第66話

 水戸市内を抜け、国道を進み、三十分ほど走ると、目的の町の表示が見えてきた。


「ナビ通りなら、この先の林の向こうに菜園があるはずなんだけど」

 神楽の呟きを聞いているのかいないのか、

「お、うまそうなラーメン屋だ」

 などと、高速を降りてから食べ物屋ばかりを見ている。


「食事は、菜園にたどり着いてからね!」

 神楽だって、そろそろ空腹を感じ始めている。が、観光に来たわけじゃないのだ。しかも、今日中に東京に戻らなくてはならない。ゆっくりする暇はない。


 凝りもせず、食べ物屋を探す瀬谷を無視して、神楽は慎重にハンドルを切った。

 車は林を抜け、のどかな風景の中、一本道を進む。


 ナビ通りなら、もう見えてきてもいいはずなのだが、目的の菜園は見渡す限り見当たらなかった。

 畑が続くばかりで、それらしき建物はない。あるのは、古びた小さな農家の小屋か、今は使われていないと思われる学校のような建物だけだ。


「ナビに誤登録したんじゃないの?」

 瀬谷に言われて、神楽はムッとした。

 そんな間違いをするはずはない。


 瀬谷が、道行く人に尋ねてみると言い出した。

 仕方なく車を止める。

 ちょうど、農作業をしている老人がいた。頭にタオルを巻いたおばあさんだ。


 瀬谷が尋ねると、

「レストランの菜園?」

 あばあさんは訝しげにこちらを見、それから、

「ああ、希望園のことかあ」

と、頭に巻いたタオルを取った。


 タオルを取ると、案外しっかりした表情だ。八十歳ぐらいだろうか。


「そういえば、希望園の跡地で、素人さんがなんか作ってるなあ」

「レストランのシェフが――」

 即座に、神楽は言い直した。

「東京の人がやってる菜園を探してるんですが」


「それならあそこ。希望園の跡地だ」

 おばあさんが指差すほうに、神楽は瀬谷とともに顔を向けた。

 おばあさんは、朽ちた学校のような建物を示している。


「あそこですか?」

 半信半疑で呟いてしまう。

 朽ちた建物には屋根がなく、まわりは雑草で覆われている。

 菜園なのだから、屋根がなくても納得できるが、想像したものとは違いすぎた。

 レストランのシェフが持っている菜園なら、明るく楽しげな場所だと思っていたのだ。


「あそこだよ。誰かが耕しているのを見たことがある。でも、あそこじゃ、ろくなもんはできないなあ」

 おばあさんはタオルで顔を拭き拭き、呟く。


「どうしてろくなものができないんです?」

 瀬谷が訊いた。神楽は車に戻ろうとした。


「だってあそこはもともと農地じゃないから」

「なんだったんですか?」

「孤児院」

 神楽は思わず足を止めた。


「孤児院なんて、あんたたちみたいな若い人は知らないね」

 おばあさんは陽気に言い、

「今風に言うと、親のいない子が暮らす施設だわねえ」

と続け、歩き出した。


「あ、あの――」

 神楽はおばあさんを引き留めた。


「いつ頃廃園になったんでしょうか」

 おばあさんは、少し考えるふうに首を傾げ、

「十五年くらい前まではやっていた気がするけど」

 だが、確かなことはわからないらしい。なぜなら、園の経営者は、地元とほとんど交わりがなかったからだという。


 おばあさんにお礼を言い、神楽は瀬谷を急がせて車に戻った。


「なんだよ、急に慌てて」

「津村さくら。もし、彼女、ううん、津村さくらになる前の亮平があの施設にいたことがあったとしたら?」

 エンジンをかける音に、瀬谷が、

「どういうことだよ」

という声が重なった。

 

 

 


 

 


 

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