第2話 開店します!

 ここはベリル村の一角にある小さな家。

 わたしはここに自分の本屋さんを構えることにした。

 というのもわたしの天稟『本好き』は

  ①製本:本を作成することができる

  ②写本:本を複製できる

  ③読書:あらゆる本を読み内容を理解することができる

  ④書庫:本を無限に収納できる

という能力で、これを生かすとしたら本屋さんで働くのはどうだろうかと思ったわけだ。

 さらに言うと、この村には本屋は存在しない。本を買おうと思えば離れたところにある街まで行くか、たまに来る行商人から買う必要がある。

 一応村には共同の図書館が存在しているけど、新しい本を手に入れようと思ったらそれなりの手間がかかる。

 だからこそわたしはこの村で本屋さんをやろうかなって思った。

 それに自分のお店ってなんだかワクワクするし。

 お店自体は昔から親切にしてくれた村の人たちが格安で貸してくれて、商品は手持ちのお金とお店を立ち上げるために村が出してくれた支援金で何冊か購入した。

 ここ最近はよく冒険者が訪れているみたいだから、周辺の魔物の生態に関する本などが特によく売れると思う。

 わたしは最後の本を棚に並べ終わった。

 これで準備完了!

 お店の両脇には大きな本棚が並び、それに挟まれるように同じくらいの大きさの本棚が3台並ぶ。

 奥には本棚を見渡せるようにカウンターがあり、隣には休憩するのにちょうどいい円形のテーブルと椅子をいくつかおいている。

 そんなお店の中をカンターの後ろにある大きな窓が明るく照らしている。

 全体的に木の質感が目立つようにした内装は、我ながら結構いいんじゃないかなと思う。

 タイミングよく、時間を告げる鐘の音が鳴った。

 それを聞いたわたしは表のプレートの『close』を『open』に変える。

 『本屋ローレル』、いよいよ開店です!

 開店と同時にカランカランとドアベルが鳴った。

 コツンコツンと木の床が鳴る音がする。

「いらっしゃいま・・・ってフリージアじゃん!どうしたの!」

 お店に入ってきたのは急所になるところに鉄が施された革鎧を着用し腰に長剣を差したフリージアだった。

 フリージアは後ろで結ばれた髪の毛を揺らしながら当たり前でしょと言わんばかりの笑顔を見せる。

「どうしたもこうしたもないよ!カルミアのお店の開店だよ!一番に来ないわけがないでしょ!で、どう?順調?」

 そう言いながらフリージアはためらいなく椅子に座る。

 『順調?』ってフリージアが最初のお客だからまだ順調も何もないよ。

「これからだよ。フリージアは?冒険者、うまくやれてる?」

「順調順調、もういくつか依頼をこなしてきたんだ!」

 フリージアはあの時の宣言通り冒険者になった。

 『魔剣士』の天稟持ちの冒険者のうわさはすぐに広まった。

 もともとフリージアはずっと剣の練習を続けていたから、村の人たちはフリージアの強さを知っていた。

 それも相まってかあっという間に有名になって、今ではパーティーへの誘いが多くて困っているってこの間あったときにいっていた。

「そういえば、騎士団への誘いを断ったって本当なの?」

「ほんとだよ」

 軽く言ってのけたけど、騎士団に入ることは剣を学ぶ村の子どもたちの多くのあこがれだから、そんな騎士団直々の誘いを断ったってことに驚く。

 何か理由があるのかな。

 わたしが疑問に思っていることに気づいたのかフリージアはこたえる。

「冒険者のほうが気楽そうだからね。ほら、騎士団って窮屈そうじゃん」

 そういわれてみれば確かに騎士団はあまりのびのびとできるイメージがないなぁ。

 その分冒険者よりも収入などは安定しているんだけど。

 せっかくだしお茶でも出そうかと思っていたら、フリージアは「じゃ!」と言って立ち上がった。

「これからまた依頼があるから。またね!頑張って!私もほかの冒険者たちにこの店のこと紹介するから!」

 そういってフリージアはそそくさとお店から出ていく。

「ありがとう!またね!」

 聞こえているかはわからないけど大きな声でそういう。

 あっという間に来てあっという間に去っていった。

 ほんと、昔から元気が有り余っているんだから。

 そのあとはお世話になった村の人たちが次々と来店してきてくれて、なかには何冊か買って行ってくれた人もいた。

 来店してくるのは予想通り冒険者が多い。

 前まではこの村には本屋がなかったから周辺の魔物に関する本やダンジョン探索に必要な本を買いたいってなったら冒険者協会を通じて取り寄せてもらうか別の場所まで買いに行かなきゃいけなくて大変だったらしい。

 それもあって来店してくれた冒険者の人たちは開店をすごく喜んでくれた。

 しだいに日が傾き始めた。

 そろそろ閉店時間に差し掛かろうとしていた頃、わたしの母親がフリージアの母親と一緒に来店した。

「やあ、きたよ!カルミア!」

「ママ!それにポプラさんも!」

「こんにちは、カルミアちゃん。さっきそこでばったりあったから一緒に来たのよ」

 二人とも手には市場で買ったであろう食材が入ったかごを下げている。

 たぶん買い物していたらばったり出くわしてそのまま来たのかな。

 あれ?パパは?

