第62話
「結局、先輩従業員は雨宮に助けられたんだけどね、もっと酷いところに追い詰められる羽目になっちゃった」
暗い表情のまま、具同は続けた。
「クズを刺したのよ、雨宮の命令でね」
「刺した?」
警察官として聞き逃がせない。
「で、刺されたほうは?」
「知らない」
即座に返ってきた。
「知らないっていうか、わからないの。ただその後、その刺されたやつは、二度とあたしの前に現れなかった」
「具同さんの知り合いだったんですか?」
「あたしをストーカーしてた男。すっごくしつこくてね、ほんとに困っていたの。その話をたまたま雨宮に知られて、そしたら、雨宮が先輩従業員に借金を肩代わりするという条件で、あたしのストーカーを狙われせたの」
ふうっと、具同はため息をついた。
話をするのは疲れるのだろう。
「おかげでストーカーはいなくなったけど、代わりに、あたしは雨宮に借りができた。だって、そのストーカー、どっかの暴力団組長の息子だったのよ。雨宮がうまく立ち回ってくれたおかげで、あたしは助かった」
「具同さんと雨宮とは特別な関係だったようだと――」
きつい目でにらみ返された。
「誰に聞いたの?」
「それは――噂で」
タツヤとは言いたくない。
「まあいいわ。人に何を言われたって。雨宮に好かれていたのは確かよ。でもね、特別な関係なんてない。ただ――」
「ただ?」
「ストーカー男から救ってくれた恩義にその後、縛られてしまったのよ。いろんな頼み事を断れなかった。その一つが津村さくらのこと」
どきりと神楽の心臓が跳ねた。
「やっぱり知ってたんですね? 津村さくらを」
思わず立ち上がった神楽は、相手が重病人であることも忘れて怒鳴っていた。
「ひどい。知っていたのに、わたしに知らないふりをして探らせるなんて!」
「待って、そうじゃないの」
「叔父さんだからって、ひどすぎる」
怒りが収まらなかった。この答を想定していたのに、実際に聞かされると自分でも驚かされるほど怒りとそして悲しみが沸き上がる。
神楽はそのまま、部屋の出口へ向かった。このままここにいれば、もっと具同に怒りをぶつけてしまう。
ドアを開けようとしたとき、具同が叫んだ。
「――ごめん、カグ。でも、知らなかったのは嘘じゃない。まさか、亮平があんなことをするなんて――」
ゆっくりと後ろを振り向いた神楽は、具同を見つめた。
「亮平?」
具同は何を言っているんだろう?
「亮平が女の子になっていたなんて――」
「え」
両手で顔を覆った具同を、神楽は茫然と見つめた。
「まさか――津村さくらは男?」
涙に濡れた顔を上げた具同は、ゆっくりと頷いた。
「亮平は、わたしが初めて愛した男の子どもなの」
話について行けない。
神楽は深く息を吸って吐くと、もう一度、具同のベッドの横に戻った。
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