第20話

 葵鈴がクレスクントビーチと呼ぶ場所は、美しいパールホワイトの砂浜だった。幼かったあの日に家族と見た、砂浜の色と一緒だ。エメラルドグリーンの遠浅の海が、太陽の光を受けてキラキラと光っている。静かに打ち寄せる波の音が心地いい。


 白くて丸いテーブルとイスが十個くらい、間隔を開けてビーチの波打ち際においてある。


 テーブルの真ん中にも同じ色の白いパラソルがさしてあり、傘の部分が時々吹いてくる気持ちの良い風に揺れている。


 信介さんがイスの近くにサーフボードをさしてイスの一つに座ると、サメのアーリアもイスの近くの海中を泳ぎ始めた。


「アーリアはもうランチを済ませてるから、そろそろお昼寝の時間なの」


「サメもお昼寝するの?」


「まだ子供だから」


「これでなにか買うてや。飲み物は用意しておくさかい」


 信介さんに正方形のコインを渡された。丸以外のコインなんて見たことなかったが、これはこれで整理しやすいかもしれない。でも角が丸くなったら形が変わりそう。世界中のコインがほとんど丸いのは、やはり理由があるんだろうな。


 猫猿を肩にのせた葵鈴と、ビーチに沿って歩いていく。まだやっていないお店も多かったが、イタリアンや鉄板焼きと見られるお店には、結構人が入っていた。


 お店とお店の間には、スカーレッドやレモンイエローなどの色彩豊かなハイビスカスが、あちこちに咲いていた。


 花々はコバルトブルーの空や純白の雲に映え、本当に美しい。


 そういえば葵鈴の「葵」って漢字、ハイビスカスのことも入るんだよな。葵は夏に咲く花なのに、十二月生まれの葵鈴につけるというのはどうなのだろうと思ったこともあったけど、十二月が夏の世界だってある。好きなら何でもいいのかもしれない。こだわる必要はないのかもしれない。


 子供は親を選べないように名前も選べない。春に生まれた子供の名前に秋の季語が入っているとか、よくあることだ。


「立葵とかハイビスカスは夏の花なのに、葵鈴が生まれたのは冬だよな……とか思ってた?」


「なぜわかる……」


「狭い世界にいると、そんなふうに思っちゃうのは仕方ないよね! 例えばオーストラリアと日本じゃ、季節は逆なのにね! じゃ、ハイビスカスの花言葉知ってる?」


「知らない……」


「あっ、今日のランチはこのお店にしよう」 


 花言葉の話はそこで途切れ、葵鈴が立ち止まった。

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