第58話

 正直なところ、瀬谷の元カノのめぐみにふたたび会いたいとは思わなかった。

 

 もたれかかってくるような、どこか甘ったるい雰囲気が好きになれなかったし、瀬谷について、こちらには身に覚えのないことで責められるのも、面倒だ。


 といっても、厚木理久あつぎりくといっしょに水戸市郊外の菜園にいったと判明した今、連絡をしないわけにはいかない。


 人の流れに邪魔にならない場所を探して、神楽はホームの階段の壁に寄った。

 それから、瀬谷に電話をかけた。いくら別れているとはいっても、瀬田に黙って会うわけにはいかないと思う。


 電話に出た瀬谷は、いつもより硬い声だった。 

 まだ署にいるようだ。


「茨城でつながってるわけだな」

 タツヤの調査の結果を知らせると、瀬田は、神楽の推理に賛同してくれた。


「それにしても、恵が厚木理久といっしょに菜園に行ってたとはな」

「もう一度、恵さんに会って話をしたいの。津村さくらと厚木莉久がつながる何かがみつかるかもしれないから」

「そうだな。直接、津村さくらにつながらなくても、羽根木俊太や尾美と接点があるかもしれない」


 そう。

 彼らが津村さくらに選ばれたのはなぜなのか。

 途方もなく遠い道のりかもしれないが、少しずつ探っていくしかない。


「叔父さんの具同さんは何か知らないんだろうか」

「知らないと思う。知っていたら、話してくれているはずだし」

 そうだろうか。

 具同は雨宮林穂のことも黙っていたのに。


 具同の病状はどうなんだろう。

 俄かに不安がもたげてきた。

 一日経てば、その分進行しているはずだ。


「で、いつ、水戸にいくんだ?」

「その前に、恵さんに会ってからだけど」

「恵には、俺が会うよ」

「え?」

 自分でも意外なほど、慌ててしまった。


「おまえは叔父さんに雨宮林穂のことを聞いてきたほうがいい。手分けしたほうが話が早いじゃないか」

「まあ、そうね」


「なんだ、何が引っ掛かる?」

 そう言ってから、瀬田はハハハと笑った。


「あ、おまえ、俺が元カノと会うのが気に入らないんだな?」

「冗談でしょ。なんとも思わないわよ!」

「だよな」

 そのとき、瀬谷は誰かに呼ばれたらしく、硬い声で返事をした。


「何かわかったら、すぐ連絡する」

「うん、お願い」


 電話を切ったあと、神楽はなぜか落ち着かなかった。

 恵のきれいにメークされた白い顔が、目の前にチラつく。その顔が、瀬谷の胸にもたれかかる画が見えた気がして、

「やだ!」

と、口に出していた。


 神楽の声が聞こえたのか、横を通り過ぎたサラリーマン風の男性が、ぎょっとした表情で振り返る。


 もしや、嫉妬してる?


 神楽は自分の気持ちがわからなかった。


 



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