第5話 初めて魔法、使えました
「ありがとうございましたー!!」
日が傾き始めたころ、最後に残っていたお客さんにそう言ってわたしはふーっと息を吐く。
今日のお仕事はこれでおしまい。
わたしは入り口のプレートを裏返して、約束したあの二人が来るまで在庫の確認を行う。
ついでに冒険関連の本の棚には目立つように張り紙をつけてみる。
これで明日から探しやすくなるかな。
そうこうしていたら、閉店したお店ドアベルが鳴り響いて、約束通りあの二人組が入ってきた。
「よ!来たぜ!店長さん!」
「まだ早かったですか?」
「いえ大丈夫です。ちょうど今終わったところなので。それから、わたしのことは店長ではなくカルミアでいいですよ」
店長さんってなんだか堅苦しい感じがするし、教えてもらう以上さすがにね。
わたしがそう言うと二人は納得してくれたようだ。
二人は依頼が終わった後にそのまま来てくれたらしく、服装は朝にお店に来た時と変わっていない。
だけどよく見るとところどころが土で汚れているのがわかる。
うーん。今日はいいけど今後はお店に入ってくる前に汚れを落としてもらうなりした方がいいかもしれないな。
特に雨が降って泥まみれで来店されても困るからな。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアルメリア。魔法使いよ。よろしくね」
「オレはシュロ。このパーティーのリーダーで、一応剣士だ。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
わたしは深々と頭を下げる。
そんなわたしにシュロさんは「そんなかしこまるなって」と言いながら声をかける。
「よし、じゃあ行くか!」
「はい!」
わたしは二人に案内されて村と外をつなぐ門をくぐって外に出る。
王都からだいぶ離れ、辺境の地にあるこの村は円形の市場を中心に村の役場や冒険者協会の支部などの重要な建物、商業施設、村民の住宅と広がっている。
その外は平原が広がっており、そこには遠くの街まで伸びる街道が敷かれていて、少し離れたところには小高い崖や森もある。
パッと見たかんじではダンジョンが多く出現しているというのに魔物の姿は見えない。たぶんそれだけ多くの冒険者が依頼で魔物を討伐したんだろう。
そうして連れてこられたのは村から少しだけ離れたところにある周囲に何本かの木に囲まれた場所。
中央に大きな岩が転がっているこの場所はよく村の子どもたちが遊びに行くときの待ち合わせに使っている。
そういえば昔ここでよくフリージアと遊んでたっけ。
なんて考えていると、前を歩いていたシュロさんが立ち止まり、わたしの方を向いて聞いてきた。
「そういえばカルミアはどんな戦い方がしたいんだ?」
シュロさんのその疑問にアルメリアさんも「そうね、それがわからないと教えるのも難しいわね」という。
前に本で読んだけど、戦い方によって魔法の使い方は異なるらしい。
例えば一口に剣士といっても、攻撃魔法は使わず身体強化と剣術だけを使う人、そこに攻撃魔法も組み合わせて戦う人、さらにはそもそも魔法を使わないで剣術だけで戦う人などがいる。
わたしは『魔導士』の天稟のおかげで魔法を使う上ではかなりのアドバンテージがあると思う。
だけどずっと剣を振り続けたフリージアと違ってわたしは剣を長時間振ることができるだけの筋力はない。
それに魔剣士であるフリージアと一緒に戦うとしたら。
「魔法中心の戦い方がしたいです」
それを聞いたシュロさんは「なるほどな」と頷いて隣にいるアルメリアさんの方を見る
シュロさんの視線にアルメリアさんは「ええ」といって頷く。
「それなら私と同じ戦い方だから問題なく教えることができると思うわ」
その返事にわたしは顔をほころばせる。
「よろしくお願いします!アルメリアさん!」
わたしの返事を聞いたアルメリアさんは早速ということでわたしを一つの岩から少しだけ離れた位置に案内する。
「じゃあまずは簡単な炎を出す魔法からいきましょうか。わたしのやることをよく見てね」
そういってアルメリアさんはそっと目を閉じ、両手を体の前で握る。
「まずは集中して体の魔力を感じるの。普段は杖を使っているんだけど今回はわかりやすくこの方法で行くわね」
そう言いながらアルメリアさんは意識を集中する。
わたしもアルメリアさんの真似をして意識を集中する。。
魔導書をつくるときに魔力が出ていくのを感じている。
あの感覚を思い出しながら、自分の身体に流れる魔力を感じ取ろうとする。
しばらくそうしていると、少しづつ自分の体に何かが流れているのが感じられる。
これが、魔力・・・
わたしがなにかをつかんだことに気づいたアルメリアさんは再び説明を続ける。
「魔力を感じることができたら、あとは使いたい魔法をイメージしながら詠唱をして魔力を解き放つの。見てて」
アルメリアさんは両手を前にかざし、詠唱を始めた。
詠唱がすすむとともに、かざす両手の前に赤く光る魔法陣が現れ始める。。
魔力を感じられるようになった今、その魔法陣にアルメリアさんの魔力が流し込まれているのがわかる。
そしてついに魔法陣が完成すると同時に、アルメリアさんが言い放つ。
「『イングショット』!」
その言葉とともに魔法陣から小さな火の玉が飛び出し、その先にあった岩にぶつかって火の粉を散らして消滅した。
魔法が命中した岩には焼けた跡がついている。
「これが魔法。どう?わかったかな?」
アルメリアさんはそう言ってわたしの方を見る。
どうだろう。できるかな。
「まぁ最初は魔力を感じるだけでも難しいものよ。地道に練習していきましょう」
アルメリアさんの言う通り、普通は自分の魔力を感じるということがまず難しい。
だけど魔導書を作る段階でそれを感じているわたしはなんとなくではあるけれど、アルメリアさんがやったことを理解することができる。
わたしはアルメリアさんと同じように、魔力を感じながら、詠唱を始めた。
唱えるのはさっきアルメリアさんが詠唱していたものと同じ魔法。
初めはうまく魔力が流れてくれなかったけど、繰り返し詠唱するうちに次第に魔力がうまく流れで始めた。
それによって、わたしのかざす手の先にも同じ赤く光る魔法陣が出現し始める。
あれ?でもなんかアルメリアの魔法陣と比べておっきくない?
