第3話

 あれに飛び込めば、多分すべてが終わる。


 通っている中学校で、今日は何発殴られるんだろうか、お金はいくら取られるんだろうかと心配しないで済むし、トイレで裸にされたり頭から水をかけられたりしないといいな、と願う日々も終わる。そして……。


 今日は葵鈴の命日。


 八年前のあの日、僕が実の妹を殺した日。


 その記憶も、僕の命と共に消える。


 あの日も、「Joy to the World」が鳴り響いていた。


           *


「おにーちゃん、これ~」


 僕がテーブルにフォークやスプーンを出していると、妹の葵鈴が小さな足音を立てて小走りで近づいてきた。


 足元で僕をまっすぐに見上げ、ツリーに飾る金色のベルを手渡す。おかっぱ頭からのぞく大きな目が潤んで、なんだか少し泣きそうだ。多分ツリーにうまく飾りをつけられないのだろう。


 三歳になったばかりの葵鈴は、泣いた顔もかわいい。まだあまりろれつの回らない小さな口で、おにーちゃん、おにーちゃんと言いながら、いつも甘えてくる。


「これはね、ベルの上のところをよく見て。糸がついてるでしょう」


「いと」

 ベルを見ながら、葵鈴が繰り返した。


「糸がわっかになってるから、それをツリーのはっぱにつけるんだよ。一緒にやってみよう」


 僕は葵鈴の小さくて柔らかい手を握りながら、僕の背丈よりちょっと大きなツリーのそばまで行った。


 僕が生まれた年のクリスマスに両親が買ってくれた、植木鉢に入った本物のもみの木だ。普段はベランダに出てるけど、今日は植木鉢を良く拭いて、部屋の中に入れてもらった。


 もみの木は買ったころから比べると、だいぶ大きくなって幹も太くなったらしくて、そろそろ鉢を買い替えなきゃね、なんてママが言っていた。ツリーの真ん中らへんの葉っぱに、ぴかぴか光るベルを引っ掛ける。


「ほら、葵鈴もやってごらん」

 小さな赤いサンタの飾りを渡す。


「サン、サン」

「サンタだよ」

「いと、どこ?」

「ここだよ」


 黄緑や紫のボールオーナメントや、赤いクリスマスブーツの飾りを、葵鈴と一緒にツリーのあちこちにつけていく。飾りが多すぎて枝が少ししなり、ツリーもちょっと大変そうだ。


 テーブルからイスを持ってきて、赤や青や緑のライトがたくさんついたコードも、飾りの隙間を埋めるようにくるくると回しながらつけていく。


 最後に葵鈴を抱っこしてあげて、なんとかツリーのてっぺんに、金色に光る星も取り付けた。


「葵鈴、ライトのスイッチを一緒につけてみようか」


「うん! 一緒につける‼」


 僕は部屋の明かりを消した。そして手探りで葵鈴の手を、ライトのスイッチに持っていく。二人だけの、小さな小さな点灯式だ。何十個ものライトが一斉にパッと付き、ちかちかと光り始める。


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