第6話 臨時休業です

 シュロさんとアルメリアさんに魔法を教えてもらってから数日がたった。

 あの日以降、お客さんが来ていないときは魔法に関する本を読んだりして、閉店後に魔法の練習を続けている。

 少しづつではあるけれど、魔法の扱いがうまくなってきたのを実感する。

 シュロさんとアルメリアさんはしばらくこの村に滞在する予定らしい。

 それもやっぱりここ最近のダンジョンの大量出現によるものみたい。冒険者にとってはおいしい話なんだろうけど、住んでいる側からしたらなんだか不安だな。

 とはいえ、村のお店に冒険者の人が良く来てくれるから、わたしとしてはうれしいことでもあるんだけどね。

 フリージアはというとここ最近のダンジョンでの活躍がすごいみたいで、冒険者の間でも結構な有名人になっているらしい。

 そんなフリージアは今、わたしの家で一緒にご飯を食べている。

 昨日閉店後に急にきて『今日カルミアの家に泊めて!』って言ってきたんだよね。

 理由を聞いたらパーティーへの誘いがしつこくて家の周りにも勧誘の人がいるらしい。普通にプライバシーの侵害だと思うな。

「今日もダンジョンに行くの?」

 わたしは朝食のスープを食べながら、正面のフリージアにそう聞いてきた。

 わたしの質問にフリージアはほおばっていたトーストをゴクンと飲み込んで「いや」といった。

「今日は休みにして、カルミアと遊ぼうかな」

 いや、わたしも仕事が。

 とはいえ最近フリージアとあまり遊べていなかったってのも事実だしな。

「わかった。じゃあ今日はお店を休みにするから久しぶりに一緒に遊ぼうか」

 わたしの返事にフリージアは「やった!」といって喜んだ

「じゃあまずは市場に行こうよ!」

 そういって椅子から立ち上がろうとするフリージアの服の袖をわたしはつかんで引き留める。

「焦らないでいいから。朝ご飯ちゃんと食べて」

 わたしの言葉にフリージアは「ごめんごめん」といいながら椅子に座って、残ったスープを飲み始める。

 だけど、そのスピードも明らかにさっきまでよりも早くなっている。

 まったく、フリージアったら。

 そんなフリージアをほほえましく思いながら、わたしも残った朝ご飯を食べ進め始めた。

 しばらくして普段お店を開店するくらいの時間にわたしたちは外に出た。

「さ!行こ!」

 フリージアはわたしの手を引いて駆け出す。

 今日のフリージアはいつもお店に来る時とは違うかなりかわいい恰好をしている。

 かく言うわたしもせっかくということでおしゃれをしているけど、フリージアと大きく違う点としてフリージアはショートパンツなのに対してわたしはスカートをはいている。

 こんなときでも動きやすい服装を着てくるのはフリージアらしいな。

 そんなフリージアに手を引かれてわたしたちは市場までやってきた。

 村のお店の多くが開店し始める時間帯なので村の中心地ということも相まって、朝だというのにたくさんの人でにぎわっている。

 そんな市場を眺めながらフリージアはしみじみとつぶやく。

「ここは昔と変わらないね~」

 昔ってそんなに時間たってないでしょ。

「でもそうだね。小さいとき、ここで泣いているフリージアに初めて会ったんだよね」

「ちょっと!その話はいいでしょ!まあでも、あの時カルミアが私を助けてくれたから、カルミアとこうして親友になれたんだよね。そう考えたら一つの思い出でもあるのか」

 なつかしいな。

 そう思っていると、通りかかったお店の店員さんがわたしたちの姿に気づいて声をかけてきた。

「お!フリージアとカルミアじゃないか!久しぶりだね!」

「フクシアさん!お久しぶりです!」

「お久しぶりです!」

 フクシアさんは、わたしたちが小さいころから家の畑で採れた野菜を毎日こうして市場で売っている人で、昔からわたしたちのことを気にかけてくれるいい人だ。

 農作業によって鍛え上げられた並の冒険者以上に屈強な身体に反して明らかにサイズがあっていないピンクのエプロンがトレードマークだ。

 前に買い替えないのか聞いていみたら、結婚したときに奥さんに買ってもらった大事なものだから買い替えるつもりはないといっていた。

 わたしたちが一緒に歩いているのを見たフクシアさんははっはっはっと笑みを浮かべる。

「二人が一緒に歩いてるのなんて久しぶりな気がするな。ほれ!これでも食べていきな!」

 そういってフクシアさんはわたしたちにキュウリを2本差し出した。

「「ありがとうございます!」」

 お礼を言うわたしたちにフクシアさんは笑ってこたえる。

「気にしなさんな。若者はしっかり食べなきゃ強くはなれんぞ!」

 フクシアさんは昔からそう言ってわたしたちに新鮮な野菜を分けてくれた。

 差し出されたキュウリを受け取って、わたしたちはもう一度お礼を言ってから店を後にした。

 今朝取ったであろうみずみずしいキュウリをせっかくだし新鮮なうちに食べようとフリージアはさっそく一口かじる。

「うん!このキュウリおいしいよ!カルミアも食べなよ」