気のせいかな。とにかくこれを。
「いきます!『イングショット』!」
大きな音とともに小さな子供くらいの大きさの炎の球が飛び出し、岩に衝突する。岩はバキッというわずかな破裂音を立て、炎が消え去るとそこには大きなひびが入っていた。
明らかにアルメリアさんが使った魔法と比べて威力が違いすぎる。
え?なにこれ?
そこでわたしは思いだす。
あ!『魔導士』の『魔法効果上昇』の効果か。
ということは。
わたしは再び魔力に意識を向けながら、片手を岩へと向ける。
しかし今度は詠唱は行わない。
それにもかかわらず、さっきと同じ魔法陣が出現する。
さらにそれだけでなく、同時に同じ魔法陣が5つ出現する。
魔力を注がれたそれらの魔法陣からさっきと同じ大きさをした炎が岩めがけて飛び出す。
岩に命中した5つの火球はドカーンというさっきとはくらべものにならないくらいの大きな音とともに、岩を粉々に破壊した。
その光景にわたしは驚きながらも喜びをあらわにする。
『詠唱破棄』と『多重詠唱』の同時使用。消費する魔力量はその分もちろん減るけれど、それに見合った威力を出すことができる。
わたしは笑顔で後ろに立つアルメリアさんとシュロさんの方を見る
「できました!」
しかし返事がない。
あれ?二人ともポカーンとしている。
しばらく放心状態だった2人だけど、わたしの言葉にはっと我に返る。
「い、いや。ま、まあ、そうだな。うん、できたな。よかったよかった。な、アルメリア?」
「え、ええ。うん、すごいよ!あの魔法はただの小さな火の玉を出す魔法なのに」
そうはいうけれど、二人は明らかに動揺しているように見える。
あ、これあれだ。やりすぎちゃったやつだ。
そもそもアルメリアさんの言う魔法を使うのにしばらくかかるというのは一般的に天稟を授かる前の子ども、あるいは魔法使いに適した天稟を持たない人に当てはまるもので、今のわたしはそのどちらにも当てはまらない。
しかし、だからと言ってアルメリアさんが見せた魔法よりも明らかに威力が高い魔法をいきなり使ったらそりゃびっくりするよね
あははは
思わず乾いた笑いが漏れる。
そんなわたしに二人は冷静さを取り戻したのか落ち着いて話しかけてくる。
「これなら、まだ魔物と直接戦ったわけじゃないけど、十分冒険者としてやっていけると思うぞ」
シュロさんのその言葉にわたしは体を前のめりにして喜ぶ。
「本当ですか!」
その言葉にアルメリアさんも同意する。
「本当よ。それどころか魔法だけで見たらわたしもうかうかしてられないくらいよ」
冒険者である二人にそこまでいってもらえるなんて嬉しいな。
というか。
「何やったのかは聞かないんですか?」
二人の目には明らかにわたしがやったことは異常なこととして映ったはずだ。それなのに何も聞いてこないだなんて。
だけど二人はすぐに「聞かないよ」と答える。
「冒険者は依頼によっては競争相手になったりもするからな。それなのに相手に自分のことが知られていたら不利になっちまう。だから相手の手札は聞かないっていう暗黙の了解があるんだ」
なるほど、そんなのがあるんだ。
今後冒険者の人に何か聞くことがあったら気を付けないと。
というか二人はそれにもかかわらず教えてくれるって言ってくれたんだ。まぁわたしがただの本屋さんだからかもしれないけど、それでもなんだかうれしいな。
きづけばすっかり日が沈み始め、ここから見える村は夕日に赤く照らされている。
「じゃあ村に戻るか」
シュロさんが手を打ってそういう。
「はい!今日はありがとうございました!」
改めてお礼を言うわたしにアルメリアさんは「気にしないで!」という。
「私たちだって本を値引きしてもらったんだもの。お互いさまよ」
「そうだぞ。受けた依頼はしっかり達成する。それが冒険者だ」
そう言って二人は笑顔で笑いかけてくる。
それをみるとわたしもおのずと笑顔になった。
いいひとたちでよかったな。
心からそう思えた。
そのままわたしたちは村に戻り、中央の市場に差し掛かった時、二人は冒険者協会によって行くというのでそこで解散した。
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