「あの人なら『あったら確実に泣いてしまう!』っていって、あえていかないみたいよ」

 パパ・・・。一人暮らしするって言った時もすごく泣いていたもんな。

 とはいえ同じ村の中なんだけどね。

「でもほんとにカルミアちゃんはしっかりした子よねぇ。ウチのフリージアももう少ししっかりしてくれたらいいのに」

 ポプラさんがフリージアによく似た笑顔でそういう。

 その言葉にわたしは両手を振ってこたえる。

「いえいえ、そんなことはないですよ」

 だけどポプラさんは聞こえていないのか昔のことを思い出すようにしてしみじみと話し始める。

「小さいころ、弱いのに喧嘩っ早いフリージアをいつも守ってくれてたわよね」

 そういえばそんなこともあったな。

 当時のフリージアはわたしよりも背が低くて力も体力もわたしの方があったっけ。

 ほかにもいろいろと話した後、二人は家に帰っていった。

 それを見送った後、一人になってふと昔のことに思いをはせた。

 なつかしいな。いじめられてたフリージアをかばってから、よく一緒に遊ぶようになって。『いつか一緒に冒険者になって世界中を旅しよう』って約束して・・・あ、そうか。

 だからあの時フリージアは悲しそうな顔をしていたのか。

 なんで、忘れていたんだろう。

 お店の外には一日の依頼を終えた冒険者の人たちが成果を報告するために村に戻ってきているのが見える。

 今のわたしはフリージアの足を引っ張るだけだろうし。

 日が沈み始め、あたりが一層暗くなってきた。

 すでに予定していた閉店時間を過ぎている。

 お店を閉めなきゃ。

 わたしが店のプレートを裏返そうとしたとき。

「すまないがこの本を買い取ってくれないか。いくらでもいい」

 しわがれた声でそう言われる。

 声の方を振り返る。

 ボロボロになった服を着て、白い髪の毛をひどく乱れさせた人だった。

 フードに隠れたその顔を見ることはできないけど、声の感じや体つきからしておそらくおじいさんだろう。

 村で見たことがないから旅の人だろうか。

 とても裕福層には見えないその見た目に反して、手には重厚な革の表紙の本が抱えられている。

「買取ですか?お店の中で少々お待ちください」

 なにか事情がありそうな人ではあるけれど、お客さんのプライベートにまで踏み込むわけにはいかない。

 わたしは店の奥から鑑定機を持ってきた。

 鑑定機はその名の通り鑑定の魔法が施された魔法具。

 意思のある生き物を見ることは難しいけれど、道具であればその情報を見ることができる。

 わたしは鑑定機をカウンターにおいておじいさんの方を見る。

「売りたい本を見せてください」

 おじいさんは抱えていた本をわたしに差し出す。

 近くでよく見ると埃にまみれ、表紙はかすれてはいるけれど元は豪華な装飾が施されていた本であろうことがよくわかる。

 ボロボロだから下手に開くとページがばらばらになりそうだから、早速鑑定機を使って調べてみる。

 鑑定結果が表示される。

 これは。

「誠に申し訳ありませんが、こちらは魔導書です。魔導書は買い取ることができません」

 わたしは頭を下げてそう答える。

 魔導書は適性のある人には新しい天稟を与えるが、適性のない人には白紙に見えるという不思議な本。

 その特性上、本物の魔導書は非常に貴重だけど、そもそも本物かどうかわからないから、買い手がつかないガラクタと商人の間では言われているらしい。

 要するに売れないのだ。

 わたしの店の場合はそもそも買取を行わないことにしている。面倒ごとになるのは嫌だからね。

 だからこの本の買取は断ろうと思った。

 しかしおじいさんは食い下がらない。

 まるで早くこの本を手放したいとでも思っているかのように焦りが感じられる声で訴える。

「それならもらってくれ。身辺整理をしていたら出てきたんじゃが、わしが持っていても仕方がないからの」

 とても身辺整理をしていたら偶然出てきたとは思えない。

 だけどおじいさんは引き取ってもらうまで絶対に動かないという雰囲気だ。

 結局、そのまま押し切られて受けとってしまった。

 とはいえさすがに無料というわけにはいかないから、いくらか払って買い取ったけど。

 おじいさんは何度もお礼を言ってお店から出ていく。

 わたしはお店を閉めてカウンターに座って魔導書を眺める。

 いったいこれどうしよう。

 わたしはなんとなくページをぺらぺらとめくってみた。

 売り物にはできないし別にいいよね。

 そこでわたしは思わず目を疑った。

 え?・・・読める。

 魔導書の全てのページにぎっしりと文字が刻まれている。

 鑑定結果は魔導書だった。鑑定結果が間違っているってことはないことは、事前に何度も鑑定機を試しに使用したからわかる。

 それならわたしに適性がある?

 いや、それはないと思う。

 もしかして・・・『本好き』って魔導書も対象なの・・・かな?

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