第56話
「もうやけた~?」
「まだだよ。まずは強火で二分。ひっくり返してフタをして、弱火で六分」
出来上がったハンバーグを、サーモンピンクの大きなお皿に載せる。
恐竜の親子の絵が書いてあるやつだ。
パパ、ママ、男の子と女の子の恐竜。
ちょうど僕たち家族みたいだった。
みんなでハンバーグを作ったとき、ギョウザを作ったとき、ホットケーキを焼いたときは、いつもこのお皿を使っていた。
このお皿からみんなで、少しづつ分け合ってたべたのだ。
そういえば大好きだったこのお皿は、どこへ行ってしまったのだろう。
「ほうら。パパの特製ソースもできたぞ」
肉好きのパパが、こだわりのグレービーソースをハンバーグにかけながら言った。
気づけば隣にいた葵鈴の瞳からも、ハラハラと涙が流れていた。
この一週間後、あの恐ろしい事件がおこるのだ。
でも目の前の光景を見ていると、そんなことがおこるなんて夢にも思わない。
パパがいて、ママがいて、葵鈴がいて、僕がいて。
みんな幸せそうに笑っていて。
そりゃママの目元のシワが増えたり、パパの後頭部の髪の毛が減ったり、葵鈴が小学生になったり、家族がどんどん変化するのはわかっていた。
でもまさかあの事件を境に、それぞれがバラバラになってしまうなんて、あのときは思っても見なかった。
お金では決して買えない幸せが、目の前の光景にはあった。
ささやかな日常が、実はどんなにかけがえのないものだったか。
ささやかな日常なんて、実はとても壊れやすいものだったことに、今更ながら気づく。
当たり前のことは、決して当たり前ではなかった。
イカ焼きとおでんは、冷めてもおいしかった。
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