第7話

 葵鈴の棺は小さかった。


 青空に浮かぶ白い雲と、小さな茶色のテディベアが何匹も描かれた模様だった。


 骨を焼いて拾った後も、同じ模様の骨壺と、骨袋に入れられていた。テディベアがかわいすぎて、葵鈴がそこに眠っていることが信じられなくて、泣いた。


 母もまた、僕にあまり話しかけてはくれなくなった。夜寝られないみたいで、何種類かの薬を飲んでいた。


 そして葵鈴を納骨した四十九日の次の日、事務のパートに出たきり帰ってこなかった。父が捜索願を出し何年も探したが、見つからなかった。


 葵鈴が亡くなってからは、クリスマスを祝うことはなくなった。


 当然だ。だって妹が死んだ日を、僕が妹を殺した日を、どうしてお祝いできるだろうか? 


 クリスマスも父さんは仕事だったし、お線香をあげて、スーパーでちょっと豪華なお惣菜を一人で買って食べるくらいが関の山だった。


 事故後何年か経つとクリスマスが近づくと気が重くなってきて、イブからクリスマスにかけては家で一日中寝ているようになった。


 リビングのシェルフに置いてあった葵鈴の遺影は、いつの頃からか伏せられ、薄い雪のようにホコリが降り積もっていった。


 葵鈴がいなくなるまでは一年で一番好きな日だったのに、僕はクリスマスが一年で一番嫌いな日になった。


 マンションの入り口や商店街でクリスマスツリーを見るのも辛かったし、ツリーの飾りが美しく光れば光っているほど、悲しくなった。


 そしてツリーのてっぺんについている星を見るにつけ、妹を最期に抱っこした時の、小さくて柔らかな体の感触や温かさや、ふんわりとした重さがよみがえってきて、目から温かい水が流れるのだった。


 父にも母にも怒られたことはたくさんあったけど、四人家族みんなで楽しかった生活は、二度と戻ってこなかった。


 お互いのお誕生日をささやかだけどお祝いしたり、森でキャンプしてはしゃいだり、美しい海で泳いだ想い出は、辛いときに時々思い出すだけの、完全なる過去の記憶になった。

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