持つ、彼女に対して犯罪行為をする、それら三つが死へのトリガーの筈で。

 ならば、現状維持、もしくは半同棲の解消を……。


「はい、どーんっ!!」


「おわっ!? ゆ、ゆらぎッ!?」


「おらおらおらぁっ、難しい顔してないで私にかまうんだぁ! ひーまー、つまんなーい、一人でゲームするの飽きたぁ、かーーまーーえーーっ!」


「君ねぇ…………」


 なんでこの子は距離が近いんだよ! と心の中で叫びながら真玄は眉根に皺を寄せた。

 メインヒロインらしく、彼女は控えめに言ってとてつもなくスタイルがいいし声も可愛い。

 しかし、陰キャ特有というべきか、彼女が彼に恋愛感情を持っていないからだろうか、距離感や接し方が女同士のそれでつまりはボディタッチが激しい。


(今まで指摘しなかった僕も悪いかもだけどね? どーして恋人じゃない男にノーブラで抱きつくの??)


 しかも、楽だからとぶかぶかのTシャツ一枚だから胸元もゆるゆる。

 スカートやズボンを履いていないからパンチラし放題で、更に甘えん坊な所があるから今のように密着する事も多く。

 真玄が元アラサーの転生者でなければ、一生独身の覚悟をしてなければ、押し倒していた事は想像に難くない。


「うりうり、うりうり、かまえー、かまえー、新しいホラゲ買ったから一緒にしよーよぉ!」


「…………はぁ、まったく。君ってばホラー好きだねぇ。でも始める前にせめてスカートでも履きなよ」


「えー? そんなんどーでもいいじゃん。さ、やろやろーっ! ……あ、もしかしてぇ…………いやらしー目で見ちゃうからとか? って、ありえないか私なんかをそんな目で見るヒトとかいないっしょ。どーせ、お腹冷えるからとかって感じ?」


「お腹冷えるってのもあるけど、ゆらぎは女の子としてかなり魅力的だよ? 僕じゃなかったら襲われてるシチュエーションだね」


 何の照れもなくストレートに出された言葉に、ゆらぎは、あれっ? と瞬きを一度。

 彼は今、なんて言ったのだろうか。

 勘違いでなければ、襲いたくなる程にとても魅力的な女の子だと。


「………………え、マジ?」


「マジマジ、僕は一生独身でいるつもりだから平気だけど。普通だったら口説かなきゃ失礼ってぐらいに魅力的な女の子だよ」


「~~~~ッッッ!? う、うええええええええええええええええええええっ!? い、いいいいいっ、いきなり何をッ!? え? ええっ!?」


「ゆらぎは自己評価低めなのが欠点だよね、もう少しだけでも自分が超可愛い美少女だって自覚した方がいいよ」


「なんで誉める!? なんでいきなり誉めたの!? ううううううううううううッ、ばかっ、氷里くんのばーかばーかばーーーーかッッッ!!」


「なんで僕は罵倒されてるの??」


 真玄は首を傾げたが、然もあらん。

 ゆらぎからしてみれば、氷里真玄という存在は己のぼっちを救ってくれた恩人で、ゲーム仲間で、性別を越えた親友で、一緒に一人暮らしをエンジョイする同士で。

 加えて、誰からも信頼される優等生にして、校内でも高い人気を誇るイケメンである。


(も、もしかして私っ、脈アリ!? 氷里くんって私に脈アリだったの!? い、いや落ち着けぇ、さっき氷里くんは独身主義っぽいコト言ってたし、でも魅力的な女の子だって……)


 今までも、ずっとそう思ってくれていたのだろうか。

 考えてしまうと、ゆらぎの顔は茹で蛸のように真っ赤になってしまって。

 それを見た真玄は、風邪でも引いたのかと額と額をごっつんこし熱を計る。


(あわわわわわっ、き、キス!? キスされるぅ!?)


「うーん、熱があるみたいだね。ゲームは止めて今日はもう休んだ方がいいかも。後でおかゆ持って行くから帰った方がいいよ」


「あっ、そういう……」


「うん? なにが?」


「なんでもないっ、なんでもないから帰る!! ばいばーーい!!」


「じゃあまた晩ご飯の時間に……って、すっごい勢いで帰ってったな、そんなに体調悪かった?」


 真玄は首を傾げながら、ともあれ死亡フラグは今のところ立っていないだろうと安堵したのであった。


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