第38話
「ふう、間に合ったね……」
絵から出てくると、美しいピアノとヴァイオリンの旋律に包まれた。
島内放送なのに、驚くほど音がいい。
小高い丘に囲まれているせいか、音が交互に反響し、どこぞのオーケストラホールにいるかのようだ。
透き通った音の響きが、カラダ全体に染み込んでくる。
あれ?この曲知ってるな。メロディラインを心の中でなぞって思い出そうとした。
そうだ、母さんが良く聞いていた「タイスの瞑想曲」だ。
葵鈴が生きていたころ、母さんが料理しているとき、葵鈴と僕が折紙を折っているとき、父さんと僕がお相撲とってるときも流れていた。
あの事件の後、音楽が家の中で流れた事なんてなかった。
懐かしくて、優しい旋律が身体を包み込む。いつしか目からは涙が一筋流れた。
お兄ちゃんなのに、妹の前なのに……そう思っても涙は流れてなかなか止まらない。
手で拭っても拭っても両目からは温かい水が、壊れた蛇口みたいに溢れてくる。
そういえばこの数年間、泣いたことなんてなかったな……。
涙なんてあのとき、枯れたと思っていた。
「泣きたいときは、我慢しないでいいんだよ」
葵鈴がそっと僕の手を握った。
僕は涙を止めることを諦めて目を閉じ、今日だけはゴメンねと思いながら、溢れるに任せた。
「いいところで会ったじゃんか。え? なにお前、泣いてんの?」
突然の聞き覚えのある声。
いま、世界で一番会いたくないヤツの声が聞こえた。慌てて目をぬぐった。
「もっと泣かしてやろうか」
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