 フリージアにそういわれ、わたしも一口かじってみる。

「あ!おいしい!」

「でしょ!やっぱフクシアさんとこの野菜はおいしいなあ」

 そんな話をしていると、村唯一の服屋さんが見えてきた。

 村唯一といってもその品ぞろえは決して少なくなく、子ども向けから大人向けまでさらには冒険者の装備まで取り扱っている。

 そんなお店に立ち寄ったわたしたちは互いに似合いそうな服を探してみることにした。

「あ!これかわいくない?フリージアに会うと思うんだけど」

 そういってわたしは水色でところどころに白いレースがあしらわれたワンピースをフリージアに見せた。

 それをみたフリージアは「そうかな~」といいながら若干恥ずかしそうにした。

「あまり普段こういうの着ないもんな~」

「せっかくだし来てみない?」

 わたしの提案にフリージアは「じゃあさ」と口を開いた。

「おそろいのをカルミアも着ない?」

 そういってフリージアは近くにあった同じデザインの、ただし色が水色ではなく淡い黄色のワンピースを手に取った。

「いいね!そうしよう!」

 わたしたちは互いに服を手に取ってお店の試着室でその服に着替えた。

「どう?もう着替え終わった?」

「うん!終わったよ」

「それじゃせーのでいくよ。せーの!」

 フリージアの合図でわたしたちはそろって試着室を開けて互いの姿を見る。

「うん。やっぱり似合ってるよ!」

「カルミアだって、かわいいよ!」

 互いにほめあって、なんだか少し気恥ずかしくなった私たちはえへへ、と一緒に笑った。

 せっかくだからということで互いに服をプレゼントし、そのまま着た状態でわたしたちはお店を出た。

 次はどこに行こうかと考えていると、フリージアが突如何かを思い出したかのように顔をあげた。

「あ!そうだ!渡したいものがあるんだった」

 そういってフリージアは持ってきていたポーチの中からごそごそと何かを探し始める。

 渡したいものっていったい何だろう?

「じゃーん!」

 そういってフリージアが取り出してわたしに見せたのは一つの指輪だった。

「この間ダンジョンで見つけたんだ。わたしも同じのを持ってるんだよ」

 フリージアは同じ指輪をもう一つ取り出す。

 へーきれいな指輪だなあ。

 指輪は細かい装飾が施された銀色のリングに一つの宝石がはめ込まれている。これは・・・ガーネットかな。

「ねぇカルミア。左手を出して」

 急にフリージアはわたしにそう声をかける。

 わたしは一体なんだろうと思いながらも、言われるがままに左手を出した。

 するとフリージアは自分の手をわたしの手に添えると、もう片方の手でわたしの指に指輪をはめた。

 驚くわたしの顔をフリージアはそっとのぞき込む。

「私からの贈り物。気に入ってくれた?」

「うん!ちょっとびっくりはしたけど、大事にするよ!」

 フリージアはわずかに安堵したかのようにそっと息をはいて、再びわたしの方を見る。

「よかった。さ、いこう!」

「うん!」

 そのあともフリージアといっしょにいろんなところを見ているといつの間にか日が傾いて夕方になった。

 冒険者や働く人たちに向けた酒場などが開店し始め、逆にそのほかのお店は少しづつ閉まり始める。

 わたしたちはわたしのお店に戻るために、来た道をゆっくり歩いている。

「いやー遊んだ遊んだ。楽しかったね!」

 わたしの前を歩くフリージアは夕日に照らされながらそういった。

 その表情はよく見えない。

「そうだね!」

 わたしはフリージアの背中を見ながらそう答える。

 そこで、わたしは足を止めた。

「ねえフリージア。本当はなんでわたしを遊びに誘ったの?」

「どういうこと?ただ一緒に遊びたかっただけだよ」

 そういうフリージアは振り返らないままゆっくりと歩き続ける。

 わたしはすこし語気を強めて言う。

「ごまかさないで。なんかフリージア変だよ。急に家に泊めてって言ってきて」

「それは、いった通り勧誘が大変でさ」

「でも今日ほかの冒険者にとたくさんすれ違ったけど、別に変装していたわけじゃないのに誰もフリージアに勧誘してくる人はいなかったよね」

 フリージアは言葉に詰まる。

「それになんだか昔のことを思い出すようなことが多かったよね」

 それだけじゃない。実は一つ気になっていたうわさがある。

「フリージアがどこか偉い人から勧誘を受けたって噂と名に関係があるの?」

 そこでフリージアも足を止める。

 「はは」と乾いた笑いを漏らす。

「ごまかしきれなかったか。・・・で、も言わなくてもそのうちばれるだろうし、私から言ったほうがいいよね」

 まるで何かを決心するかのようにして、フリージアが振り返った。

「私ね。王命で勇者と一緒に魔王討伐に行かなきゃいけないの」

 夕日でフリージアの顔はよく見えない。

 だけど、フリージアの目元に光るものが見えたのは見間違いではないと思う。。

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