第16話

「例えばヒトが一世一代の大決意で死のうとしても、生きる意味以上の死ぬ意味がある人は、ごく一部」


 テディベアはゴホンと軽い咳をしたかと思うと、興奮気味にまくし立てた。猫猿も振り落とされないように、小さな体をさらに小さく丸め、振り落とされないように必死だ。


「ホンライ自分で自分を殺せる人は、勇気とパワーを持った人なんです! 何かができる人なんです! でもそれに本人は気づいていない。そして試しに死んでみようかなと思って、本当に死んでしまう人たちがどれほど多いこ……っつあ!」


 突然テディベアの顔とカラダが変わる。っつあ!ってなんだよ。こっちが驚いたよ。ビックリしすぎて今度こそ死ぬかと思ったよ。マジメにこのままもう一度寝てしまいたいくらい驚いたよ。テディベアの肩に乗っていた猫猿も、小さな奇声をあげて地面に落ちた。


「あああ……一時間経っちゃったか。まあいいや、お兄ちゃんテディベア好きだったでしょ」


「あ、あの……どちらさま?」


 一応聞いてみる。


「コレお面だったんだよね。一時間しか持たないの」


 お面だけじゃないでしょ。全身毛むくじゃらでどこからどうみても立派なテディベアだったじゃないですか! ……じゃなくて。


 彼女は質問に答えてはくれなかったが、答えはわかっていた。


 そこにいたのは、八年前のあの日、自分が殺めた妹だった。


 もう二度と会えないのだと、何日も何日も泣き続けた妹だった。


 大好きだった妹だった。


 八年経って成長しているけど、三歳の時の面影そのままだ。黒目がちの大きな瞳。長いまつげ。少し上を向いた鼻。なによりおかっぱ頭からのぞく、母譲りの勝気そうな眉毛の角度。タンポポ色のふんわりとしたワンピースの裾が、風で少し揺れている。


 小学校高学年くらいだろうか。一日も忘れたことが無かった、ずっとずっと会いたかった葵鈴が、なぜ今ここに。

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