第64話
具同が津村さくらとなる前の亮平と会ったのは、上京後、二年ほど経ったときだったという。
「恩着せがましい雨宮を追い払えないで、結局、雨宮のツテで新宿の小さな店をまかされて」
その店が、タツヤの言っていた店をだろうか。
その旨を訊くと、具同は目を剥いた。
「違うわよ。その店から何度変わったことやら。ルリタテハを開くまで、ほんと、大変だったんだから。甘くないのよ、世の中は」
ともかく、その店の客だったのが、
七見は既婚者だったものの、社内恋愛の末に結婚した妻とはうまくいっていなかった。七見の性的嗜好が明らかになり、妻は子どもを連れて別居していた。
「惹かれ合うのに、そう時間はかからなかったわね」
人を好きになるとはこういうことなのかと、初めて気づいた相手だったと、具同は照れもせず続けた。
「だけど、誠一がいちばん大切に思ってたのは、あたしじゃなくて、子どもの亮平。当然といえば当然だけど」
「別居してたんですよね?」
「そうよ。でも、ときどき奥さんに内緒で会いに行ってたの。その何回か、あたしも一緒だった」
「津村さくらというか、その亮平くんが何歳の頃ですか」
「八歳ぐらいね。かわいい子だった。顔というより気持ちがね」
具同の中の亮平は、気持ちの優しい子だったという。父親と一緒に遊園地に行ったときのこと。ジェットコースターに乗ろうとしたとき、座席にコガネムシがいた。
父親が手で払おうとしたとき、かわいそうだからそんなことはしないでと、虫が飛び立つまで乗ろうとしなかったらしい。
「そんな子が連続殺人鬼になるなんて、想像できる?」
「彼はいつ頃変わったと思いますか?」
「男から女にってこと?」
「それもそうですが、気持ちの優しい少年が、人を殺めるようになるには、何かきっかけが」
「もしくは、理由があるはずよね」
神楽は深く頷いた。
「七見誠一さんに連絡を取ってください」
神楽はきっぱりと言った。
具同がどういう理由で別れたのかわからないが、津村さくらの父親である七見誠一に会って話を聞かなくてはならない。
「それは――無理」
ふいに具同の表情が歪んだので、その先は想像できた。
「亡くなったんですか」
「そう。もうずいぶん前。知り合ってから数年後だったから、亮平はまだ中学生にもなっていなかったと思うわ」
ということは、七見から亮平のその後を聞くのは無理だ。
「母親とはうまくいってなかったみたい。すぐに再婚したっていうから、その母親」
「でも、まだ成年には達していなかったでしょうから、その後も母親と暮らしていたんですよね?」
うーんと、具同は首を傾げた。
「あたしもそうだったけど、あたしみたいな性癖を亮平が持っていたとして――多分、津村さくらに変わったんだから持っていたのは間違いないと思うけど、だとしてよ、早くに家は出たと思うわ」
「――そうですね」
母親は、父親の性癖が許せず離婚したはずだ。とすれば、息子の変化を受け入れるのは難しかっただろう。
「亮平が津村さくらに変わり、なぜ殺人を犯すことになってしまったのか。それがわかれば、津村さくらを追い詰められるかもしれない」
「――そうね。そのためには、殺された人たちのつながりを探っていくしか津村さくらにはたどり着かないわ」
そう言った具同に表情は、心なしか淋しげだった。
かわいかった頃の亮平を思い出しているのかもしれない。
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