第8話

 葵鈴が死に母がいなくなってしばらくしたころ、家では黄色いセキセイインコを飼うようになった。


 父が落ち込んでいる僕を励まそうと、買ってくれたものだった。犬や猫はマンションでは飼えなかったので、インコにしたそうだ。


 僕は事故を忘れるためにインコのお世話に没頭した。僕が家にいるときは頻繁に話しかけ、ケージから出しては一緒に遊んだ。


 毎日水を取り替え、エサをやり、ケージの掃除をした。家に来た当時、まだ生まれて数か月だったためか、僕が話す言葉を覚え、かわいらしく鳴いた。


 僕はインコをアリスと名付けた。アリスと一緒にいると心が少し和んだ。


 小学校時代はそれなりに無難に過ごせたと思う。


でも指に刺さってなかなか取れないバラのトゲみたいに、僕が葵鈴にしてしまったことは、何週間、何ヶ月、何年経っても、僕の心の深いところに刺さってなかなか取れなかった。


 トゲの抜き方もわからなかった。パパも知らないみたいだった。 そしてそのトゲはごはんを食べているとき、学校で授業を聞いているとき、友達と遊んでいるとき、夜ふわふわのお布団で寝ているときなんかにチクチク痛んだ。


 自分が楽しいと思うことをしているときほど、傷む気がした。僕はもう、楽しいことをしちゃいけないんだと思った。


 おいしいものを食べたり、笑ったり、喜んだりしちゃいけないんだと思った。だからとにかくインコのアリスをお世話することと、勉強だけは頑張った。


 中学一年生になってからも、途中まではうまくレールの上を走れていたように思う。しかし中二の運動会の全員リレーでやってしまった。


 トップを走ってきた鈴木航志からのバトンをもらい損ね、そのうえ転んでしまったのだ。後ろから来ていたほかのクラスのやつにどんどん抜かされて、僕はビリになってしまった。


 僕の後も何人かのクラスメイトが走ったが、追い抜かすことはできず、僕のクラスのアンカーは、結局ビリのままゴールを迎えた。


 次の日、学校に行くと僕の机の上には白い菊の花が一本、白い花瓶に入れられて置かれていた。

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