第40話

「許さない? お前、オレにそんな口の利き方していいと思ってんの?」


 航志が僕の目をにらみつけながら、長い足で僕の太ももを勢いよく蹴った。


 不意打ちをくらい、僕はハイビスカス畑の中に吹っ飛んだ。


 何本かのハイビスカスが折れて、僕の顔の前にぶら下がる。


 早く立ち上がらなきゃと思ったその時。


 ぱーん。


 何かが何かを叩く、いい音がした。


 見れば航志が左頬を抑えている。


 背の低い葵鈴が、バスケのシュートを決めるかのように高くジャンプして、航志の頬を叩いたのだ。


「弱虫‼」


 葵鈴が航志に向かって叫んだ。


 ダメだ……そんなこと言っちゃダメだ……どこからどう見ても航志は強虫だろ。


 火に油を注ぐだけだ。


「自分だけが不幸だと思ってるの?」


 葵鈴が静かにつぶやいた。


「てめっ、この! 子供だと思って甘くみていりゃあ!」


 航志が葵鈴に右拳のストレートを繰り出した。


 葵鈴が、赤い鼻緒のかわいらしい下駄を履いた足で、軽やかなステップを踏み、鮮やかにその拳をよける。


 航志、少し態勢を崩すがすぐに立て直し、今度は左手のフック。


 右手のアッパーカット。


 コークスクリューブロー。


 そういえばこいつ、ボクシングもやってるなんて言ってたもんな。


 しかしながらパンチはすべて、葵鈴にかわされている。


 航志の顔が上気して赤くなる。


 息が上がりうろたえている。


 額には汗が流れている。


 見たことのない航志の顔だ。


 僕も加勢しなきゃと思いながらも、まるで美しい妖精のような葵鈴の動きから、目が離せなかった。


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